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スリーピングナイト  作者: 深崎藍一
1章 出会いと呪いの交錯
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1章ー6話 目覚めと友人と呆れ顔

ーーああ、またここか。


 気付くと俺は闇の中に立っていた。いや、その表現も正しくないのかもしれない、感覚はなくただただ闇の中に意識を投げ出され放置されたような妙な浮遊感と共に闇のただ一点を見つめていた。


 そこに存在しているのは簡素な木造の扉。どうやって立っているのかも分からない。ただそこに存在している、そんな風体の扉。


「そうだ、あの扉この世界に来た時に見た扉だ。」


 そう呟こうとしても実体なんてものはここには存在しない。ただ薄れ行く意識の中で思い出しただけ。こんな状態でもわかる。ここにいられる時間はあとわずか。現に意識が薄れ、もう何も考えられなくなってきている。


 やがて、意識が消えゆく瞬間俺はこの世界に迷い込んだ時のようにフラフラと扉に向かっていく。俺が目の前に来ると扉は少しずつ、少しずつ開いていくその中から光がこぼれてくる。俺はその光の方へゆっくりと誘われていった。


「まだ一つ目、こんなところで躓くあなたじゃないって信じてる」


 闇の中に寂しそうに、惜しむように響いた声に気づくことができないまま。


***********************************


 意識の底から意識が浮上する。だんだん意識が覚醒して瞼が開く。二、三度瞬きをすると意識がはっきりしてきて視界のぼやけが解けていく。


 見上げる先には、真白な天井。


「目が覚めると目の前には知らない天井が広がっていたってホントにあんだな。」


 実は向こうの世界で剣道の練習中に熱中症で倒れ実体験としては二回目なのだが、そんな下らないことを呟きながら羽毛布団をきっちりと畳んでどけつつ、横たわっていたベッドから起き上がった後部屋の中を見渡し自分の現状を把握する。


 今自分がいるのは下手をすればアリバーズ邸の応接間よりも広い一室。自分が眠っていたベッドもどう見てもひとりで寝るには過分すぎる広さの天蓋付きベッド。

 周りのどこを見渡しても高価な調度品が置かれておりアリバーズ邸と同じように部屋の中にいるだけで落ち着かない。


 周りを見渡しているとあるものが目に入る。それは丁寧に折り畳まれた俺の黒い服が机に置かれていた。ふと今の自分の恰好を見ると簡素な白い寝間着に身を包んでいる。


 恐る恐る寝間着をまくり上げイドにナイフを刺された傷があるはずの箇所を覗く。すると傷は完璧に塞がり肩の部分には僅かに白い傷跡が残っているもののほぼ完治と言ってもいいだろう。


「すげえ、昨日の今日で完治かよ、さすが異世界に魔法だな。」


 ナイフを何本も刺されそれなりに深い傷で命も危うかったはずなのに。エスメラルダが掛けていてくれた回復魔法の温かさを思い出し心が満たされていくのを感じる。


「でも昨日の時点では応急処置程度みたいな感じだったんだけどな。」


 自分のために必死になってくれているエスメラルダの姿を思うと少し嬉しくもあり同時に自分の無力さに情けなくなる。

 そんな葛藤を抱えながら部屋をさらに散策すると最後にカーテンを開け放ち窓からの外の景色を覗き見る。


 するとそこにはそろそろこの世界に着て驚くことは余りもう無いだろうと言う俺の密かな思いを一蹴する光景が広がっていた。


 そもそも今自分はどうやら相当高所にいるらしい。どうやら時間はまだ太陽が昇り始めた爽やかな光が差す早朝。そして、そこから見下ろす風景には広大な花園が広がっておりその中にも何らかの施設が立ち並んでおり、正直庭園の端が見えない。

 

 ざっと見渡すだけでも噴水や休憩スペースのような場所などいかにも貴族の庭園といったものが並んでいるが、想像していたのとスケールが何倍も違う。その、光景に唖然とするとともに好奇心が湧きたつ。


 すぐさま動きにくい寝間着を脱ぎ捨てきちんと畳んで机の上に置いた後、黒いシャツとズボンだけを身に着け外套は腕にかけながらドアノブを回し外に出る。 

 扉の外に出ると想像と違わず豪華に飾られ、赤いカーペットが敷き詰められた廊下が広がっている。どう見ても趣味が悪いようにしか見えない彫刻を通り過ぎながらあてもなく長い廊下を時間帯が時間帯なので少し足音を抑えながら進んでいくと。


「おっ!」


 階段を見つける。驚くことにこの屋敷にはまだ上階があるらしく上に登る階段も存在していたが今は下に向かって階段を下りていく。

 最初はウキウキとした笑顔で階段を下りていたものの降りた階層の数が片手の指の数に達した所でどんどん病み上がりの体力を蝕まれ息が上がってきたが、やっと地上にたどり着く。


 目の前にはエントランスホールが広がりその奥には大仰な玄関。


 なるべく音に気を付け玄関を開け放つ。朝日が目に刺さり目を細めながら玄関前の少しの階段を降り花畑の間に敷き詰められる石畳の道を進んでいく。


 そして後ろを振り向き建物を見上げてみるとまたしても度肝を抜かれる。


「これ完全に城じゃん...」


 見上げる先に存在するのは明らかに屋敷と呼んでいいものの範疇を超えるであろう建築物。白と青を基調とした塗装が施された城と呼ばれるに十分に値するものだった。

 なんとなく今の今まで自分があの中で寝ていたと考えると心なしか胃が痛くなってきたような気がしたのでこれ以上見ないようにしながら庭の先に進んでいく。


 もう一度周りを冷静に見渡すと周りに広がる丁寧に手入れされているであろう花畑やオブジェめいた噴水が朝日に照らされて煌いている。そんな幻想的な風景を楽しみながら広大な庭を散策していくと、どこからか微かな声が聞こえてくる。こんな早朝から響く声を不思議に思い、声の方向へ歩を進めていく。


 石畳の道を声を辿りながら進んでいくと徐々に声の正体がはっきりしていく。


「はっ!はああっ!せやっ!」


 声の正体は、気合の乗った掛け声。それが時に規則的に、そして時に不規則になって朝の庭園に響いている。その既視感を感じる掛け声に吸い寄せられるようにどんどん奥に進んでいくとたどり着いたのは少し開けたスぺ―スとなっている庭の一角の木陰の下。


 なぜ既視感を声に感じたのか。そんなことは本当はわかっていた、それは自分も数か月前まで同じ声を出しながら同じような時間帯に同じことをしていたから。呆然と元の世界のことを思い出しながら立ち尽くしながら木陰を見つめる。


 見つめる先では灰色の髪をした年は俺と同じくらいに見える少年がツヅミの予想通り、剣を振っていた。一振り一振り丁寧に丁寧に、慈しむような表情で少年は木剣を振り続ける。

 その姿を見ながら、自分もあんな目をして剣を振っていた瞬間があったのだろうかと自重気味に自問しながら少年の鍛錬を眺め続ける。


 それは少年が鍛錬に一区切りを着け汗を拭こうとしツヅミを見つけ腰を抜かす瞬間まで続いたのだった。


 ふと我に返り、影から自分を見つめている男を見つけ腰を抜かしてしまった少年に駆け寄る。


「お、おい。大丈夫か!?」


 芝生の上にへたり込む少年は俺が駆け寄ると少し怯えた様子を見せたが一つ深呼吸をした後俺の顔をまじまじと見つめた後、何かを思い出したかのように手を打つとフレンドリーな笑みを作って話しかけてきた。


「あ、君はユキノとエスメラルダ様が世話になった人だって言って連れてきた人じゃないか、目が覚めたんだね傷はもういいの?」


 尻もちを突きながらも、少し癖のかかった灰色の髪を揺らし鮮やかな翡翠色の目を温和に揺らしながら爽やかな笑顔で話しかけてくる少年に一瞬怯んだものの俺は何とか返答して見せる。


「ああ、おかげさまでバッチリみたいだよ。エスメラルダにはお礼を言わないとな。ところでなんだがここどこなんだ?大体予想はしてるんだが、ここがあまりに現実味がなくて一応誰かの口から確認しときたいんだ。」


 すると、少年は少し小首を傾げながら、エスメラルダ様に?と不思議そうに呟いた後、表情を元に戻すと無理もないかと前置きした後に告げる。


「確かに個人の屋敷としては大きすぎるからねここ。僕も初めて来たときは唖然としたものだよ。」


 ははっと爽やかに笑う少年。そこで俺はあることに気づく。この少年アリバーズさんを除けば俺が異世界に来てから出会った初めてのまともな同性だった。しかも年も近いことからこの世界に来てから一番の親近感が湧きだす。


 この世界に来てからまだ体感でも数日しか経っていないというのに出会う男といえばイカれた鎖野郎にナイフ野郎。チンピラ数人に、ここは比較的常識枠だが一言も言葉を交わせなかった人外っぽいグラン・アストロ。


 その錚々たるメンツを脳裏に浮かべながら自分の不運さを嘆くように空を仰いでいると少年は少し笑いながらも話を続ける。


「それで、ここはどこかだけど。秋の国の首都プリシャナのはずれにある屋敷だよ。一応だけど屋敷の主の名はアルカナだよ。多分すぐに君もすぐに会うことになるけど...くれぐれもだけどびっくりしないようにね。」


 最後の不穏な一言が気になるが、他の部分は大体予想通りだった。やはりここはエスメラルダが今お世話になっていると言っていた領主アルカナの屋敷のようだ。

 正直屋敷にはドン引きの一言であり最後の一言でまだ見ぬ領主アルカナに若干の嫌な予感を抱かせるがそんなことを言っていても始まらない。


 そんな時、少年が聞いてくる。


「ねえ、それより君名前は?さっきからなんて呼べばいいかわからなくて喋りづらいんだ。」


 そう言ってきた少年に向かってそういえばまだ名乗ってすらいなかったのを思い出し、俺は右手を差し出しながら宣言する。


「俺の名前は高宮皷。ツヅミって呼んでくれ。よろしく。」


 すると俺の右手を取りながら少年も名乗る。


「僕の名前は、グレイ。グレイ・セレスディアだよ。グレイって呼んでくれて構わない。」


 そうやって俺とグレイは握手をしながら自己紹介を済ませたのだった。


ーーそうやって少しだけ身の上話をし終えお互いが同い年であることを知り、さらに親近感が湧いた後俺はグレイにそれとなく聞いてみる。


「なあ、さっき剣振ってただろ。毎日あれをしてるのか?」


 するとグレイはとても嬉しそうに笑うとそうだね。と言った後にどこか遠い目をしながら言った。


「毎日してるよ、何年も前から。もう習慣になってるのかなこれをやらないと朝が始まらない気がするんだ。」


 そう、木々を見つめながら話すグレイに俺は自分の元の世界での生活を思い出し絞り出すように、すげえな。とだけ返すと、グレイは少しはにかみながら独白を続けてゆく。


「そうでもないんだよ。ほんとはね、子供のころは剣なんて大嫌いだったんだよ。家の方針で毎日毎日嫌というほど剣を振らされた。でもそんな僕を変えて剣の楽しさとか尊さを教えてくれた友人が居たんだ。この朝の習慣もそいつと始めたんだよ。」


 居た。とグレイは言った。その言い回しから恐らく何かあったのだと察し触れずに話題を変えるために芝生から立ち上がり先ほどまでグレイが振っていた木剣を手に取る。


 グレイが少し驚いたような顔で見守る中、懐かしい手触りと竹刀との違いを噛み締めつつ木剣を構えると一度大きく息を吸い込むとそれを吐き出すように大きく掛け声を乗せながら木剣を振り下ろす。


「せやあああっ!」


 ビュン!と風を切るとともに斬撃が振り下ろされる。久しぶりだったため多少鈍ってはいても体に染みついた動作だ。自分の評価でも高評価に入る斬撃に満足し、隣を見るとグレイがさらに表情に驚きを浮かべながら立ち上がりながらこちらに駆け寄って来る。


 その反応に俺も少し驚くもグレイはすぐに驚きから興奮したように表情を変化させるとまくしたてるように喋りかけてくる。


「ツヅミ凄いじゃないか!剣を振れるのかい?しかもとても素人にはできない斬撃、いや、下手をしたら騎士を目指せるレベルだよ。隠さなくてよかったのに!」


 そう早口で喋り終えるとグレイは正気に戻ったのか、一歩下がり咳払いをした後に俺にこんな提案をしてくる。


「ねえ、ツヅミ。僕と少しだけ試合しないかい?僕も負けてないつもりだけどツヅミも相当強いだろ?ツヅミも興味がないことはないだろ?」


 手を合わせながら頼んでくるグレイを見ながら少し驚く。この世界に来てからというものいきなり見たのがエスメラルダの芸術的な剣技だったし、最寄で見たので言えば剣帝グラン・アストロの異次元の一撃だ。

 正直なところあのレベルがゴロゴロいるのなら俺の剣道が通用するわけがないと思っていたのだが意外にもあの二人がおかしいだけらしい。


 先ほどもグレイの修練を見ていたが素振りしか見ていないので何とも言えないが俺と大して変わらないように見えるし、騎士を目指せるとすら言われたことに少し高揚感を覚える。


 それにグレイの気持ちもわかる。剣士なら、男なら誰しもどちらが上かは気になるものなのだ。そのことを分かっている分俺も興味が湧く。


「わかった、少しだけなら。俺も試合は久々だから興味もあるしね。」


 そうやってグレイの申し入れを承諾するとグレイは顔を輝かせると一言ありがとうとだけ言うと、芝生の上の袋の中から木剣をもう一本取り出す。


 そして、少し俺から離れた場所に立つと剣を構えた。それに倣い俺もグレイの正面に立ち剣を構える。一瞬過去がフラッシュバックし眩暈がするもそれを振り払いグレイを見据える。


 それが合図と言わんばかりにグレイは僕に向かって斬りかかって来る。


 俺はそれを、真正面から受け止めいなす。鈍い音が周囲に鳴り響く。次の瞬間初撃をいなされたグレイの体の重心が一瞬ずれたのを見逃さず剣を打ち込むが切り返しが速い。

 

一瞬で体勢を立て直し俺の右からの斬撃を躱すと鋭い突きを放ってくる。


 俺がその剣の腹に自らの剣を当て何とか剣先をずらしそれを躱しグレイと距離をとる。するとグレイは心底楽しそうに笑いながら話しかけてくる。


「驚いた、予想以上に強いや。さっきの突きを躱せるなんてすごい反射神経と戦い慣れだね。」

 

 そのグレイの賛辞を受け少しまた気分が高揚してくるものの頭は冷静に保ちながらグレイに宣言する。


「次はこっちから行くぜ、グレイ。」


 俺の宣言を聞くとグレイの顔つきも真剣なものに変わる。それを見届けると力強く地面を蹴り、グレイに向かって突進する。

 初撃に選んだのは一番自信のある右上段からの斬撃。鋭さを意識しつつ思い切り振り下ろす、だがグレイは動じず冷静に僕の全力の一撃を真っ向から受け止める。


 息がかかる程の近さになりそのまま鍔迫り合いを続ける。悔しいが単純な力比べではグレイに軍配が上がるようだ。力負けしそうになるも後ろに飛び体勢を立て直し、次に選んだのは細かいフェイントを挟んだ連続の斬撃。


 力で負けているなら技術で。するとやはり細かい技術は俺の方が上のようだ。少しグレイに隙ができるがさすがと言った所なのか確実に攻めきれる隙は出来てこない。


 実力は完全に拮抗している。その事実と交わす剣の楽しさに没頭していく。見ればグレイも同じようだ。自分と同じ技量の人間を見て興奮と少しの悔しさを含んだ顔。そうこなくてはと笑いながら剣に力を入れ直し再びグレイに斬りかかっていく。


ーーー数分後俺たちは二人仲良く体力を使い果たし芝生の上に倒れこんでいた。


「やるね、ツヅミ正直ここまでとは思ってなかったよ。」


 そう横に仰向けになって倒れていたグレイがこちらに寝返りを打ちこちらに向き直ると言ってきた。俺は息を切らしながらなんとか答える。


「グレイもこんな強いとは...参ったぜ。」

 

そうやってそのまま会話を交わしながら体力の回復を待っていると、声が響く。


「グレイさん、ちょっと来てくれませんか?エスメラルダ様が客人が消えたと言って屋敷中を探し回っているので手伝って下さ...」


 そうやって現れた黒髪の少女、ユキノは剣を持ちながら倒れこんでいる俺たちを見て何かを察したのだろう。絶対零度の目と呆れ顔で俺たちを見下ろしていた。


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