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スリーピングナイト  作者: 深崎藍一
1章 出会いと呪いの交錯
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1章ー11話 決意と安らぎと二度目の”終わり”

今回は繋の回と言いたい所なのですが意外と重要な話な気がします。ツヅミくんが大切な決意をしたらしいので聞いてあげてください。

 食堂を出た俺、エスメラルダ、グレイの三人は腹ごなしと言わんばかりに緑に囲まれた広大な庭園を歩いていた。

 今朝グレイと会うまでに見渡した時にも思ったことだが、広すぎて自分が今どの辺を歩いているのか背後の屋敷の影を確認しないと判別できないほどである。


「もはや草原って言った方がいいんじゃないのか、これ」


 そんな言葉が思わず漏れてしまうほどこの庭園は広大であり一面に緑が広がっているのだ、小高い丘、あちこちに彩とりどりに咲き誇る花たちに、ユニークに手入れされた植え木や視界の端に移る大掛かりな噴水など、一種の植物園といっても過言ではない、少なく見積もっても一個人の屋敷の庭というのは信じられない規模である。


「それに、本邸以外に敷地内にいくつ建物建てれば気が済むんだ?すでに軽く片手の指は超えてきたぞ...」


 視界に広がる緑の奥に、これまた普通の家屋の五倍はあろう建物が乱立している。今歩いてきた中で紹介されたのは、住み込みの使用人のための使用人宿舎棟、そしてこれまたすごいが食事のための作物を育てている室内農園棟、なぜか時計塔と中々基調の揃わないラインナップが揃っている。

 くねくねと色んな所を見て回っているせいだとは思うが、既に一時間程歩いているはずなのに庭の終わりが一向に見えない。今朝は途中でグレイに遭遇できたため迷わずに済んだもののもし出会わなければまず間違いなく彷徨うことになっていた。

 今後絶対にうかつに一人で庭をうろつかないように密かに心に誓う。


 そうやっていい日和の中、存分にもはや庭と呼べるのかどうかも分からないものを散策し、屋敷に帰るころには、すでに空には夕日が顔を出していた、夕日が妖しく屋敷を照らしていた。


「うおおおおぉ...これは...」


 時は庭園散策から数時間後、すっかり日も沈んだ夕食後の夜、俺は何に対して歓喜の声を漏らしているのかと言うと


「広っ!広っ!湯気も相まって全然奥行き見えねえ、すげえ、すっげえええ...」


 そう、日本人のライフライン風呂である。


「ツヅミは、リアクションが良いから紹介してて楽しいよ。それにしてもお風呂は反応も格別だね、好きだったりするの?」


「当たり前だろ!俺日本人だぞ!そして目の前には、大、大、大浴場だぞ!?これでテンションの上がらないやつがいるか?いや、いない!」


  先ほどから、グレイが若干引くぐらいにテンションが上がり語彙力が死んでいるのだが、それも無理はない、だって風呂だもん。

 

「ぷはああぁぁあ!あったけえなあ...」 


 颯爽と体を洗い終えた俺とグレイは、ゆっくりと湯船に腰を下ろす、その瞬間体全体を柔らかい温かさが包む。

 至福を感じ声が漏れる、思えばこの世界に来てからとる初めての休養な気がする。この世界に来てからというものあてもなく彷徨い、よくわからないままチンピラに絡まれ、そして恐らく一度命を失って。

 そうやって結局大けがを負ってここに運び込まれて、幸運にも暫定とはいえ居場所をもらってこうやってゆっくりと湯船に浸かっていられる。


 波乱も波乱の数日間だがこうやって出来た友人と肩を並べてお湯に浸かれるのは、部屋に籠もりきりだった日本ではありえなかったことだ。

 そう思うと異世界ライフも悪くないと思えてくるような気がした。


 正直、俺は元の世界に戻りたいという思いは既にほとんどない。残してきた人達には非常に申し訳ないとも思うし、家族には育ててもらった恩を返すどころか、不孝しかしてこなかったという負い目も心にはある。

 でも、俺はこの世界に来たことは、一種のチャンスだと考えることにしている。どうせ元の世界にいても、部屋に籠もり怠惰を貪り家族にも心配しかかけなかったのだ、もちろん、向こうで俺の存在が今どういう扱いなのかは分からないし、寝ている間に居なくなった等というのは大騒ぎだろうし心配をかけることには変わりないが、これはきっと何かを変えるチャンスだ。


 事実、この世界では怠惰であることは許されないし、怠惰なら相応の報いを受けるようにできている風に感じる。きっと、こんな俺でも何かをなす機会だ。 

 これから一人でも生きていけるように、同級生の皆よりは少し早い、独り立ちの決断が来ただけなのだ。


「元の世界に帰る方法もねぇし...」


 とどのつまりあれこれ考えたところで無駄だ、帰りたいと喚いたところで元の世界に帰る手段は見当もつかない。それならば、与えられたチャンスを確実につかんでこの世界で何かを成すべきだ。

 

 冷たい意見だし人間味がないと思うかもしれない。でも一度絶望して扉を閉めた世界に元々あまり未練はなかった。

 あるとすればただ底の見えない後悔だけ。それがこの世界で何かを成すことで消えるのかは分からない。でも、また逃げ続けるのは嫌だ、だからもう振り返らず何とかやって行こうと、さっき庭を歩きながら決めた。


 その誓いは、この世界で生きていくための俺流の覚悟だ。きっとこの世界で生半可な覚悟で進めばきっと弱い俺はまた折れてしまう、だから変わるために刻み込んだ覚悟だ。それを頼りに、時に人を頼って進んで行こう。


 俺が、そんな人生の一大モノローグを再生している内に、グレイは少しのぼせてきたのか手で顔の辺りを扇いでいる。十分安らぎを得られたことだし、そろそろ出ようと言い出そうとした時、グレイが口を開く。


「ねえ、ツヅミ。君は騎士を目指すつもりはないのかい?」


 唐突なその問いに、湯船から上がろうとしていた体を止め、グレイの顔を見つめもう一度お湯の中に沈む。

 それを合図にグレイは一拍間をおいて、質問の意図を語り始める。


「いや、こんなこと言うのは特に大した理由があるわけじゃあないんだ、ただ気になるんだよ。一体君が何のために剣をあそこまで鍛錬してきたのか」


「経験則だけど、ただ無目的に剣を振っただけであそこまで強くなれるはずがない、というよりもそこまで辿り着くまで振れない」


「...」


「確かに一部の天才たちは別だよ、今代の剣帝グラン・アストロみたいな圧倒的な剣才があればどうってことないのかもしれない。でも、朝見たツヅミの剣には隠せない長年の努力を感じた、家が指南の家だっていうのは聞いた。それでもやっぱり、無目的に振っただけであそこまで強くなれるとは僕は思わない」


「ただ、純粋に剣に親しんで剣を振ってきたっていうならわかる。どっちかって言うとツヅミはそっち寄りかとも思ってるし、僕が今言った無目的な剣は、例えば貴族なら家の格のためや名前のために親に無理やり振らされているような剣、それ以外の人でもただ名誉を得るための私欲で剣を振る。そんな人のことだから」


「でも、朝も言った通り僕も昔そうだったからこそわかるんだ、そういう人は騎士にはふさわしくない。だって、家のためや私欲のために剣を振る人が人を本当の意味で助けられるわけがないと思うから」


「でも、ツヅミはあれだけの剣を持ってるのにそういう不純物を感じない。でも、やることも目的地も無いって言う、君はしたいことが見つかるまでこの屋敷にいるんだろ?僕はぜひずっとこの屋敷に留まってほしいと思っている」


「そして、僕と一緒に騎士を目指さないか?もちろん、強制するつもりはないよ。君が真にやりたいことが別にあるならそれでいい。でも、一つの選択肢として心にとどめておいて欲しい。幸い今、この屋敷にはエスメラルダ様のための騎士が必要だ。それに...」


「ん?」


 そう、何か言いかけたのを最後に突如水音が鳴り響く。水面を見つめてグレイの話を聞いていた俺は驚いてグレイの方を見る。すると、グレイは普段白い顔を真っ赤にしてお湯に沈んでいた。


「なんだい?今の水音。騒ぐのは良いけど程々にね...」


 そうやって、狙ったかのようなタイミングで湯浴みに来たアルカナと二人で気を失ったグレイを脱衣所の椅子に寝かせるために運び込み、俺の安らぎの時間は終わって行ったのだった。


***********************************


「...起きたかい?」


「アルカナ?」


 目を覚ますと目の前には呆れたような顔の屋敷の主人の顔。そう言えば、僕は風呂で倒れたんだった、でもそれはたぶん熱さのせいじゃなくて...


「駄目じゃないか、いくら敵の可能性はほとんどないと言ってもまだ一応部外者なんだから喋っちゃいけないことまで喋ったら」


「やっぱり、アルカナの魔法だったか。ごめん、ちょっと熱くなってたみたいだ」


「だろうね、でも、君が熱くなるなんて珍しいね。あの子をよっぽど気に入ったのかな?」


「そうだね、ちょっと接しただけで心根の良さがわかる。良い友達に慣れそうだしね」


「ところで、ツヅミは?」


 こんな話をしているのだから当然だが、見渡しても周りに件の少年は居ない。所在を訪ねると、屋敷の主は、少しおかしそうに笑いながら風呂へと続く扉を指さす。


「君を運んだ時に湯冷めしちゃったからもう一回入って来るって、風呂に戻ったよ。よっぽどお風呂が好きみたいだね」


「そうみたいだね、浴場を見せた時にもすごい嬉しそうだったしね」


「あれ?庭を歩いてきたときに、外の”大浴場”見せなかったの?」


「ああ、外を見せたときはざっとした紹介しかしなかったから」


「でもこの様子じゃ、紹介しなくて正解だったかもね」


 そうやって苦笑しながら、言ってくるアルカナに、「違いない」と首肯している内に扉の開く音がしてツヅミが駆け寄って来る。心配を口にされて少し戸惑ってアルカナが少しバツの悪そうな顔で苦笑しながら僕の安らぎの時間は終わって行った。


 ちなみに、屋敷の庭には屋敷の浴場の軽く三倍はある露天風呂と室内プールが存在し、それを知ったツヅミが毎晩そこに通い詰めることになるのだが、それはまた後の話である。


***********************************


「本当に大丈夫なのか?屋敷の紹介は明日に回してくれても良いんだぞ?」


「いや、別に大丈夫だよ。よくあることだし」


「よくあるのか!?それはそれで全然大丈夫じゃないと思うぞ」


 グレイが風呂で倒れてからまだ数十分。俺たちはまだ紹介されていない東棟に向かう廊下を歩いている。

 俺は、明日でもいいと言っているのだが風呂上がりの湯冷ましにちょうどいいとグレイに連れられる形で渋々向かっているというわけだ。


 すると、西棟と同じように渡り廊下へ通じる扉が見えてくる。渡り廊下を渡り終え、グレイが東棟へ通じる扉を開け放つ。

 促されて中に入ると、そこには予想外のものが。


「どうだい、ツヅミ。テンション上がるだろ?」


 そこに広がっていたのは、広大な修練場。明らかに実戦向きなトレーニングが詰めそうな場所だ。

 ただ、一つ気になるのは剣を振るための稽古場のようなイメージの木剣や真剣が飾られた場所と区切られた場所がある。


「奥のはなんだ?」


「ああ、あれは魔法の修練場所だよ」


 奥にあるのは、剣の修練場とは透明な壁で区切られた空間。魔法の修練場と言われて納得がいったが明らかに壁が頑丈そうである。


「さて、せっかく場があるし一戦しようか...と言いたい所なんだがもうお風呂入っちゃったしね。今日の所は汗で冷えて風邪ひいても困るからやめとこうか」


「しかも、グレイは病み上がりだしな。それが賢明だと思うぞ」


 そう言うと、奥にある螺旋階段を上り上層のトレーニングルームだのを見て回って俺の怒涛の一日は終わって行った。と思いきや、グレイと別れて眠りにつこうとしたのだが、部屋の場所を完全に忘却し屋敷を彷徨っているところをエスメラルダに発見される一幕があったことを記しておく。


 ーーーそれから、二日間は何事もなく、同じような一日を過ごした。朝は、グレイに叩き起こされ剣を振り、朝食を済ませユキノに勉強を教わった後少し羽を伸ばすと午後から今度はフランからこの世界の知識を習っていく。そうして、勉強が終わればまたグレイと少し修練場で剣を振り、それをエスメラルダが楽しそうに見ている。そうして風呂に入り眠りにつく、引きこもっていた時と違い健康的そのものである。


 それが、少し狂ったのが三日目。いつものようにフランを訪ねると、出かけるという理由で断られた、少し話を聞くとアルカナの領地で質の悪い墓荒らしが相次ぐらしくアルカナとともに調査に出向くらしい。


「今日は、グレイにでも見てもらってくれ。なに、ボクとアルカナが調査すればすぐに終わる案件だよ」


 そう力強い言葉を残すフランと、アルカナが屋敷を出るのを見送っただけだが。そうやって、いつもと同じように、日課となった事柄を終え、部屋で大きすぎるベッドに体を投げる。


 悪くない日々だ、この世界のことも少しわかってきた、まだやりたいことは見つからないけれど時間はいくらでもある。


 そうやって、満足に浸った思考をしていると、睡魔が徐々に近づいてくる。それに身をゆだね、眼を閉じた。


ーーー次に目を開けたとき飛び込んできたのは光だ。


 カーテンを閉め忘れたかと、眼を開ける。だが、その光の正体は思い描いていたものとは別物だった。


「...ぇ?」


 そうやって、掠れた声が漏れる。その位目の前の光景は信じられなかった、いや、信じたくなかった。


「どうしたのツヅミ?そろそろ屋敷に帰ろ?私たちとはぐれたら迷子になるわよ?」


 そんな、美しい少女の言葉と共に、空から真っ赤な夕日が俺嘲笑うように照らしていた。


 王都でも味わった恐怖が再び襲ってきたのを感じた。


こうやって、再び高宮鼓は無理解の果てに立ち尽くしていた。


 


なんか変な終わり方でごめんな!制作の都合上この三日間ネタバレしかねえから今のところふわっとさせとかなきゃならないんだ!ツヅミ君がひどい目にあうって言ったけど直接的なのないって?大丈夫、次からはこんなもんじゃない。ちなみにこれからは、後半の三日を書いていく形になります。なんでツヅミ君が戻されたのか、ぜひお楽しみに。(大したトリックはねえ!)


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