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スリーピングナイト  作者: 深崎藍一
1章 出会いと呪いの交錯
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1章ー7話 アルカナ邸での穏やかな朝

 時間は早朝。自然に囲まれた広大な庭園の真ん中。そこに異質な影が三つ。


 一人は呆れた顔で仁王立ちをしている黒髪の少女。そしてその眼下にもう一人、芝生の上で汗だくで正座する灰色の髪の少年。


ーーーそしてその光景をぼんやりと眺めるしかできない、先ほどの少女と同じ黒髪を汗で濡らし佇む俺。


 なぜこんな、どう考えても爽やかな朝の庭園に不似合いな光景と状況が出来上がったのかと言うと理由は簡単だった。


 俺たちが剣術の試合を体力の限界まで行い、芝生に体を投げて休息をとっていた際、どうやら俺が部屋から消えたのがちょっとした騒ぎになっていたらしい。


 朝起きるのがやたら早いらしいエスメラルダが俺の具合を見に来たらしく、そんな時に机にきれいに畳まれた寝間着が置いてあり当の怪我人はもぬけの殻なのだ...なんか悪いことした気分になってきた。

 

 そんなこんなで焦りに焦ったエスメラルダが侍女のユキノを叩き起こし、手分けして探し回って、庭園を探すついでにグレイにも探すのを手伝ってもらおうと尋ねてみれば、探していた怪我人と尋ね人が一緒に手に剣を持ちながら汗だくで地面に寝転がっているのだ。


 ユキノの表情が驚きから呆れに代わるのは一瞬だった。すぐさまユキノはグレイを叩き起こし事情聴取に入りグレイが正座させられ今に至る。


「...グレイさん、剣術馬鹿だとは思っていましたが怪我人、しかもエスメラルダ様の客人という立場の人間とわかっていながら体力が尽きるまで試合をするなんて。余り落胆させないで頂けると助かります」


「ち、違うんだって。ほら、本人ももう大丈夫だって言ってたし試合だってまさかこんなに続くとは思って無かったんだよ。思いの外ツヅミが強かったから。」


 落胆と呆れを隠そうともしないユキノに何とか弁解を試みるグレイだがどう見てもグレイの旗色が悪い。というか完全に悪いのは俺達である。


 この一幕ではからずともグレイとユキノの立場の上下が分かってしまって少し友人として悲しい気分になっているとユキノが傍観している俺に向き直り少しだけ冷たい声で言ってくる。


「お客様も病み上がりなのですからあまり無茶をしないように願います。探すのがめんど...大変なので。」


 後半で若干本音が漏れているが、無表情で告げてくるユキノの眼光で何も言えないで唸っていると、不意にユキノがクスリと笑った。


「...フフッ」


 何の脈略もなく訪れた笑顔に俺が硬直するとその直後ユキノも自分の失態に気づいたのだろう、ハッとした表情になり、コホンと咳払いを一つすると早口で言ってくる。


「恐らくまだエスメラルダ様はあなたを探して走り回っているはずです、早く戻りましょう。グレイも立って良いですよ。」


 俺は訳が分からないまま足が痺れてふらついているグレイを立たせた後無表情に戻ったユキノの後についていく。するとグレイが僕の耳に顔を近づけ囁くように言ってくる。


「ごめんね、見てわかる通り口はだいぶ悪いけど、ああいう一面もちゃんとある子なんだよ。」


「それはわかったけど、笑われた理由すらわかんねえし...まあ、いっか。」


 若干腑に落ちないこともあるが、自分を納得させ歩を進めていく。横を見るとどうやらさっきの耳打ちが聞こえていたらしくグレイがユキノの眼光で青くなっていたのだがまたそれは別のお話。


***********************************


「居なくなったと思って本当に心配したのよ!怪我人なんだからちゃんと寝てなきゃダメでしょ!なのにこんなに汗だくになって帰って来るなんて信じられない!」


「す、すいませんでした。」


 場所は屋敷のエントランスホールの隅。今度は俺が正座する番だった。俺が見上げた視線の先には腕を組み仁王に立つエスメラルダの姿。


 どうやらエスメラルダは相当本気で俺を探してくれていたようだ。奇麗に整えられていたはずの銀髪には若干の乱れが生じており、額には少し汗が滲んでいた。

 そのことに申し訳なさを感じつつも嬉しさも押し寄せてきてどうしても顔が緩んでしまう。


「もう!私怒ってるのに何ニヤニヤしてるの!」


 すぐさまエスメラルダの叱責が飛ぶが、そこにどうしても浮かぶ怒り慣れの無さに笑みがさらに深まってしまい、遂に声を上げて笑ってしまう。


「ふっ、ふふ、あははははっ。」


 我慢したせいで随分不気味な笑い声がエントランスホールに響く。再びエスメラルダの可愛い叱責が飛んで俺の笑いが加速して。そうやってゆっくり時間は過ぎていった。


ーーー数分後、その騒がしい声を聞きつけた使用人らしき女の人に割と本気で怒鳴られて二人して肩をすくめるまでその穏やかな朝のやり取りは続いたのだった。


 そして肩をすくめる二人の後ろに並び立っている黒と灰色の人影がその後姿を眺めながら小さな声で会話していた。


「さっきはらしくなかったね、というより君の笑顔は久しぶりに見た気がするよ。」


「...相も変わらずグレイさんはデリカシーというものを母君のお腹の中に置いて来たようですね、私も笑うことぐらいあります。」


 それの強烈な物言いに苦笑するが、それなりに長い付き合いだ、それが本心を覆う言葉だということぐらいわかっている。そして、覆い隠さなくてはならない傷も。


「それは、愛想笑いとかだろ?この屋敷に来てから笑った事なんてほとんどないでしょ。エスメラルダ様のおかげで随分マシにはなったけど。」


 その言葉にユキノは何も返さない。ただいつものような無表情で虚空を見つめるだけだった。


「...つくづく不思議な人だね、タカミヤツヅミ。髪の色も、さっきの唸り方も困った時のあいつの癖にそっくりだった。笑ったのも頷けるよ。」


 その言葉にユキノは何も答えなかった。ただその眼はいつもと違い何かを懐かしむような眼をしていた。しかしさすがと言った所なのかその逡巡を一瞬だ断ち切り、肩をすくめる二人に近づくと


「お二人とも、そろそろ朝食のお時間ですので食堂に向かいましょう。グレイさん、お客様を食堂まで案内してください。エスメラルダ様は格好が乱れすぎです、一度浴場に行ってきてください。着替えはいつものように私が用意しておきますので。」


 そう言い残すと颯爽とエスメラルダを連れて去って行く。それを見送った後グレイがエスメラルダ達が去っていた方向とは逆の方向に向き直り声をかけてくる。


「行こうかツヅミ、食堂はこの中央棟の端でちょっと遠いからね。。ツヅミも当分居座ることになると思うから道を覚えておいてもらえると助かるよ。」


 そう言って俺たちは煌びやかな廊下をグレイと雑談を交わしながら食堂に向かっていく。グレイは軽い感じで道を覚えろと言っていたが前を見渡す限り正直無理な気がする。

 どうやらこの屋敷外から見渡した時から分かってはいたのだが縦だけでなく横にも相当広い。今歩いている廊下も奥の壁が見えず風景がかすんでいる始末だし、グレイが言っていた中央棟というのは怖いので言及しないでおくが。

 しかも進む廊下には無数のドアが乱立しており同じ風景と言っても差し支えない情景を見て慣れることはなさそうだと嘆息する。


 エントランスホールから5分ほど歩いただろうか、少し大きな扉の前でグレイが立ち止まる。


「ご苦労様、ここが食堂だよ。」


 そう言って扉を開いたグレイに続いて扉を潜ると広がったのは大きなダイニングテーブル。そしてこの世界に来てから何も食べていない胃袋を刺激する香り。お腹がだらしない音が鳴らし急に凄まじい空腹感が襲ってくる。


 その音に少し頬を緩めたグレイが少し驚いたように


「今日は一番乗りなんだね、珍しい。」


 そう言いながら並んだ二つ椅子を引きその一つに座ると隣に座るように促してくる。それに従いグレイの隣に座るって食堂を軽く見渡してみる。


 食堂の奥にはキッチンがあり、今も数人の使用人やコックらしき人物がせっせと料理を作っている。その光景と鼻腔をくすぐるいい匂いでまたしてもお腹が鳴ってしまいそうだったので空腹感を誤魔化すために再びグレイに話題を振ってみる。


「なあ、グレイ今日は一番乗りって言ってたけどいつもは違うのか?」


「そうだね、今日はイレギュラー中のイレギュラーだからね。いつもならエスメラルダ様が一番乗りでそれに付き添ってユキノが早めに来てて僕は剣の稽古を終えてその次にって感じかな。」


「他に誰がここで食べるんだ?」


 口ぶりからまだ普段のの朝食への参加者がいることを察し尋ねるとグレイは、ああ。と頷くと残りの参加者を挙げていく。


「ああ、実は後二人いるんだ、一人は大体わかると思うけどこの屋敷の主アルカナだね。この人は大体僕の少し後に悠然と来るかな、ただあと一人が問題でね。詳細は今は伏せるけどねぼすけがいてね、朝食への参加はまちまちなんだ。そんな感じで良い時は5人って感じかな。」


「へえ、意外と少ないんだな。こんなに大きな屋敷ならもっと大所帯になると思ってたんだが、予想とは違うな。」


 予想よりもだいぶ小規模な食事に驚くとグレイが、そうだね。と前置きすると説明を始めてくれる。


「確かに小規模だね、使用人の人達は庭にある使用人寮で朝ごはん済ませていたり、僕達が食べ終わってから食べる人たちが多いから一緒に食べる機会もほぼほぼないし、たまにやる使用人を労う会も上のホールでやるからここで大人数で食事する機会はないね。」


 そんな屋敷の内情を聞くと同時に使用人に対する扱いの話を聞き、少し恐怖を抱いていた屋敷の主アルカナへの好感度が鰻上りになり内心少しほっとしたところでタイミングよくキッチンから料理が運ばれてくる。


 白いテーブルクロスの上に朝食とは思えない豪華な色とりどりの料理が次々と並べられていく。しかし、並べられたものをよく見れば元の世界の洋風の朝食と豪華さ以外は何ら変わらない料理だ。


 正直匂いから無いとは思っていたものの心のどこかに残っていた、食文化が違ったらどうしたもんか。という不安が解決されて胸をなでおろす。

 唯一不満があるとすれば元の世界では純和風の朝食だったため、少し違和感はぬぐえないがそこまで贅沢言ってはいられない。


 匂いがより近くなり、空腹が最高潮に達するがさすがにここでエスメラルダやユキノを待たずに食べ始めるほど常識がないわけではない。大人しくゆっくりエスメラルダ達の登場を待つ。


 しばらく待つと、食堂の扉がゆっくりと開かれ乾き切っていない髪の毛を後ろで束ねたエスメラルダとその後ろから相も変わらず無表情のユキノが入って来る。


「遅れてごめんね。」


「遅れて申し訳ありません。」


 二人は各々の形で遅れを謝罪するがその遅刻は、ほとんどが俺とグレイのせいなので少し胸が痛むが、そんなことをまったく気にした様子もなく二人は俺達とは対面の席に座る。そして、残りの列席者を待とうとするが、ユキノが


「今日は、アルカナ様は所用で屋敷を出てらっしゃるので後はあの方ですが、あの方のことですので寝坊でしょう。先に頂いてしまいましょうか。」


 そうやって屋敷の主の不在を告げ、最後の列席予定者を容赦なく切り捨てると食事を始める宣言をする。それを合図に各々が食事を始める。


 俺は手を合わせ目を瞑ると小さな声でいただきます。と告げてスープのようなものに口をつける。野菜の甘さが口に広がり胃にしみわたっていく。この世界に来てからの初めての食事に感激しつい口から感嘆の言葉を漏らす。


「くうう、久しぶりの食事はやっぱり美味いなあ...」


 緩み切った顔でそう呟き、ハッとして周りを見ると反応は三者三様だった、エスメラルダは満足そうに笑顔を浮かべ、グレイは笑いを必死にこらえており、ユキノに関しては全く気にも留めず黙々と食事を進めている。


「よかった、そうよね。3日ぶりのご飯だもんね。満足してくれたみたいで私も嬉しいわ。」


 そうやって、まるで自分のことのように笑みをこぼすエスメラルダ。髪が濡れ束ねられているせいもあり、妙に色っぽく感じるその笑みで心を揺らされながらもなんとか平静を保ち食事を続けーーーん?


「エスメラルダ、今なんて言った?」


 スープを口に運ぶことも忘れ真顔で聞き返す。するとエスメラルダは不思議そうに自分の発言を復唱する。


「えーっと、だからツヅミが満足してくれたみたいで嬉しいわって。」


「違う!その一個前!」


 漫画みたいなエスメラルダの典型的な天然ボケにすかさずもう一度聞き返す。するとエスメラルダは少し考えた後にこう言った。


「だから、3日ぶりのご飯だから...」


「3日!?」


 驚きのあまり椅子から立ち上がり声を上げる。キョトンとするエスメラルダの代わりに状況を把握したグレイが言ってくる。


「そっか、ツヅミ知らなかったんだね。実は君がこの屋敷に運び込まれてから3日経ってる。まあ、つまり君は3日間意識を失ってたんだよ。」


「ま、まじか。」


 思わぬビッグニュースに震えると今度は不思議そうにユキノが食事の手を止めて尋ねてくる。


「お客様、何か不都合なことでもありましたか?それともこの3日間の間に何か大切な用事でも?」


「いや、そういう訳じゃないんだけど。」


「では、何か?」


 首を大きく傾げながら、再び尋ねてくる。それに俺は顔を少し落としながら返す。


「いや、3日も迷惑かけたとは知らなくて。その上朝っぱらから心配させちまって申し訳ないなと...」


 そうおずおずと言い出すと、エスメラルダが深いため息をついたあと、言い聞かせるように言ってくる。


「あのねツヅミ、私は助けられたお礼がしたくてこの屋敷に呼んだのよ。それにツヅミがあの時言ったんでしょ。謝って貰うために助けたんじゃないって。ほら、ツヅミまた謝ってる。」


「あ...」


 顔を上げエスメラルダを見ると満足そうに笑みを浮かべている。あの、戦いの後俺がエスメラルダの言葉を借りて行った意趣返しをさらに返せてご満悦だ。


 自分の至らなさに苦笑しながら、また間違いを正す。


「ありがとう、おかげで身体も万全だよ。これからもしばらくよろしく。」


 エスメラルダはよろしいと頷くと、食事を再開し出す。それを微笑みながら見守っていたグレイは僕の肩に笑いながら手を乗せた後上機嫌で食事を再開する。ユキノも呆れたように無表情でパンのようなものを口に運んでいる。


 俺もそれに倣って食事を再開し、すっかり冷めたスープに口をつけながら、心の中で考える。


 異世界のドアを開き、途方に暮れていたあの時からずっと助けられてしかいないというのに。この少女には敵わない。そんなことを思いながら、穏やかに朝食の会は閉められていくのだった。


 そして、すべての食器が下げ終えられた後、ユキノが立ち上がり告げてくる。

 

「今日アルカナ様は夕刻には帰ってきますのでその時は顔合わせをお願いします、お客様。」


 俺はその提案に当然頷く。そしてもう一件用件を伝えてくる。


「それまで時間に余裕がありましたら、グレイとエスメラルダ様と屋敷を見て回ってこられてはいかがですか?」






割とユキノの過去ばかりに触れてる感ありますが、エスメラルダにも、グレイにも、当然ツヅミ君にも明かされてないものが多数あります。近々少しだけエスメラルダの秘密に触れる回がありますが2章でやるのがユキノのお話なのでユキノのシリアスが多めです。

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