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会津で見たでっかい夢

◇◇


 箱館、奉行所内の牢獄――


――クシャクシャ! ポイッ!


 岩崎弥太郎は、小栗忠順から手渡された書状に目を通した直後に、それを丸めて遠くへ投げ捨てた。

 その様子に、小栗忠順は眉をひそめたが、岩崎弥太郎は無表情のまま、その場を立ち去ろうとしている。

 そんな彼を、小栗忠順が呼び止めた。

 

「ちょっとお待ち下さい。坂本殿の言う通りには動かないということですか?」


 ちらりと振り返った岩崎弥太郎は、顔色を変えずに冷たい口調で答えた。

 

「こんな馬鹿みたいな妄想に、なんで付き合わんといけんのか?」


「妄想? 先の書状のいったいどこが妄想なのでしょう?」


 不思議そうに首を傾げる小栗忠順に対して、岩崎弥太郎は「はぁ……」と大きなため息をついた。

 岩崎弥太郎を呆れさせた、坂本龍馬からの小栗忠順あてに届けられた書状。

 そこにはこう書かれていたのだ。

 

――会津を救い、密林商会をビッグにするために、五十万両が必要となった。ついては岩崎弥太郎に相談し、急ぎ用立てていただきたい。


 と……。

 岩崎弥太郎は、つかつかと小栗忠順の前までやって来ると唾を飛ばした。

 

「五十万両じゃぞ!! そんな銭、いったいどこにあるっちゅうのじゃ!!? ただでさえ武器だ、薬だ、食料だって無理ばかり言うて、銭も湯水のように使っちょるんじゃぞ!! 帳簿をつけとるわしの身にもなってみろ!!」


「OH……。ミスター岩崎はそんなに苦労してるから、old manのような見た目なんデスネ……」


「な、なんじゃ? そのおーる……」


「老人という意味です」


「そうそう、わしは龍馬のせいで、ずいぶんと苦労しちょるからのう……。まだ四十にもなっちょらんが、老人みたいな見た目に……って、やかましいわ! ぼけっ!」



 むきーっと顔を真赤にしてにして両手を上げる岩崎弥太郎。

 その一方で小栗忠順は、サラサラと何か記し始めた。

 そうして一枚の書状を完成させると、それを岩崎弥太郎へ手渡したのである。

 

「これを伊予まで持っていってくれませんか?」


「伊予? なんでじゃ?」


「はい。伊予の別子銅山べっしどうざんという銅山を取り仕切っている、広瀬ひろせ 宰平さいへいという男に、手渡してほしいのですよ」



 広瀬 宰平は住友財閥の中興の祖と呼ばれる人物だ。

 この頃は住友の経営基盤となる銅山を守るべく奔走していたのである。

 

 

「銅山を守るためには西洋からの技師が必要となりましょう。その者を私が手配する代わりに五十万両を貸しつけていただくのです」


「はあ……。よう分からんが、そんなに簡単にポンと大金をはたく馬鹿がおるんかね?」


「ふふ、なにごともやってみなければ分かりません。ダメなら次の手を考えるまでです」



 淡々と言った忠順の顔を穴が開くほど見つめている弥太郎に対し、グラバーが突き抜けるような声をあげた。

 

 

「Go Yataro!!」


「お、おう!」



 ぴょんと跳ねた弥太郎は、押されるようにしながら牢獄から出ていった。

 その様子を微笑をたずさえて見つめていた忠順は、彼がいなくなったところで、誰ともなくつぶやいたのだった。

 

 

「いよいよ面白いことになってきました」

 

 

 と――。

 そうしてわずか二十日後。

 岩崎弥太郎は五十万両という大金を手にした。

 忠順の読み通りに、宰平は何がなんでも別子銅山を住友の手に残しておきたいと考えていたようだ。

 その条件が「新政府が管理するよりも、自分たちが管理した方が、より良い採掘が出る」ということだった。

 そのため、西洋からの技師を喉から手が出るほど欲していたのだ。

 

 そして弥太郎は、坂本龍馬と親交の深かった、新政府の会計担当である由利ゆり 公正きみまさにかけ合い、百万両分の太政官札を手に入れたのだった。

 

 

………

……


 『江戸会談』から一カ月の明治元年(一八六八年)六月二一日。

 この日、会津の城下は喜びに包まれた。

 俺、坂本龍馬、西郷隆盛、そして江戸にいた松平容保の三人が会津に到着したのである。

 容保が江戸に赴いてから休戦状態だった会津戦争は、この日正式に終戦を迎えた。

 隆盛と容保の二人が鶴ヶ城へ入っていく中、俺は密林商会の仲間たちを城下に集めた。

 

 

「よし! じゃあ、みんな! 民に食料や医薬品を分け与えてやってくれ!」


「おおっ!」



 この日のためにかき集めた物資を、城下の民に分け与えていく。

 最初は警戒していた人々も、パンを手にしたら、みな目を輝かせ始めた。

 すると民の代表が前に出てきて、俺におずおずと問いかけてきた。

 

 

「お代はよろしいのだが?」



 俺はにんまりすると、大きな声で答えたのだった。

 

 

「今回は密林商会からのサービスじゃ! あははは!!」


「さあびす?」


「ただっちゅうことじゃ! あはは!!」


「本当だが!?」


「ああ、本当だ! その代わり、次に村で食料や医薬品が足りなくなったら、密林商会から買ってくれ! 一人駐在を置いていくからな。何か用立てがあったら、この者に申しつけてくれ! あははは!」


「おお……! ありがたや! ありがたや……!」



 村の代表のじいさんが涙を流しながら俺たちを拝んでいる。他の民たちも続いた。

 しかし俺は湿っぽいのは嫌いだ。

 腕まくりをして大きな鍋の前に立った。

 

 

「よおし! これからあったかい豚汁を振舞うぜよ!! ささ、皆さま! ここに一列で並んでくれ!!」


「わあっ!!」



 老いも若きもみな笑顔となって湧いている。

 昨日までの絶望が嘘のように晴れ渡っている様子を見れば、誰もが心を躍らせるだろう。

 ここにいる密林商会のメンバーもまた、いきいきと働いていた。

 

 だが……。

 一人だけはなおも眉間にしわを寄せたまま。

 それは箱館から駆けつけた岩崎弥太郎だった。

 彼は俺の隣に立つと、口を尖らせた。

 

 

「今回の炊き出し、食料、医薬品も大けな出費ぞ! なんでタダでくれちゃらのうちゃならんのか!?」



 弥太郎の肩を抱いた俺は、耳元でささやいた。

 

 

「これから会津は大きく変わる。国が大きく変わる時はビジネスチャンスが絶対にある。だから今のうちに密林商会の名を売っておくというわけだよ。『損して得とれ』とは、まさにこのことだ」


「本当なんやろうな?」


「ああ、本当だ。今日の損の倍……いや五倍は儲けが出る」


「まったく……。その自信はどこかろうるのやら……」



 未だ半信半疑の弥太郎。その一方で、遠くから俺を手招きしている男の視線に気付いた。

 俺はポンと弥太郎の肩をたたくと、豚汁をすくうおたまを手渡した。

 

 

「弥太郎殿。ここは頼んだぞ」


「頼むって、ちっくと待て! われはいつも勝手ばっかり……」



 弥太郎が口を尖らせたところで、一人の小さな少女がお椀を両手に抱えてやってきた。

 


「おじぢゃん! 豚汁おがわり!」


「おじちゃんだとぉ!? わしのことは『お兄さん』と呼べ! まったく、今どきのがきは礼儀を知らいで困るのう……。ほれ! お椀を差し出せ。全然食べてないからそんなにやせとるんじゃ! いっぱい食わせてやるからのう!」



 ぶつくさいいながらも、お椀いっぱいに豚汁をそそいでいる様子からして、まんざらでもなさそうだ。

 俺は彼をその場に残して、シルクハットを目深にかぶった男たちがいる場所へ急いだ。

 そのうちの一人が涼やかな声で言ったのだった。

 

 

「ここに密林商会の支店を作りましょう。すでに地主とは話がついておりますゆえ」


「さすがは天下の奉行、小栗上野介殿だ。仕事が早くてありがたい」



 そう……。俺は小栗忠順を箱館の牢獄から連れ出してきたのだ。

 そして彼の隣にはトーマス・グラバーの姿もある。

 

 

「リョーマさん! ここならTelegraph lineもLayできそうデス!」



 グラバーの言う『Telegraph line』。訳して『電信』。

 これが俺たち密林商会のビジネスを根本から変えることになる。

 

 忠順とグラバーを連れ出したのは、この『電信』のためと言っても過言ではない。

 つまり箱館の本拠地から会津の支店まで、電信を敷いて注文のやり取りをする構想を現実のものとすべく、視察していたのだ。

 俺は彼らの手を取ると、力強い言葉で宣言した。

 

 

「近い将来、日本中……いや世界中に電信を敷く。そうすれば密林商会は世界を征するだろう」


「ふふ、それはまた大きな夢ですね」


「ああ、夢だ! でっかい夢を一緒にかなえるぜよ!!」



 会津の空は高く、そして澄み切っていた。

 そんな青空を映した俺たち三人の目もまた、太陽のように輝いていたのだった――。

 

 

 

 


大変お待たせいたしました。

ぼちぼち更新を再開いたします。

これからもよろしくお願いいたします。

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◇◇ 作 品 紹 介 ◇◇

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