1章ー4話 アリバーズ邸決戦
ちなみにこのアリバーズ邸のお話は、一章のメインのお話に入るのとエスメラルダとツヅミを出会わせるのと、ツヅミに少々勘違いしてもらうためのものです。なので割とあっさりあと一話くらいで終わります。一章のメインのお話はこの世界の説明等々がメインですので二章からが本番だと思ってください。
男の登場に、いち早く反応を示したのはエスメラルダだった。険しい顔でいち早く腰の華美な装飾が施された薔薇の剣を鞘から抜き放ち切っ先を男に向ける。
驚くほど、刃が透き通った剣だ。その刃はまるで鏡のように、いや、そんなものではない。まるで水晶のような透明度と美しさを放っていた。もしかしたら材料が鋼ではないのかもしれない。
「アリバーズさん、下がっててください。この男すごい嫌な予感がします、いくら私でも守り切れる自信がありません。」
路地裏で俺たちを襲おうとした男たちを覇気をぶつけただけで引き下がらせた時から薄々感じていたことだが、おそらくエスメラルダは相当強い。
元の世界では剣道で周りに敵のいなかった俺だが、今のままではおそらく彼女一合剣を交えるだけで膝をついてしまうだろう。
そう思わせるほど、今エスメラルダから放たれている鬼気迫る圧力は凄まじいのだ。
「いやー、噂では聞いてたけどほんとに規格外の魔力だね。まさに神に選ばれた人間ってやつかい?はーほんと世の中って理不尽だね。ハハッ、ハハハハハ!」
しかしこの部屋、いやこの屋敷において唯一男だけがエスメラルダの覇気を浴びて動じない、それどころかその短い紫の髪の毛を振り乱し、飄々とした態度を崩さない。その余裕からこの男もエスメラルダに匹敵する戦闘力だろうと予測できる。
ごくりとつばを飲み込みしっかりと男を見据える。いくらエスメラルダが牽制しているとはいえ少しでも気を抜けば一瞬で首を持っていかれる気がして怖気が止まらない。先ほどのトラウマが蘇り目をそらしたくなるも必死に意識を男に向け続ける。
そんな時だった。
「誰か!侵入者だ、騎士団を呼べ!早急にだ!」
エスメラルダがかばう形になっていたアリバーズさんが叫びながら、屋敷の中の使用人に命じるが反応がない。
「おい、どうした!はや」
早くしろと、続けたかったのだろう。その声は男が鎖を鳴らした音で遮られる。一瞬空気が静まり返りその静寂を打ち破りつつ、その血の滴る鎖を鳴らしその幼さの残る顔を嗜虐的に歪めながらながら言った。
「ねえ、まだ喋れる人が君たち以外にいるとでも思ってるの?」
その言葉の意味を理解したのだろう。アリバーズさんはただでさえ白い顔を青白くさせ、反対にエスメラルダはその白い顔を憤怒で赤くし男に斬り掛かる。
「はぁっ!」
裂帛の気合を乗せエスメラルダは渾身の右上段からの斬撃を繰り出す。なまじ剣術に関わってきたからこそ分かる。すさまじく鋭くそれでいて芸術的な一閃。剣士なら誰でもこう在りたいと思うような剣技。 その、凄まじい剣を男は難なく躱して見せる。しかも、それだけでなく器用に鎖を操り反撃を仕掛けている。
「エスメラルダ!」
会心の一撃を躱され、一瞬体勢を崩したエスメラルダに凄まじい勢いで鎖がしなりながら迫っていく。その光景に思わず声を上げてしまうがエスメラルダは問題はないといった顔で剣を素早く構え直し鎖を剣の腹で滑らせるようにいなして見せる。さらに鎖をいなされ攻撃手段を失った男相手に素早く詠唱して見せる。
「氷結魔法、アイシクル」
その詠唱をきっかけに鋭い氷柱が数本出現し、男目掛けて鋭く飛来していく。男はさすがに全ては避け切れず後ろの壁をぶち破りながら吹き飛ばされた。やった、と歓喜する俺とアリバーズさん。しかし、エスメラルダは一切表情を緩めず、埃が舞う壁の向こう側を睨んでいる。
「あー危ない危ない。こんな初歩的な魔法にやられたってんじゃ、かっこつかないからねえ。まぁでも術者の魔力がでかすぎるせいで初期魔法の威力とは段違いだったけど」
壁の向こう側からどこまでも間延びした声が聞こえてくる。瓦礫をどけながら全くダメージを感じさせない足取りで平然と応接間に戻って来る。
俺は、初めて見た魔法や魔力といった単語に場違いな感慨を浮かべていたが、無傷の相手を見てさらに表情を硬くしたエスメラルダが僕に叫ぶ。
「こいつ、体に鎖を巻き付けてる?しかもすごい魔力のこもった...ツヅミ!私がこいつの足止めするからアリバーズさん連れて安全なところ、せめて屋敷の外へ避難させて!」
その提案に、俺は反対する。
「君を置いてそんなことできるわけないだろ!」
俺がそう言うとエスメラルダは少し目を伏せながらも言ってくる。
「ごめんね、ツヅミ、そう言ってくれるのはとても嬉しいけど、この人相手にツヅミ達を庇いながら戦うのは無理。それに私の魔法は規模が大きいから、巻き込んじゃう可能性もある。だから、とりあえず避難して欲しい」
言外の戦力外通告。そう言われてしまえば、今の俺には反論する余地がない。歯がゆい思いを噛み殺しアリバーズさんとともに出口を目指す。
その際に壁にかかっていた剣を自衛用に腰に差す。少し心強い気持ちになるも、あの男との戦いにはついていけない。その事実と自分の力不足に歯噛みしながらもエスメラルダの指示に従い屋敷の外を目指す。
それを見送りながら、エスメラルダは安堵し剣を構え直し男に問いかける。
「随分と素直に通してくれたわね。これであの二人が衛兵を呼んでくるしアリバーズさんも殺せない。ここで帰るのなら見逃してあげる、あなたはどうするの?」
そのエスメラルダの優しすぎる問いかけに男は実に楽しそうに笑う。
「フフッ、バカみたいに優しいね。でもそんな君は僕を信じすぎだ。君は勘違いを二つほどしている。一つ目。、まず僕たちの目的は初めからあんな老いぼれじゃなく君さ」
その事実に、エスメラルダは密かに頭に男たちの正体をつかみ始める。
「あなた、ほかの候補者たちの回し者...?でもそれならなんで」
その問いかけに答えず男は続ける
「そして、二つ目の勘違い。別にあの二人は見逃したんじゃない...止める必要がなかったのさ」
その発言にエスメラルダは血相を変えて応接間の出口へ走り出す。しかし、当然のことながら男は通さない。自分の判断の軽率さを呪いながら一刻も早く目の前の男を斬り伏せなければと腕に力を入れる。それを見て男は笑みを深める。
「いいね、せいぜい楽しませてくれよ!」
その言葉を合図に、白銀の少女と黒の男との乱舞が始まる。
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「くそ、何だってんだ。」
屋敷の廊下はひどい有様だった。俺たちが早く着いたために余裕がなかったのか廊下には使用人の死体が転がっていた。前回のように吊るされたものもあれば、無残に転がされたままのものもある。その光景に目を伏せる。
そして、エスメラルダと別れてすぐに俺は前回気づけなかったの違和感に気づく。違和感の正体、それはあまりにも暗いのだ。
「おかしい、さっきまで過度すぎるくらいまで明るかったのにしかもこれは...」
その暗さはあまりにも異質だ、澱むような暗さといえば正しいのだろうか空気が光を拒絶するようなほの黒さ。
「しかも、明かりはそのまま点いててこれってどう考えてもキナ臭すぎだろ」
なによりも違和感を浮き彫りにさせるのは、天井に吊り下げられている照明類はすべてついたままだという事実だ。
それなのに暗いという感想を抱かせる空間に顔が強張る。出口に急ぎながらも、腰に差していた手になじまない片手剣を抜き最大限に警戒しながら進む。アリバーズさんも同様の気味悪さを感じているのか唇が震えている。
この廊下を走り抜ければ出口。そんな思いを抱き、角を曲がった瞬間今までとは比にならない命の危機を感じる。思わず曲がりかけた角を引き返し反射的に身を隠す。
後ろを走っていたアリバーズさんも僕の反応を見て何かを感じ取ったのだろう。剣を抜き、足音を消して立ち止まる。
少しだけ身を乗り出し出入り口の方向を窺う。
威厳を表すような豪奢な玄関の前のエントランスホール。こちらも先ほどの男と装いは同じ黒装飾だが長い白髪を後ろで束ねた整った顔をした男がただならぬ雰囲気で仁王立ちして、俺たちの退路を塞いでいる。
どうする、考えろ考えろ。正直あの白髪の男もあの鎖男と同じレベルの戦闘力と考えるとこの状況は詰みに近い、足りない頭を必死に回して考えようとするも持てる手札が薄すぎる。
この空間のことを考えると目の前の男も魔法使いや魔術師と呼ばれる類の存在で間違いないだろう。その状況と存在に慣れつつある自分に驚きながらも、冷静に戦力を考えるが、こちらは、一般よりは強い程度の男と、初老の人間が一人。どう見ても状況は最悪だった。
今日何度目かわからない冷汗が首筋を滑り落ちていく。そんな時だった。ふいに男が口を開く。
「そこにいる男二人、無駄です。大人しく出てきたほうがマシに済むと思いますが」
そんな、不穏な言葉を乗せて鋭い眼光をこちらに向けてくる。切れ長の瞳に冷たさが感じられ身震いしてしまう。
「アリバーズさんはここに」
アリバーズさんを下がらせながらも観念して、男の前に姿をさらす。やはりすさまじい重圧が体に刺さりと鳥肌が止まらなくなるが決して男からは視線を離さず剣を構える。しかし、男が懐に手を入れ何かを取り出した瞬間。
「なっ!?」
全く何の気配もなく、腕に今まで感じたことのないような激痛が走り気が付けば剣を落としてしまっていた。腕に力が入らない。
「なにが...っ」
痛みの原因は、腕に刺さった小型のナイフ。右腕にに一本、左腕に二本と合計三本ものナイフが飛来音や気配すらもなく刺さっていたのだ。疑問を覚える前に体が、脳が激痛に支配され苦悶の声を上げる。
「ぐっ...がああぁっ」
両腕からとめどなく、赤い液体が流れだす。どうすることもできず膝をつく。何とか痛みをこらえながら視線を男に向けるも男は表情一つ変えず悠然とたたずんでいるのみだった。
「ってことは、仕掛けがあんのはこの黒い靄か」
あたりを覆っている靄に仕掛けがあるはず、そう予想し痛みを歯を食いしばって剣を持ち直し、剣を振り、辺りの靄を払って見せようとするが全く効果がない。
「無駄」
男が簡潔に言い放った次の瞬間、次は右足の太腿付近に激痛が走る。
「----ーーっつ!」
声にならない悲鳴が口から洩れ、たまらず倒れこむ。すると後ろからも悲鳴が上がる。
「あ、あぁああああ!」
後ろを振り返ってみるとアリバーズさんの右足にもナイフが二本刺さっているのが見て取れる。
「なんでだ?何もにしてないはずなのに、なんで」
驚愕に目を見開きながらそう呟いている間にも血が流れていく。血が一定量なくなったためか頭が回らず視界に靄がかかり、意識が朦朧とする。その誰が見ても満身創痍の体を気力だけで立ち上がらせ剣を持ち頭を回す。
「頭冷やせ。そんでから考えろ、何がおかしい?何とか生き残ってアリバーズさん助けて、増援呼んでこれる方法、一つぐらいあんだろ」
そうやって自分を鼓舞し視界をクリアにするとふと目の端に映ったものの違和感を見つける。それは廊下に乱雑に倒れ伏している死体の一つ。
慌ててほかの死体も見渡すとやはりそうだ。
「全部ナイフが俺たちと同じ個所に刺さってる」
そう、とどめになったと思われる心臓付近の傷にはナイフが刺さっていない。つまりそれは遠距離ではなく直接白髪の男が刺したのだろう。
しかし、それ以外のナイフが刺さったままの箇所は腕はきれいに僕の傷の箇所と、足の傷はアリバーズさんの傷とほぼ同じ場所だった。
そして、二度目のナイフが脚に突き刺さった瞬間。僅かに見えた。
ナイフは直接体に刺さった訳ではなく、少し前の空間に急に現れた感じだった。
それが、ヒントだ。考えろ、考えろ、考えろーーー
そして一つの推論が頭に浮かぶ。
男が、無駄なあがきを哀れと思ったのか、疎ましく思ったのか再び懐に手を入れようとする。
その瞬間、手に力を入れ、裂帛の気合いとともに頭に浮かんだ推論を実行に移す賭けに出る。
「ってことは、次は、ここだろ!」
男が少しの予備動作を見せた瞬間。最後の力を振り絞り、剣を振るう。
すると、小気味いい金属音とともに日本のナイフが跳ね飛ばされ、壁に突き刺さる。
驚いた顔をする男に、少ししたり顔で、でも、肩で息をしながらたどり着いた推論を語る。
「考えてみりゃ、おかしな話だった。気配もなくナイフを飛ばせんなら一撃で急所を突くよな。あの鎖野郎ならまだしも、お前みたいな冷静そうなやつがこんな遊びみたいな攻撃するわけないもんな」
「それなのに、お前はそうしなかった。できなかったんじゃねえのか?なんでかは知らねえがルートが固定されてるから、じゃあ、次来るところは四肢の中で唯一、まだ、ナイフが刺さってねぇ左腿の付近だろ。さっきも、何も直接、腕や足に刺さった訳じゃあなかった、少し前の空間にナイフが現れた感じだった。なら、予想さえ当たれば防ぐことは出来る」
「でも、予想が当たったってことは、この妙な黒い靄は包んだ奴にマーカーみたいなもんでも付けてんのか、反則過ぎるだろ」
男は俺の推論を聞くと、笑みを浮かべ手を叩く。
「やるじゃないか、見かけによらずいい洞察力だ。そこまで見抜かれたのは久しぶりだよ。それに、剣もその傷を差し引いても筋がいい斬撃だったよ。でも惜しむべきは、その推論は完璧じゃあない。半分正解ってとこだな」
そう嬉しそうにつぶやくと男は楽しそうに笑いながら語る。
「魔法の効果は概ね正解だよ。もう少し細かい制約はあるけどな。それでお前の間違いは人を見かけで判断したことだな」
すると、白髪の男は今まで無表情を保っていた顔を大きく歪ませると実に嬉しそうに震えながら言ってくる。
「ナイフを飛ばす部分を急所にしてないのは、別にできないからじゃない。四肢に傷を与えて痛みに震える人間の顔を見ながら、自分で肉を抉ってとどめを刺すのが堪らないからだよ」
そう、酷薄に表情を歪めながら、恍惚とした表情で語る男に、怖気が走る。
狂っている。どこかで薄々感じていたがこの男もあの鎖野郎と同じくらい、いやそれ以上に狂っている。 生理的嫌悪に俺が顔をしかめると。男は、表情をもとの無表情に戻すと俺を見据えてくる。
「君はその洞察力に免じてこれで許してあげるよ」
男がそう、つぶやいた瞬間。腹部に再び鋭い痛みが走る。再び激痛に苦悶の声を漏らし倒れこむ。床に広がった自身の血だまりに浸かっていき意識が薄れていく。そんな最中始めて男が歩を進める。そして俺の意識を引き戻すようにつぶやく。
「でも、人に任せて這いつくばってる奴に温情を与える気はないな」
そう言って僕を通り過ぎ一直線にアリバーズさんの方へ向かっていく。アリバーズさんは必死に逃げようとしているが足を刺されている上に黒い靄の中にいる限り無意味だ。
俺は必死に追いすがろうとするがおそらく腹部のナイフに何か塗り込まれていたのだろう、体が全く動かない。
無駄だとわかっていても、必死逃げろと叫ぼうとするが少しも声が出ない。
そうこうしている間にも凶刃はアリバーズさんに近づいていく。最後まで必死にあらがおうとするも刃は無情にも振り上げられる。思わず目をつぶった瞬間。
轟音が鳴り響く。
瞬時に目を開け音の原因を探る。そこには煙を上げ、崩れ去った壁の中に佇む黒髪の一人の少女。その少女が壁をぶち抜きながら、白髪の男を蹴り上げていた。