1章ー13話 期待の意味
ちょっといい話を書きたかっただけです。
再び目に光が飛び込み、少し目を細めながらも目を開ける。すると目の前に飛び込んできた光景はテーブルに肘を置いて悠然とこちらを見据えるアルカナと、同じく興味深そうにこちらを見ているフランの姿。
紛うことなき、数舜前の光景の焼き直し。いい加減非現実に慣れてきた脳が判断、理解する。
ーーーこれは、超小規模の巻き戻し?
この世界に来てから二度時を遡った俺だが、遡った時間自体の長さはまちまちだった。最初の王都では数時間。そして、この屋敷に来てからは三日と整合性は確かになかった。
しかし、今回に至っては明らかにイレギュラーだと確信できる。今回遡った時間はアルカナとの問答の間。つまり、数分にも満たない極々短い時間。
それがつまりどういうことか考えて、思考を巡らせて、思い付き、辿り着く。
ーーーやってくれる。
今回巻き戻しが起きた原因は恐らく、俺がアルカナたちに巻き戻しのことを伝えようとしたこと。そして、伝えさせまいと俺が口を開く前。つまりは修正可能な場面まで戻されたのだ。
要するに、俺に人に助けを求めるのは許さないと言っているのだ。つくづく人の心を抉って来る異能だ。
つまり、俺に残された選択肢は、たった一人孤独にこの世界で戦い続けるしかないのだ。それを脳が理解した瞬間、胸に穴が開いたかの空虚感が全身を迸り、それがやがて怖気に代わり全身を支配していく。
この世界でたった一人で、この呪いにも近しい力と向き合って生きていく。それがどこまで厳しく辛く、茨の道であるのか今の自分には想像もつかないけれど。
果たして俺は、そんな途方もない孤独の中で自分を曲げず、折れずに進めるのだろうか。
そんな考えが頭を支配し、負のループに入っていく。経験上これはいけないと大きく首を振り脳を少しでの好転する方へ、ポジティブな方向にもって行く。
それは、今回の巻き戻しで分かったことがあるということ。この巻き戻しは、死をトリガーとしたものではないということ。
さすがにさっきの状況で命を奪われる可能性はゼロだし、突発性の病気などというのなら前回何ともなかったわけなので、これはもうほぼ確定と言って良いだろう。
俺の予想は当たっていたわけだが、それはそれでまた別の疑問が生じる。
それは、なら何が引き金になっているのかということ。正直それについては見当もつかないので完全にお手上げなのだが原因を理解しない限り、前に進めないという思いもある。
あともう一つ、先程巻き戻される瞬間に感じたものがある。それは。
「眠気?」
先ほど俺の意識を刈り取ったものの正体。それは、異常なまでの睡魔だった。普段深夜や食後に感じるられる心地よい眠気とは違い、ただただ暴力的な意識を刈り取る感じたこともない睡魔。
アルカナ達に巻き戻しのことを伝えようとした瞬間、突然意識が朦朧とし急激に遠ざかって行った。しかし、あの時感じた感覚は間違いなく睡魔に襲われる感覚だった。
ようやく、絶望と悪魔からの嘲笑の代償にほんの僅かでも掴んだ情報だ。何かこの奇妙な巻き戻しを理解して御しきる事は出来ないものかと本気で頭を悩ませる。
しかし、少し訝しむようで尚且つ愉快そうな声色が耳に届いて思考が一瞬で塗り替わる。
「ツヅミ君?」
ハッとして前を見ると首を傾げながらもどこかニヤついた表情でこちらをのぞき込むアルカナの姿が視界に映り込み思わず体をのけ反らせる。
しまった。思考が巻き戻しの方に割かれすぎて今の自分の状況を完全に忘れていた。
「要件を聞いても黙りこくったままだから息してないのかと思ってびっくりしたものだよ」
「すまない。ちょっと急な考え事が頭の中で燃え上がっただけだ」
アルカナはそれを聞いてもう一度愉快そうに笑みを浮かべると言ってくる。
「別に私とフランは良いんだが、ユキノを待たせると今日のお勉強がちょこっと厳しくなるよ?」
「それはまずいな、早くしないと骨が折れそうだ。比喩的な意味でも物理的な面でも」
「そうだね。そうならないためにもそろそろ本題を聞くとしようか。どうしたんだい?」
「ーーー」
どうしたんだいと言われても一度答えを聞いている上に巻き戻しのことを相談しようものなら再び巻き戻されることだろうし聞きたいことはすでにない。
だが、あれほど神妙な顔をして他の三人を退出させてまでこの場を作り出したのだ。さすがにやっぱり何にもありませんでしたは通らないだろうしあまりにも不自然すぎる。
何かいい案はねえか?うまい具合にこう、真剣味があって尚且つ他に知りたいこと...
「ん」
考えを巡らせること数舜。一つだけ温めていた疑問が頭に浮かぶがさすがにちょっと苦しいだろうか。しかし、これ以外に思い浮かばないしこれ以上時間をかけるとそれこそ不自然だと思い、その疑問を口にする。
「なんでアルカナはエスメラルダを呼ぶとき敬称をつけて呼ぶんだ?」
我ながら明らかに苦しい質問だと理解しながらも口から出したその言葉に対するアルカナの反応は予想外のものだった。
愉快そうだった口元からは笑みが消え、顔を真剣なものに戻すとこちらを鋭い眼光で射抜きながら質問を返してくる。
「どうしてそんなことが気になるんだい?」
「いや、昨日の朝聞いたときは上手い具合に誤魔化された感じだったからちょっと気になったんだよ。誤魔化すぐらいだから、ちょっと気遣って人払いして昨日その話題が出た瞬間ちょっとだけだけど変な顔してアルカナの顔を見てたフランを同席させてもらった訳なんだが」
自分で驚くがよくここまで方便が次々と出てくるものだ。しかし、百パーセント嘘ではないのも事実だ。あの時アルカナは一瞬表情に揺らぎがあったしフランが妙な反応を見せていたのが気になっていたのも事実だ。
その観察のおかげで上手い具合に巻き戻し以外の所から話をずらすことができた。しかし、この反応を見る限りやはり少し訳アリのようだ。まだ完全に信用されているわけでもないだろうしうまい具合に話を切ろう。
「あ、えっと。別に話したくないんならいいぜ?ちょっとひっかってただけだから...」
「本当に君には驚かされる。ツヅミ君」
上手い具合に話を終わらせようとしたのだが、その提案は再び愉快そうな顔に戻ったアルカナの言葉に遮られる。
「その鋭利な観察眼、それに回転の速い頭。それなりに高く評価していたつもりだったが私はまだ君を侮っていたようだね」
「買いかぶりすぎだぜ。こっちはただの青二才よ?」
「いや、認めよう、君は優秀だよ。それを見越しての話だ、今までの話から君なら察してるだろう?私達が何かをひた隠しにしていることもまだ君に話していないことがあることも」
その通りだ。明らかに何かを隠しているような素振りは何となく察してはいるが、自分がまだ信用に足りていないということなのだろうと思って言及はしなかったが、まさか向こうから言ってくるとは思ってもみなかった。
「そこで一つ提案だ、ツヅミ君。それを君に話してもいいと私は思っている。でもそれには色々と面倒な事象も関わって来る。そこで君を買ってのこの提案だ」
「ーーー」
「昨日、私は君に生きる上での当面の目標が決まるまで屋敷に居てくれていいと言ったね?それを変えさせて欲しい」
「どういうことだ?秘密を知ったら出ていけってことか?それは矛盾してるし俺としても断りたいところだぞ」
「いや、むしろ逆だ。秘密を聞いたならこの屋敷に骨をうずめて欲しい」
「!!」
「要するに私たちに力を貸してほしいというわけだ。君がどう思っているかは分からないけど私は君を高く買っている。グレイと張る将来性の見込める高い剣の実力。それに教養もちゃんと身に着けていて頭の回転も速い。素晴らしい人材だ。」
「やっぱり買いかぶりすぎだ」
「自己評価を低く見積もってもいいことはないよ、ツヅミ君」
「言ってしまうと、この先私達にはなるべく大きな戦力がいる。それは戦闘力だけに限らずあらゆる面でだ。そんな中現れた君は私達からすれば思いがけない拾い物なんだ」
「...」
「当然すぐ答えをすぐ出せと言うつもりはないよ。よく考えてくれ、その上でいい返事を期待してるよ。だからさっきの質問についてはちょっとお預けかな」
「まあ、今ここで考えていても仕方ない。思ったより長くなってしまったからね、そろそろユキノが痺れを切らすころだ、まずはこの世界の常識を身に着けることが先決だよ。しっかりしごかれてくると良い」
言われたことがあまり現実味を帯びずに頭の中を反芻する状態でユキノを待たせていることを思い出し促されるまま食堂をふらふらと出て図書館へと向かう。
期待されてる?俺が?
少し足取りをふらつかせながら夢心地で廊下を進んで行く。期待、一体その感情を向けられたのはいつぶりだろうか。
引きこもって、諦めて、諦められて。そんな生活を送っていた頃には頭に浮かぶことすらなかった単語だった。
でも、同時に今、高宮鼓の頭を支配している感情は期待を向けられていることに対しての愉悦などではなかった。
ーーー失望されたらどうしよう。
期待というのは重りだ。羨望を集めるというのは同時に重い重圧を背負うことと隣り合わせだ。その重りは重く、重く圧し掛かって裏切ってはならないと自分を脅迫し続けるのだ。
自己評価の低さから生じる思考の負のループ。引きこもった自分に、一度逃げた自分にそれを背負えるのかという不安が圧し掛かる。
それに加えて、期待を成し遂げて、積み上げたものをもう一度巻き戻されて失った時自分はそれに耐えきれるのかという恐怖。
巻き戻しに慣れた。頭ではそう思っていても恐怖を体が覚えている。それに気づかずに知らず知らずのうちに思考がどんどん消極的な方向に傾いていることに、自分を顧みていない高宮鼓は気づけない、気づかない。
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「全く、君はよく口が回るね。さすがは悪徳貴族だよ」
フラフラと少年が出ていった後の食堂で少年と机に肘をつく屋敷の主の話を傍観していた桃色の少女が少しからかうように毒づく。
「悪徳貴族とは心外だね。これでも善良な領主として名高いんだよ?私は」
「領民は全員その口車に乗せられてる訳か、罪深いね」
「人の話を聞いてたかな?」
付き合いの長い二人が他愛ないやり取りを交わすが少し少女が真剣な顔を作る。
「ツヅミ、なんか少し様子が変じゃなかったかい?急に呆けた顔をしたり真剣に考えこんでみたり。百面相が特技だったりするのかな」
「発想が突飛すぎるだろう、それはそれとして確かに様子はちょっと変だったね。ツヅミ君も何か隠してるのかもね」
「まあ、人には秘密の一つくらいあるものだからね。それよりも君も意地が悪いね、いくらこの屋敷に留まると決めてもあれを話したら気が変わる可能性があるのにそれを許さないってことだろう?」
「いや、多分その可能性はないと踏んでのさっきの交渉だから大丈夫だよ」
「どういうことだい?」
「まあ、しばらく見守ってなよ。直にわかる」
少年が出ていった後の食卓でそんな緊張感のない密談が交わされていたことも付け加えておく。
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「遅かったですね。後数刻遅れていたら今日のお勉強の範囲を倍にするところでしたよ」
「お前本当に容赦ないな!?」
葛藤を抱えて図書館の扉を開けた瞬間扉から少し離れたテーブルに既に数冊の本を用意した状態で淡々とユキノが告げてくる言葉に軽く絶叫する。
「さあ、始めますよ。横に座ってください」
促されるままユキノの隣に腰掛け開かれている本を覗き込みユキノが読み上げる一度聞いたことのある世界の常識や歴史を、頭の中でアルカナとの会話を思い出しながらぼんやりと聞いていく。
すると、ぼんやりと一点を見つめ、他のことを考えていたのがばれたのか回避する暇もなく鋭いデコピンが飛んでくる。
「痛っつ!」
思わずでこを抑え小さな悲鳴を上げて抗議の目でユキノの方を見ると相変わらず淡々とした表情でこちらを見ているユキノが映る。
「ちゃんと聞いてますか?」
「...すまん。ちょっとボーっとしてた」
「でしょうね。完全に意識が別の所を漂っていましたから」
「全く、アルカナ様と何を話したのかは知りませんが、シャンとしてもらわないと困ります。」
「すまない」
「そう思っているのなら行動で示して下さい」
そう冷たく言い放つ教育係に恐縮しているとユキノが呆れたように呟く。
「本当にしっかりしてください。なぜ表情が暗いのかはこの際聞きませんが、この屋敷の者は私も含めて大小はあれど少なからずあなたに期待を寄せているのですから」
その言葉を聞いてまた俺の心は重りを吊るされる。期待というものがこんなに重いとは思ってもいなかった。
「...わかってるよ」
自分でもその言葉が弱々しいのが分かる。それを聞いてユキノは怪訝そうにこちらを見た後口を開いた。
「あなたが今暗い顔をしている理由は何となくわかりました。でも恐らくあなたは何か勘違いを一つしているようですね」
「?」
「確かに他人に期待されるというのは、誇りに思う気持ちと同等かそれ以上の重圧を伴います。しかし、期待している。というのは必ずしも何かを成せと言われているわけではないと私は思います」
「期待しているというのは”あなたを見ている”という意味だと私は思います。もちろんそれはあなたが何かを成すのを心待ちにして見ているという意味も大きいでしょう。」
「でも、それだけでなく”何を成そうとしたか”というのも見ているという意味だとも思います。結果だけでなく過程も、きちんとあなたに期待している人は見ています」
「だから、そんな暗い顔をしている時点であなたに期待している人に失礼に当たります。何かを成そうとすらしていないのですから」
真摯に俺の目を見据え、俺の心の突っかかりを完璧に見抜いて言葉をかけてくれた教育係に思わず涙が出そうになるが、すんでのところで何とか耐える。
それを見抜いたのかユキノが意地の悪い顔で一言言葉をつけ足してくる。
「素晴らしい教育係に何か言うことはありませんか?お客様」
「アリガトウゴザイマス、センセイ」
全く、最後の一言さえなければ完璧だったのに。そう思いながら意地の悪い表情を称えるユキノへに意趣返しで片言で礼を述べる。
でもそれでよかった。最後の言葉がなければ間違いなく俺の頬には雫が伝っていただろうから。この世界に来てから、学ばされることばかりだ。
しかし、ツヅミの表情は晴れていた。それを見て満足したのかユキノが再び本に目を戻す。
「さて、お客様。随分時間を浪費しました。先程行動で示せと言った通りきちんとついてきてくださいね」
そう言うユキノの話を性懲りもなく遮って会話の中で感じる違和感を伝える。
「なあ、そろそろそのお客様って呼び方辞めてくれない?ものすごい他人行儀な感じがして壁を感じるからさ」
「...では何と呼べば?」
「いや、普通に名前で呼んでくれよ」
「わかりました、ツヅミさん」
「いや、まだ他人行儀じゃね?もう一声!」
そういったそばから脳裏に付き合いの長いはずのグレイのことをグレイさんと呼んでいたのを思い出し、さすがに無理かと思っているとユキノが再び静かに本に目を戻す。
(やっぱ無理か...)
そうやっていまいちの距離の縮まらなさに肩をすくめていると
「なに妙な顔をしているんですか、早くお勉強に戻りますよ。”ツヅミ君”」
一瞬耳を疑いユキノの方を見ると長い前髪で表情は覗えなかったけれど、頬は少し赤くなっていたような気がしたのが俺の思い上がりではないといいなと思いながら本に目を戻し、ユキノの話に耳を傾けるのだった。
こうやって、二回目のアルカナ邸での二日目はなんだかんだゆっくりと過ぎていくのだった。
何の話書いてるかわからんくなってきた。次からちゃんと進めます。もしかしたらこの話消すかも。