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スリーピングナイト  作者: 深崎藍一
1章 出会いと呪いの交錯
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1章ー1話 影へ向かって


俺、高宮皷(たかみやつづみ)という人間を端的に表すとすれば一言で表すことが出来る。


それはどこにでもいそうな奴。それに尽きる。


特筆することといえば、中学の時に剣道で全国三位に輝いたこと、(剣道は祖父に半ば強制的にやらされていたが、祖父が他界したため辞めた)


長めの黒髪に、少し目つきが悪いと評されることもある猫目で身長は何と全国平均ぴったりとごくごく普通の少年である。

少し加筆することがあるとすれば高校で盛大にやらかしクラスで空気となり引きこもり気味ということである。


その生活が早数か月。今日も一日盛大に食っちゃ寝し、眠りについた。


ここが人生の分岐点になるとも知らずゆっくりと、ゆっくりと眠りの底に落ちていった。


声がする。きれいな声だった、聞いたものをつかんで離さない魅惑的な声。

その声を追いかけて暗闇の中をふらふらと進んで行く。まるで虫が揺らめく蝋燭の火に飛び込んでいくように。


進んでいくと現れたのは扉だった。簡素な扉だ、どこにでもある木造の扉。声を追ってドアノブに手をかける。


ドアを開けると飛び込んできたのは、溢れんばかりの光だった。思わず目を細める。目が慣れ、目を開くと一つ違和感に気づく。


「夢じゃない...のか?」


光があふれてきたときはただ朝が来たのだと思った、しかし目を開いた先にあったのは、中世のようなレンガ造りの街並みに、目の前には噴水が印象的な広場が広がっている。


なにより驚愕すべきは


「獣人...みたいなもんか?」


引きこもり生活の退廃的な生活の中で読み漁った漫画や、ラノベのお約束である獣人が目の前を平然と通り過ぎていくことに場違いな感動を覚えると同時に、残りの違和感を消化しなければならないと思い、焦りをひた隠しにしながら、噴水に腰掛ける。


深呼吸をし、落ち着き、まず、状況を整理する。


状況を整理するため、まずは自分の姿を確認すると、大きな違和感、変化していた点が見られることに気づく。


一つ目の違和感は服の変化だ。明らかに寝る前に着ていた寝間着とは違い黒のジーンズ、黒い長袖の服の上に、地面に擦るギリギリの長さの外套をまとっている。


そして二つ目の違和感の正体は、噴水を覗き込んだ時に気づいたのだが、目の色が変化している。元々の漆黒の瞳の色は消え失せ、黄色に変化している。

人の印象とは、瞳の色の変化でここまで変わるものなのか。自分の顔はあまり好きではなかったが、嫌でも十数年共にあった自己像が大きくぶれて妙な感覚がする。


大きな変化といえばそのくらいだが、正直今も思考能力が追いつかない。


往生際悪く夢の可能性を信じベタに、頬をつねってみても、ただただ無情な痛みがやってくるだけだった。


ようやく、少し落ち着いてきた頭で自分が転生される理由を考えてみてもそんな覚えは一切ないし、行く宛も、することもないのだ。正直なことを言うと異世界ライフは開始10分で詰みだった。


「何だってんだよ...」


顔を手で覆い肩を落とし、悪態をついてみるものの、そんなことをしても事態はまったく好転しない。


転生特典の勇者の剣もなければ、自分を召喚し助力を乞うてくる美少女もいなかった。

これから先の人生に割と絶望していると、ふと視界の端によたよたと、明らかにきな臭い路地裏に一人の少女が何かを探すように泣きながら入っていくのが写る。


「迷子か...?」


イベントの気配への期待と、厄介ごとフラグの気配への恐怖を天秤にのせ、頭をひねる。

しかし、ここで無垢な少女を見捨てる程、人を捨てた引きこもりであるつもりは無い。首を振って恐怖を振り払い少女が消えていった路地裏に駆け出す。


「くっそ、まずったかな、これ...」


路地裏に駆け込んでからわずか数分。早くも人を捨てていなかったことを若干後悔する光景が目の前に広がる。


どうしてこうなった、その経緯を説明するとすれば、ありがちすぎて鼻で笑われてしまうような理由がある。


幸いなことに、路地裏に入ってからすぐ、少女は見つかった。ただし、少女を連れ去ろうとしている怪しい男をセットにしてだ。


そこからは簡単だった。近くにあった木材でその男を得意の剣道で胴を打って気絶させたのはいいのだが、直後に、流れるようなお約束で音に気付いた仲間が集まって、即座に少女を抱えて逃走を図ったのはいいのだが何しろこちとらまったくと言っていいほど土地勘がない上に、表に出ようとしても道がわからず、おまけに抱えた少女の鳴き声で居場所がバレバレなのだ。


すぐさま、土地勘のある相手に誘導されるように、少し開けた場所におびき出され5人程の人間に囲まれ、今に至る。


「しっかし、バカだなぁ兄ちゃんも黙って見過ごしてりゃこんな痛い目見ずに済んで、安心しておうちに帰ってぐっすり眠れたのによ。」


男達のうちの一人が半笑いで同情するように、両手を広げて首を振るような動作をしながら言ってくる。


「馬鹿野郎、こちとら絶賛おうち帰れなくて頭抱えてんだよ。帰れたとしても幼気な少女見捨ててベットの中入っても寝覚め悪ぃから寝られるかよ。そっちこそ改心しておうちに帰ってくれるって選択肢あったりしない?おうちでお袋さん泣いてるぜ?」


その問いに対する、男たちの返答は実に簡素だった。男たちは笑いながら声をそろえてこう言った。


『ねえな!』


「だよね!」


その返事を皮切りに、男たちが四方から襲い掛かってくる。

男たちの顔には、無事で帰れると思うなよと書いてあるためいくら剣道の腕に自信があるとはいえ、少女を背にかばいながら5人相手というのは無理がある。


割と病院搬送を覚悟し木材を上段に構え、腕に力を入れた瞬間、薄暗い路地裏には似合わない凛とした声が響く。


「そこまでにしておくことね。」


美しい少女だった。言うまでもなく整った顔に、少し青色が混ざった煌めく銀髪をひとつにまとめ、肩から横に垂らし、切れ長の目には、透き通ったサファイヤブルー。

その双眸に見つめられただけでどんな男でも息を呑んでしまうだろう。


その、スラっとしながらも、女性らしさに富んだ肢体を澄んだ空色のワンピースで包み、その上から薄いながらも確かに身を守れるだろうと少し見ただけでわかる琥珀色の鎧をまとっている。

腰には一目で業物とわかる白金色のバラの装飾が施された剣が差さっている。


一声で場の空気を換えた少女に全員の視線が吸い寄せられる。吸い寄せられて離すことができない。少しの静寂の後、少女は続ける。


「あんまり多勢に無勢は感心しないわ。立場上無勢の方につくけど、あなたたちはどうするの?」


男達は数秒アイコンタクトを交わした後、少し恨めしそうに男たちは去っていく。


情けないことに、それを見てほっとしたのか俺は腰が抜け、少女はまた、泣き出してしまった。


白銀の少女は、満面の笑顔でこう言った。


「探したわよ、ユキノ早く行かなきゃ!ほら、はやく...?」


そうやって、こちらを見る少女。しかし、俺を覗き込んだ瞬間、少女の笑顔が固まる。

そして、二人の間になぜか気まずい空気が流れる。少しの沈黙のあと、非常に掠れた声で少女が声を発する。


「ええっと...誰?」


「さ、さぁ?」


困った二つの顔が、目線を交錯させて路地裏に再び沈黙が降りた。


詳しく話を聞いてみるとこういうことらしい。


この少女は、侍女である少女とはぐれてしまい街を探し回った末に、ふと路地裏を見ると黒髪の人間が路地裏に入っていくのを見て(ユキノという侍女さんも黒髪らしく、その上黒髪はこの世界で希少らしい)散々路地裏を走り回って今に至るらしかった。


「で、あなたはこんな所で何してたの?」


「あ、ああ。実は...」


後ろの少女をチラッと見やり、事情を説明していく。少女は呆れたような顔をしていたがそれでいて少し微笑んでくれていたのは俺のうぬぼれでなければいいなと思った。


その後、少女の協力を経て少女は、親元に帰った。少しその親を恨めしく思わなくもなかったが、母親の胸に飛び込んだ少女の笑顔を見て毒気など飛んでしまった。


「さってと、良い事したし、気分がいいな!」


少女はそれを見ると可愛らしくクスりと笑う。思わず顔が赤くなり顔をそむけると、少女はよーし、と言うと


「これで私は、お役御免みたいね。くれぐれももう無茶はしないように。」


そう言って手を振って去っていくが、俺の未練がその手を取って引き留めてしまう。驚いた顔の少女に向けて俺は言い放つ。


「待ってくれよ、人探してんだろ?それなら一人より二人のほうが捗るだろ?手伝うよ」


少女は少し戸惑いながら考えた風に尋ねてくる。


「なんで、そこまでしてくれようとするの?初対面の人間に何でそこまでしてくれるの?」


その問いに俺は、少女の目を見てはっきりと告げる。


「んーそうだな...借りは返す主義なんだ」


少女は一瞬キョトンとすると、また愛らしく笑い、俺の目を見て告げる。


「変な人ね。そこまで言うならお願いするわ。私の名前はエスメラルダ。よろしくね。あなたの名前は?」


俺は二カッと笑うと高らかに宣言した。


「俺の名前は、高宮皷!よろしく!」


そういって二人は歩き出す。二人の歩き出す先に影が差しているのに気づかない。誰も気づけなかった。



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