1章ー15話 死と生の狭間で
どうも、サボりすぎの長川夜です。最近人生が楽しすぎてジャンル問わず、書きまくってたらこの作品の更新が死んでました。
分かりにくかったらごめんな!都合上かけないことが多いせいでキャラのセリフに「ん?」ってなるところあるかもしれないけど章が終わるときにはわかるようになるから!(多分)
最近、よく眠れない夜が続いている。原因ははっきりしている。王都でエスメラルダ様やアリバーズ氏の為に尽力した末、軽くない怪我を負ってこの屋敷に運ばれてきた黒髪の少年。
彼を見ていると、過去の殺してしまいたくなるような自分が夢に現れる。でも、それと同時にとても温かく大切な思い出も同時に夢の中に現れてどっちが夢の中に現れたとしても温かい雫が目元を濡らし深夜に目が覚めてしまう。
その涙がいつまでたっても消えない後悔からくる涙なのか、幻影に優しく髪をなぜられた懐かしさからくる涙なのかで睡眠時間が大幅に違ってくるのだが。
そんな夜を過ごして、少年が目覚めしばらくこの屋敷に滞在することが決まった時自分の心はどうだったのだろうか。
そんなことも分らぬまま屋敷の主の命のまま無知が過ぎる少年にこの国の情勢や常識を叩きこむ教育係になって、また過去がちらつく少年の多彩な表情を見て眠れない夜を過ごした。
目元に薄くできた隈に気づきもしないであろう何も知らない、何の罪もない少年の額を勉強の時間に何度か弾いて赤くさせたことがささやかで身勝手な仕返しであることなど少年は気づかないのだろうけど。
そして、少年が私の目元にできた隈に気づかないのと同様に、私も少年が隈ができるほど眠れていないことに気づけなかったのだ。
今も昔も私は何もわかっていなかったのだと、そう気づくのはもう少し先の話なのだが。
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今夜も夢を見るのだろうな。そんなことを思いながら純白のシーツに身を投げ眠りについたはずだった。
しかし、今夜の私の眠りを妨げたのは悪夢でもなく、涙でもなく鳴り響く警鐘。突如頭上から鳴り響いた警鐘は私を叩き起こすには十分な衝撃だった。
理解が追い付く前に本能的に身を包んでいた掛布団を払いのけベッドから飛び起きる。
「一体何が…」
この屋敷の一員になって相当長い自分でも一度も経験したことのない音に困惑しながらも思考を熱くしないように至って冷静に現状を考える。
確かに屋敷に許可なく第三者が侵入したとき警報音が鳴り響くように術式が編まれているのは知っている。
しかし、それはその人間が門を超えた時点で私を含めた使用人の部屋に設置された魔結晶が点灯し小さな警報音が鳴るだけだ。
それが今回は屋敷中に鳴り響く警鐘。これは、屋敷の中でも緊急度が高い場所に第三者が侵入した証。
「なんで、魔結晶が反応しなかったんですか!?」
主の不在、さらに未だ嘗てないほどの脅威が迫ってくる感覚にユキノは歯噛みし小さく叫ぶ。それに加えて今回警報が鳴り響いているのが自分の頭上。
「私の部屋よりさらに上階から…?」
敵がどこに侵入したのか。その結論に至った時、ユキノは走り出していた。
「よりにもよって聖堂にっ…」
屋敷の人間ですら一部の人間を除いて主に許可された時以外立ち入れない言わば屋敷内の秘匿領域。あの聖堂はアルカナにとって、そして私にとっても、とても大事な思い出が封じられた場所。
故に聖堂は平時はアルカナという人外の守護者と立ち入ったものを察知する術式によって堅く閉ざされ完璧に守られている。
しかし、それについては解せない部分がある。確かに、あの場所を大事に思う人間には特別で掛け替えのない場所だが賊がわざわざアルカナの不在を狙ってまでいの一番に浸入する理由はない。
だからこそ嫌な予感がするのだ。偶然と断ずるには出来すぎるアルカナとフランという戦力の不在を正確に狙った襲撃に他の部屋には目もくれず聖堂に侵入したという事実がひどく胸にざわつく思いを感じさせる。
その胸のざわつきに従って部屋から飛び出す。焦燥に駆られて勢いに任せて扉を開け放つ。
ーーーその瞬間。私の体を黒い影が覆った。その影は腕を大きく振り上げるような形をしていて。そして、右からは強い衝撃を感じて。
再び屋敷内に一つ、大きな衝撃音が轟いた。
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響く爆音と警報音の中を走って行く。焦燥感と恐怖と一筋の光明を抱えて音のする方向に向けて廊下を走り抜ける。
目指すのは恐らく同階の爆発の発生源である灰色髪の友人の部屋だ。長い廊下を走って友人の部屋に近づいて行くほど不規則な屋敷を揺らす衝撃音に近づいて行く。
「やっぱり、屋敷の人間が狙われてんのかっ…」
巻き起こる白い砂埃を剣を抜き放ちながら走り抜けると、木剣を片手に黒いローブを纏った人物と対峙している友人の姿が露わになる。
ローブの男は素手でグレイに襲いかかっている。体格は一見細身に見えるのにローブの影が拳や蹴撃を振るう度豪奢な床や壁が爆ぜて行く。その威力を見て木剣では受太刀出来ないと判断したのかグレイは持ち前の反応速度を駆使し男の攻撃を全て避けきって、敵にに隙を作りヒットアンドアウェイの要領で木剣を叩き込んでいるようだがローブの人影は意にも介さない。
このままでは埒があかないと思っているのか少しグレイが苛立ったような表情を見せながら男の攻撃を躱して行く。
「グレイ!」
そんな均衡が続く戦場に剣を片手に友人の名を呼びながら割り込む影が一つ。ローブの人影が振るった拳ををグレイに躱され腕が伸びきった隙を見逃さずに死角の砂煙から全力疾走で抜けた影は銀色に光る刃でローブに包まれた肩口を一閃。
赤く温かい液体がツヅミの体を濡らし、その生温かさと人の肉を割く不快な感触から思わずうめき声を上げそうになる。
しかしそんな少年の心中とは逆に、ローブの人影は致命傷には至らずとも明らかに人体の機能に損傷が出るであろう傷に声一つ上げず、自分の体に痛手を負わせた少年に一瞥もくれず、傷など気にしていないような動きでグレイに襲いかかって行く。
「な!?」
その想像もしていなかった自体に俺に何か言おうとしていた様子のグレイも表情を厳しいものに変え、木剣を再び構える。
しかし、そのきびしかった表情がすぐさま悲痛なものへと変わる。理由は数秒遅れて俺にも理解できた。
ーーーローブの影が肩口に深い裂傷を負ったはずの右腕を構わず振るっていたから。
肩口の傷から筋肉の収縮に耐えられずに大量の血液が溢れ出る。ローブの影はそれでも尚攻撃の手を緩めずただ狂ったようにグレイに拳を振るう。
「…っつ!」
その余りにも痛々しい光景にグレイが息を飲んだのがわかった。その一瞬の停滞、一瞬の躊躇いを感情の凍えたような無言の影は見逃さない。
深手を負っていることを感じさせない速度でグレイの胴体に右腕の拳を叩きつける。
衝撃音と共に、グレイの体が弾け飛び長い廊下を転がって行く。
「グレイ!」
弾け飛んだ友人に素早い追撃を加えようとグレイめがけて走り出す影を食い止めるため、もう一度銀閃を振るう。横薙ぎに振るわれた剣閃はわずかに剣先の重心が乱れ影のローブを切り裂くに留まったが追撃を食い止める牽制にはなったようだ。
影は足を止め、少し煩わしそうに俺の右手に握られた剣を見た。いや、正確には見た様に見えた、だ。
「……!?」
なぜなら、俺が切り裂いたローブの下から覗いた男の目は全く焦点が定まっておらず、ただ一点の虚空を見つめている。
体格からそうであろうとは思っていたが、おそらく男だろう。言い切れないのは、男ということを、いや、人であったことを感じられないほど生気を顔から感じられないから。
先程までの狂気に感じられる行動も、痛みを気にしていなかったのではない。もうその体に痛みを感じる部分がなくなってしまっているからだ。
痛みに声を漏らさなかったのではない。声を出す機能も痛みや体の損傷を嘆く心も体に残っていなかっただけなのだ。
ーーー感情が凍えている様に感じたのは、凍えているのではない。すでに、氷の破片も残さぬぐらい粉々に砕けて消え失せてしまっているからだ。
今俺の目の前に立っているのは、永い眠りを妨げられ生きた証を冒涜され辱められている人であったはずの偶像。その余りのおぞましさから、怖気が止まらず鳥肌が立つことが自分でもわかる。
その生と死の狭間に跋扈する目の前の存在に理解が追いつかない。
「……ぁ」
自分で、自分の膝が震えているのがわかる。剣を握る右手に力が入らないのが分かる。
ーーー怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
心が逃げろと叫んでいるのに、体は、足はビクともしない。焦点の合わない虚ろな目が、近づいてくる。それだけで、足が震えて竦んで動けない。
そんな俺を置き去りに凍えた目は一歩一歩着実に俺に近づいてくる。後ろから、友人が焦りを含んだ声で俺の名前を叫んでいるのが聞こえた気がする。
その声から友人の無事を安心する暇も、心の余裕もないまま何かを求める様な亡者の手が首に伸びて。
ーーー最後だった。それが、最後だった。
それを最後に、支えを無くした様に視界から男が緩やかに消えっていった。とても人が倒れた様に聞こえないほど軽い音が一つ聞こえて、呆然とする俺を置いて、男とは正反対の血生臭い生の匂いと共に、戦闘は静かに結末を迎えた。
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「これは…」
床に倒れ伏す痩身の人物のローブのフードをめくり、ユキノは驚愕と嫌悪感と共に一つの納得を得た。
「なるほど、通りで門を超えた時点で警報音がならないわけですね」
目の前に倒れ伏す痩せ細った体、いや、死体を見てユキノは屋敷の敷地内を覆う様に編まれているはずの術式の不発の理由を悟った。
「あれは、人間の生体反応を感知して識別する術式ですからね…その穴を正確に突いてくるとは、随分と術式に詳しい人物みたいですね」
体の纏わり付いた埃をはたき落としながら、忌々しげに呟く。周りに巻き上がっている砂煙は、目の前に倒れ伏している男との戦闘の証だ。
ユキノが部屋を飛び出した瞬間、振るわれた拳をユキノは紙一重のタイミングで男とは逆方向に飛びのくことで回避。すぐさま追撃を仕掛けてくる相手の攻撃を悠々と交わすともう一度後ろに飛び距離を取ると、二桁に及ぶ風の刃を放ち相手を無力化、しようとしたのだが、この男、全ての風の刃を受けても全く応えていないどころか気にする素振りも見せず向かってくるという薄ら狂気じみた行動を取ってきたので、ユキノは一切躊躇せず、相手に躱されることのない最速の刃を一つ生成し男の右足を切り飛ばし行動不能にして今に至るというわけである。
「これは...誰かに操られて標的の排除のみがインプットされた死体人形ですか...おぞましい。」
片足を失って尚這ってでもこちらに向かってくる姿には背筋を冷たくするものがあったが。それが突如動かなくなって、今に至るという訳だ。
この屋敷を襲った時点で情をかけるつもりなど微塵もなかったが、倒れ込んだ男を見ると少しは罪悪感が薄れる様な、罪悪感が深まって行く様な不可解な感覚に襲われる。
すでに痛みも苦しみも感じないのならば、先ほど足を切り飛ばしたことも気にしなくてもいいけれど、死して尚非道な扱いを受け肉体を損壊させられる男に情が湧かない訳でもない。
「嫌な感覚ですね、気持ちが悪い」
五感すべてに嫌な感覚が張り付く。男の視点の合わない淀んだ瞳が、もう決して手に入らない生を羨む様に伸ばされた手が、全てが気に触る。
死者を冒涜する考えが、そしてそれが今聖堂に侵入しているという事実が苛立ちを含んだ不快感となって神経を逆なでしてくる。
ーーー死者はもう戻らないのだと、そう理解し涙を流し前を向き始めた人間への冒涜に虫唾が走る。
安眠を妨げられ、人形へと変えられた男の虚ろな目を閉じてやり、少し死顔を整えてやる。そして、数秒目を瞑り冥福を祈る。すると廊下を疾走する足音が聞こえ廊下の奥に目を向ける。
「ユキノ!大丈夫?」
白く少し扇情的なネグリジェを少しも汚すことなく、左手に薔薇の装飾が施された愛剣を携え、確かな足取りで廊下を進んでくる主人に安堵する。
「先程、膨大な魔力を感じたので心配はしてませんでしたが。ご無事で何よりです」
自分が男と交戦を開始したあたりですでに同階で凄まじく鋭い魔力を感じたのでエスメラルダの安全は全く心配していなかったが、やはり確認するとホッとするものである。
「やっぱり、ユキノのも襲撃されたのね。私も心配はしてなかったけど…」
そう言って主人が視線を飛ばすのは血の海に沈みながらも死顔を整えられた男の姿。そしてもう一度視線を戻すと表情に少し憂慮を浮かべながら問いかけてくる。
「もう一度聞くわ。ユキノ…大丈夫?」
自分の顔を覗き込んでくる長年の付き合いの主の意図を察して、自分の浅慮を反省しながら主の問いに笑顔で返す。
「ええ、エスメラルダ様の意図を汲み取れず浅慮を反省するばかりです。ご心配には及びませんよ、確かに心地よい訳ではありませんが」
「もう!そういう堅いのはいらないっていつも言ってるのに!でも、とりあえずなんともないなら良かったわ。急いで、今後の対策を決めましょうあまり悠長にしている時間はないみたいだから」
「そうですね。とりあえず一つ上の階にいるはずのグレイさんとツヅミ君と合流しましょう…どうかしましたか?エスメラルダ様?」
主人が厳しかった表情を唐突に柔らかいものにすると私の頬をにこやかな表情でつまんでくる。場違いなゆるい行動に何事かと主人に行動の真意を問うと主人はとても嬉しそうに、
「随分とツヅミと仲良くなったのね。最近は表情もとっても柔らかくなったし、笑うことはまだ少ないけど、いつか絶対に満面の笑顔にしてみせるわ」
「別に仲良くなった訳ではありませんよ。ただ、そう呼べと言われたからそうしているまでです。さて、無駄話はここまでにしましょう。早くグレイさんと合流しないと。」
そう言うと、主人は無言で上階へ通じる階段へ向けて走り出す。その数歩分後ろを走りながら考える。
ーーー曲りなりにも笑えるようになったのは、あなたのおかげなのですから。
決して面と向かっては言えないけれど。
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鳴り止まない警報音に紛れて複数の靴音が徐々に近づいてくるのが聞こえる。呆然としていた意識が浮上して弱々しく剣を握りながらそちらを振り向く。
「大丈夫!?ツヅミ!?」
外傷は一切ないはずだがエスメラルダがひどく心配そうに肩を揺すってくる。返り血が俺の血に見えたのか、それとも、今の俺がひどく憔悴して見えたのか。
おそらく両方だろう。肩の感じる温かみにここまで安心感を覚える情けない自分がいるのだから。
「大丈夫だよ、エスメラルダ。ちょっと、気分が悪くなっただけだよ。それよりもグレイを看てやってくれ、敵の攻撃一発モロに食らったみたいだから」
「それなら、ユキノがもう見てくれてるしグレイも大丈夫みたいよ?起き上がれてるし、普通に会話もできてるみたい」
「ホントだ、良かった」
グレイの方に視線を飛ばしてみると、ユキノの前で照れ臭そうに「しくじった」と頭を掻いているのでひとまず大丈夫そうだ。
木剣の破片が散らばっているところを見るとどうやら木剣でのガードが間に合っていたようで、それが威力を殺してくれたのだろう。
本当にグレイの反応速度には舌を巻くばかりだ。
「ツヅミ、あの二人も含めてこの事態の解決法を話し合いましょう。もう、気持ち悪さは抜けた?」
「ああ、大丈夫だ。ものすごいトラウマにはなったが」
「なら、良かった。今ユキノが探知魔法で、屋敷の中に他に敵がいないか確認してるわ。確定しているのは、一人、このもう一つ上階の聖堂に敵が侵入してる。そこの敵の排除が最優先事項になるわ。」
「聖堂…」
そういえば、アルカナの許可なしには入ることができない場所があると聞いていたが、詳細はあまり聞かせてはもらえなかったはずだ。
それどころか、聖堂の話をした時、ほんの僅かではあるが何か隠し事をする気配がした。そんな場所に敵が侵入したのだ、改めてこの事態の深刻さがわかる。
「どうだった?ユキノ。敵は他には居ない?」
「いえ、どうやら西棟と東棟にもう一人ずついるみたいですね。場所は図書室に一人と、修練場に一人、そしてやはり聖堂に一人ですね…他にもこの人形達を操ってるはずの術者がいるはずですが、邸内には存在を探知できません。おそらく、どこかで高みの見物を決め込んでいるのでしょう。なので、ここを叩くのは二の次にしましょう」
「そうね、それならこうしましょう。私がグレイに回復魔法をかけた後、その二人をなんとかするわ。だから、ユキノとツヅミで聖堂の一人を早急に排除、これでどうかしら...正直ユキノとツヅミにはかなりの負担がかかっちゃうから、グレイを回復して全員でひとつずつ潰していくって手もあるけど...」
「いいえ、前者の案で行きましょう。今は、時間が惜しい。それに、私の負担を心配するより...エスメラルダ様、敵があのレベルなら問題はないと思いますが、もしもの時はご自身を一番大事にしてくださいね」
「分かってるわ、ユキノ...本当にあなたに、聖堂に行かせる役目なんて負わせちゃっていいの?」
「大丈夫ですよ、今は聖堂を踏み荒らされる怒りの方が勝っていますので」
簡潔かつ迅速、そして俺に有無を言わせない感じの話し合いから、本当に悠長にしている暇はないという意思をひしひしと感じ取る。だが、一つ気になることを声に出してみる。
「俺が聖堂に入っていいのか?」
「緊急事態ですので。それに、もしものための保険にあなたの力も必要です」
保険…か。
「行きますよ、ツヅミ君。さっさとこのやかましい警報音の元凶を叩き潰しに行きます」
「…了解」
雪乃の先導に従い、聖堂につながる階段駆け上がり、さらに上へとつながる螺旋階段を走りながら首をさする。
あの瞬間、男が何かを欲するように俺の首に手をかけた瞬間、頭が真っ白になった。
俺のこの夜を超えるという覚悟も何もかも消しとばして、ただ俺の心に残ったのは純粋な恐怖だけだった。
平然と俺に微笑みかけた恩人の少女もきっとあの亡者と戦って、打ち倒してここにいるのだ。それなのに、事前に覚悟を固めていたはずの俺は恐怖に震えて立ち尽くし、片や彼女は俺を気遣う余裕までも見せる。
情けない。守る、などとおこがましい。みんなの思い出から磨り減ることが怖い?俺はエスメラルダ達と合流するまでの数十秒間、何を考えていた?
ーーーモウ、ニゲタイ。
この場所が大切だ、ここに居たい。そう、思って居たはずなのに。恐怖を言い訳に、再び染み付いた逃げグセが顔を出す。
所詮お前の根っこの部分は変わらないと、お前なんて必要ないと、そう囁かれているようだった。
そんな後ろ暗い気持ちを抱えたまま、螺旋階段を駆け上がる。
「着きましたよ、気を入れ直してくださいね」
そんな俺の表情を読み取ったのか、単なる激励なのかユキノがそんな言葉をかけてきて。
長い長い螺旋階段を、上り詰めた先にあったのは俺のイメージとはかけ離れた場所だった。聖堂と言うからには、西洋の教会を思い描いていたのだが、目の前に広がるのは床一面に敷き詰められた色鮮やかな花々とその花たちの中にひっそりと佇む、三本の十字架。
ーーーそして。
「あれですか、風体的にまたあの気味の悪い死体人形ですか…この場所に対する冒涜です」
その三本の十字架の前に佇む黒いローブに身を包んだ存在にユキノが怒気を露わにする。今にも、風の魔法を発動し飛びかかる勢いのユキノを知ってか知らずか、黒ローブの影がゆったりと振り向いた。
その瞬間。
「……ぇ?」
真横から感じていた凄まじい威圧が消えて、嗚咽にも似た微かな呻きが横から聞こえて。
ーーー黒髪の少女の過去が、少女に、襲いかかる。
ツヅミ君は引きこもったせいで自分に少しでもダメなところがあるととことん自分を卑下してしまいます。多分明日短いのが出ます。GWなので、流石に。更新するする詐欺がひどいですね、一章あと10話ぐらい六月中に終わるんだろうか、というか10話に抑えられるだろうか…




