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スリーピングナイト  作者: 深崎藍一
1章 出会いと呪いの交錯
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1章ー16話 ユキノ①

  私は、小さい頃から両親を含めてあまり名前で呼ばれた記憶が無い。


いつでも私を呼ぶ時村の皆は私の事を「風神様」と呼んだ。

両親だって、名前を付けたのは自分達なのに、私を産んだのはあなた達なのにいつも、私を羨むように、崇めるように、家族を感じさせないような態度で風神様と呼んだ。

私は子供心ながらにそれがすごく嫌いだった。


でも、仕方なかった。私達の一族は特別で四季の魔女がいた時代から灯火を絶やさぬ様に森の中でひっそりと暮らしてきた、特別な一族、風魔族だから。


仕方なかった、だって私は風魔族の始祖から代々受け継ぐ「風神の祝福」を宿して生まれてしまったから。


そのおかげで小さい頃から既に風系統の魔法は完璧だった。軽く魔力を練れば森が泣き、風が荒れる。すぐに、風魔法のエキスパートのはずの風魔族の大人をも超えてしまった。


でも、そんなだからいよいよ「私」を「私」として扱ってくれる人はいなくなっていった。

それが本当に嫌で嫌で仕方なくて、誰も「風神様」としてしか私を見てくれなくて、いつしかユキノという言葉を聞く機会も少なくなっていって。

だから、人前で魔法を使うのを躊躇って嫌がって泣き叫ぶ。でも、両親はその子供の癇癪を怒る訳ではなく、ただ森の守り人「風神」としての使命と在り方を懇々と説いてきて。


何を言っても仕方なく、魔法を披露し、ただ孤独を浮き彫りにする拍手を送られて、家族にはさすがは風神様と褒められる。


拒んでも、受け入れても私の扱いと振る舞いは「ユキノ」としてではなく「風神」としてのもので、いつしか諦めてそれを受け入れそうになっている自分がいても、それにすら気づけなくて、ユキノという名前が風化していってもいつしか何も思わなくなっていた。


でも、私には唯一「私」を「私」として扱ってくれる家族、兄がいた。


兄は風魔族なのに、魔法の才能が全くと言っていいほどなかった。

でも、兄は全くそれを気にせず、強くなることを全く諦めず悲観せず朝から晩まで剣を振り続けていた。


私は最初、そんな兄のことが嫌いだった。私は「強さ」が理由で自分を見てもらえないのに、兄は「強さ」とは無縁だったのに、その明るい性格からいつも、人と笑顔を交わして輪の中心にいた。


私にはそれがとても眩しく見えた。だから、持ちすぎたものの気持ちがわからずに、笑顔で強さを求める兄が本当に嫌いだった。


ある時、今日も朝から「風神」として感謝され、同族の子供はもちろん、大人にまで崇められて自己嫌悪で押しつぶされそうになっていた帰路に、また汗だくになって笑顔で剣を振る兄を見て、ついに感情が抑えられなくなった。


「なんで?なんで兄さんはそんなに汗だくになってまで、強さなんてものを求めるの?そんなものあっても、なんの役にも立たない!ただ自分を見てもらえなくなるだけなのに!」


半ば八つ当たりのような気持ちで、抱え込んできたものを何の罪もない兄にぶつけた。

その時の兄は、いつもの笑顔が信じられないように曇らせ、悲しげにこう返してきた。


「確かに、そうかもしれない。お前にはきちんと1人の人間として他人から見てもらえる俺が羨ましく映るのかもしれない。」


そうやって、さらに顔を悲しみで染めて兄は続けた。


「でも、俺はお前が羨ましいよ。最初から持っているお前が羨ましいんだ"ユキノ"」


「確かに、お前にかけられる期待や重圧はとても重くて、お前に絡みついてるものなのかもしれない。でも、でもだ。俺は期待されるお前が眩しく見える、羨ましいんだ」


そう言われて、ハッとして兄の顔を見ると、兄の頬には一筋の涙がこぼれていて。

私は、何もわかっていなかった。自分が見てもらえないと、膝を抱えてきた時間を兄もまた別の意味で見てもらえないことに傷つき悩んで、でも、私とは違って努力で変えようとしていたことを。

自分のことを棚に上げて、自分も人を見ていなかったことに気付かされて、八つ当たりめいた感情をぶつけたことを心の底から後悔して、生まれて初めて兄に縋って泣いた。


そうやって、私が泣いて泣いて、やっと泣き止んだとき、服が汚れたことも全く気にせず兄は、私の頭を撫でながらこう言ってくれた。


「ユキノ、大丈夫だよ。確かに皆は君を風神様って呼ぶ。でも、君は風神である前にユキノっていう人間なんだ。ユキノはユキノでいていいんだよ」


そうやって、優しく髪を撫でながら私が一番言って欲しかったことを優しく言葉にしてくれたことが生まれてから何より嬉しくて、その日から兄は私にとっての本当に意味での救いであり、家族になった。


それから、私の生活は本当に少しだけど変わっていった。風神としての仕事をこなしながらも、ちゃんと自分は自分でいられているんだと、そう思えるだけで地獄のようだった日々も少し色づいて見えた。


そうして、兄の横で兄が剣を振っているのを見ながら周りとの孤独を埋めていって数ヶ月あとのこと。


兄が、里を少しの間だけど、出ることになった。どうやら、兄には剣の才能はあったようで、風魔族と親交が深く、たまに里に顔を出すグレース家の当主に才を認められてしばらく屋敷で剣を学んだり色々なことを学べる環境を作ってくれるということだった。


当然私は、泣いて兄を引き留めたが少し溝の埋まった両親が初めて子供に接するみたいに頭を撫でて、兄の意思を尊重することを諭してくれた。


こうした、両親との確執の埋まりも兄のおかげだと思うと、やはり兄と離れるのは嫌だったが同時に、兄が居なくても頑張れるようにならなければという感情が浮かんで来て、散々駄々をこねた後、兄の出発を泣き腫らした顔で祝福した。


でも、あの時泣いて縋って兄の優しさに甘えて引き留めていればと、今でも夢に見る。


兄の出発の日、何度か下見に来たグレース家の貴族と、来て数回で兄と仲良くなって私をいらつかせた、グレース家に世話になっているというグレイという少年が兄を迎えに来るのを待っている間、私は突如思いついて、森に花を詰みに行った。


兄を笑顔で送るためにも、花束を送ろう。そんな子供じみた考えから、村の前の道を一望出来る花畑にたどり着いた私の視界に妙なものが写り込んだ。


「?」


少し、先の森から黒い煙が立ち込めている。一体どうしたものかと、興味から煙の方へと向かってみる。

ようやく辿り着いた煙の発生源、そこで見たのは、横転した乗り物と、血を流す見たことのある品のある老人、そして恐らく気絶しているのか動かない灰色髪の少年。


「なにが...?」


疑問を口にした瞬間、背後に殺気を感じて魔法を展開する。すると甲高く、鋭く硬い金属音が背後に響く。


目付きを鋭くし、後方を睨むとそこには古ぼけたコートを着込みハットを目深に被った髭面の男がこちらを驚いたように、そしてどこか楽しそうにこちらを見て口笛を1つ吹く。


「何者かはわかんねぇけど、やるなぁ嬢ちゃん。不意打ちをここまで完璧に防がれちゃ立つ瀬がないよ、おじさんは」


どこか、調子の軽い人を舐めたような口調に私は声を荒げ怒鳴り返す。


「この方が貴族、グレース卿と知っての狼藉ですか!?それに何が目的でこんな無残な真似を!」


「もちろん知ってるさ、というか知っててやってるから当り前だけどな、ははっ」


「目的は...そこを金目のものが通りかかったからかな?嬢ちゃんも目の前に宝箱が置いてあったら開けるだろ?それと同じことよ」


「...もうあなたと話すことはありません。ここで、グレース卿の代わりに私が誅を下します」


この男とは、どこまで行っても理解はし合えない。その人命を全く考えない軽い口調に本気で頭に血が上り全力で魔法を展開する。その瞬間風が吹き荒れ、男の帽子が揺れ男が楽しそうに帽子を押さえながら片刃のリーチの短い刃を両手に構える。


「言い残す言葉はありますか?下郎」


「まだ、ねぇな!」


最後の慈悲に皮肉で返しながら男が両の手の刃を振るう。

驚くべきことに、予想以上の速度と身のこなしに頬に髪で切ったような傷が入る。

微かな痛みに顔をしかめる。しかし、それまでだ。速いと言っても風の神の祝福を持つユキノにとっては通常、もしくはそれ以下の速度。脅威には値しない。


振るわれる刃をいなすように的確に風の刃を操る。確かに、予想異常に強かったが、終わりだ。相手の操る刃は二本。しかも速度も威力もユキノの風の刃には及ばない。


そして、なにより相手の獲物は2本だがこちらの刃は、ほぼ無限に等しい。今、この瞬間ユキノが全力で風の刃を生成して放てばこの男を仕留めることは容易い。


「終わりです」


無情に男に死を宣告し、風の刃を都合20振り程生成し、男に放つ。男は最初の数振りは交わしたり刃を使い弾いたりしていたが、そんなに簡単に防げるほど風神の魔法は甘くはない。


数秒後には、明らかに致命傷であろう裂傷や大きな切り傷を負った男体が横たわっていた。


「これに懲りたら、来世ではもう少し善行を積むように願います」


そういいながら、憤りと少しの同情を持って横たわる男の前に立つ。

そうして、両の手を顔の前で組み目を瞑り男の来世を祈る。


「あなたに、神と精霊の寵愛が訪れんことを」


死者の冥福を祈る文句を紡いだ瞬間。ふと鼻腔に匂いが飛び込む。


ーーーこれは、煙の匂い?


程なくして違和感の正体に気づく。


ーーーそもそも、私はなんでこの事態に気づけたんだっけ?


そこまで、思考が回った瞬間。足元から声がする。


「まだ、祈られるにはちと、早かったみてぇだ」


「.......!」


魔法を展開する余裕もなく、私の体を爆煙が覆う。

しまった、この男が刃しか攻撃手段がないと、思い込んだ。

そもそも、乗り物が横転している時点でそんなはずがないのに...っ。


花畑から見えた黒煙と惨状で気づくべきだった。この男も魔法使いか。


しかし、気づいてももう遅い。すでに、体は爆炎の中。抗うすべなく私は吹き飛んでいく。


地面に容赦なく打ち付けられ、転がって転がってようやく衝撃が散って止まる。

でも、体は指一本、微塵も動いてくれない。失敗した、何が風神だ。力で悩む?おこがましかった。所詮は実戦を知らない子供でしかなかった。


脳裏にチラつくのは、兄の笑顔と涙。それを思い浮かべると恥ずかしさと悔しさで涙が浮かぶ。

こんな、中途半端な問題で私は兄を傷つけ、ふさぎ込んでいたのか。自分を見てくれない、などと悲劇を演じてみても、どちらにもなりきれなかった。ユキノにも、風神にもなりきれずここで倒れるのか。


「嫌だ...」


その言葉を口に出した瞬間、血が沸騰する。今まで感じたことのない感覚が体を襲ってくる。

先程まで少したりとも動いてくれなかった体が、立ち上がる。無性に力が湧いてくる。


フラフラと立ち上がり、感覚などすでにないはずの体に力を込める。


「おいおい、まじかよ…」


 私が立ち上がったことへの驚愕か、それともいまの私の姿への畏怖なのか、男の顔が先ほどまでのニヤケ面から余裕が消える。

 でも、そんなことを気にする頭など、もう私にはない。


ーーーなんだろう。まるで自分じゃない誰かが体を動かしているような感覚。


 でも、心地いい。今は何も考えなくて済む。与えられた温かみも、体を蝕む冷たさも、全部忘れて今はただこの溢れ出すような力に従っていればいい。 

 

 「ああ…なんだ、こんなに簡単だったの?」


 ただ、歩く。そうやって周りも何も見えなくなってーーー


 そしてーーー


*******************************************************


とても幻想的な風景の中に、明らかに風景に溶け込まない黒い影が一つ。その影が振り向いた瞬間まるで、いっそ暴力的な花の香りに毒されたみたいに、隣の少女が肩を震わせて小さく嗚咽したのが分かった。


「ユキノ?」


 気丈な少女が、いや、気丈だと思って見てきた少女に似合わぬ予想外の反応に驚きを覚えながら横に目線を送ると、先程までは怒りに震えていた細い肩が、今は驚愕と恐怖に震えているのが分かる。

 分かってしまうのだ。先刻まで俺もそうだったから。


「ユキノ!」


 震える肩を揺すり、もう一度名前を呼ぶと、ただ弱々しくこちらを振り向くが、その顔は青ざめ唇は細かく震えている。

 なんだ?何がここまで彼女をここまで怯えさせる?


 次の瞬間、やけに楽しそうな声が木霊しながら耳に飛び込んでくる。


「久しぶりだなあ、嬢ちゃん」


 その言葉と共に、影は頭をすっぽり覆っているローブのフードを脱ぎ、素顔が露わになる。中年の男だ、男としては長髪の部類に入るであろう、白髪混じりのダークブラウンの髪に、笑みを隠そうともしない口元の手入れされていない口ひげが印象的な男だ。


  一歩遅れて、その異常性に気づく。


 先程のまでの屍人形たちは、どんな傷を受けようと、今の状況に苦悶があろうとも声ひとつ上げず、いや上げられずただ狂おしさを感じさせるまでに攻撃を続けてきただけだった。

 どんな状況でもただ一度標的と定めた相手以外は意識に入れず、おぞましい誰かに植えつけられた執念を燃やしていた。


 それが、声を発する?


 それが、ローブのフードを自ら脱ぐ?

 

 嫌な声だ。獲物に飛びつこう舌舐めずりする蛇のようにねっとりと、精神の嫌なところに絡みつくように響く声。妙に勘に触る笑顔だ。獲物を見定めるような舐るような視線と厭らしく緩んだ口元。

 その嫌な感覚に顔をしかめ、嫌悪感半分、警戒半分といった風に変え十字架の前に佇む影を注視する。


 目の前に立つ男は、先ほど闘った操られているだけの死体人形ではない。

 その明らかな自我から、死体人形ではないと判断しそうになるが、おそらくはこの男もただ操られているだけの死者だ。

  

 その顔には薄れえ得ない死相が。

 その目には、ガラス玉のように感情のない空虚さが。


 自分が今生者であるから感じられる。男には生者と判断するにはあまりにも、何かが欠落している。


 自我は、あるのだろう。言葉も持つのだろう。笑みを浮かべる顔から見て感情も与えられているのだろう。ユキノに放った言葉から記憶もあるのだろう。先程の、操られるだけの人形とは根本から違うのだろう。

 それでも、確かに感じる。それらは偽物だと。ただの作り物なのだと。ただ悪辣な生を再現されただけの、亡者でしかないのだと。


「しかし、嬢ちゃん。まだ兄離れできてねえみたいだな。兄貴の方もあれでよく生きてたもんだ」


「兄……?」


 「兄」おそらくその言葉が止めになったのだろう。いよいよユキノの体の震えが頂点に達する。


ーーー悪夢が追いついた音が少女の耳には聞こえた気がしていた。

 

 


 


ユキノの過去の話は少しずつ挟んで行きます。多分あと二、三回かな?でも、しばらくはバトルパートになります。

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