1章ー9話 昔話
食堂の扉を開くと、中にはすでに二人の見知った人間が居た。一人は既に椅子に腰かけ悠然と本を読みながら昼食を待っている。そしてもう一人は直立不動と言った出で立ちで椅子に座らずに残りの食卓に座る人物たちを待っている。
「やあ、さっきぶりだね。ツヅミ。」
座った方の桃色髪の少女が本を閉じ視線を上げ年齢にそぐわないニヒルな笑みで挨拶してくる。
「本当にさっきぶりだなフラン。年下美少女にいきなり名前呼びされるってのもまた違った趣があっていいな。」
椅子を引き朝と同じ席に腰掛けながら軽口を返すとフランは少し不満そうに口を尖らせながら言ってくる。
「む、美少女呼ばわりは鼻高々な所なんだがボクは大して君と年の差はないはずだよ?確認もなしに年下呼ばわりは良くないと思うんだが。」
「どういうことだ?」
その意味深なフランの発言に首を傾げ思わず聞き返す。するとフランがどこか胸を張るような仕草を見せて言ってくる。
「人を見た目で判断するなという教訓だよ。」
その俺たちの様子を見てエスメラルダとグレイが口元に微笑を浮かべユキノが無表情を少し緩ませ苦笑する様な苦い表情をしている。それを横目に見ながらフランが続けて聞いてくる。
「君は今何歳だい?」
「16だけど?」
その質問に間髪を入れず答えると、フランは少し勝ち誇ったような笑みを浮かべ、宣言する。
「ボクは17歳だよ。今年で18歳になる。」
笑みを浮かべユキノが入れてくれたお茶をすすり宣言したフランの言っていることがしばらく理解できずフリーズする。固まる俺にエスメラルダが戸惑うように声をかけてくる。
「えっと、ツヅミ大丈夫?」
そう言って目の前の席から気遣う声をよそに思わず立ち上がり何拍か遅れて目を剥きながら叫ぶ。勢い良く立ち上がったばかりに豪華な装飾が施された椅子が音を立てながら転がる。
「ええええええ!?嘘だろ?お前17歳!?年上!?」
恐らく廊下まで響き渡る俺の絶叫と椅子の倒れる音に厨房で昼食の準備をしてくれている人たちも何事かと顔を出しこちらを覗く。それに気づき咳ばらいを一つしたあと、そっちの方向に頭を下げる。
そうやって事態を鎮静化させて落ち着けと自分に命じ椅子に座り直しもう一度咳払いするとフランに向き直り再度尋ねる。
「え、ホントに年上...?」
フランは面白そうに口角を上げながら再び衝撃の事実を口にする。
「ああ、そうだよ。ボクは今の時点で17歳。残念ながらボクの方が君よりお姉さんというわけだ、敬う気になったかな?」
そう薄い胸を張りドヤ顔を決めているフランをもう一度ジッと見つめる。明らかに身長は150㎝程しかなくあまり女性らしさに富まない身体の上には、中性的な幼い雰囲気の可愛らしい顔が乗っている。
双眸がとても大人びた理性的な光を灯している事を含めたとしても外見だけ見れば12、3歳ほどにしか見えずいまだに耳を疑うレベルである。
「さすがに、そんなにジロジロ見られるとボクとしても恥ずかしいんだが...」
そんな失礼極まりないことを考えていると、フランがそう言って自分の体を抱くような仕草を見せ不穏なものを見るような目線を向けてくるので慌てて目線を外す。
さすがにジロジロ見るのは失礼すぎたなと少し反省しながら目線をフランの顔に戻してみると桃色髪の少女は少しニヤニヤしながらこんなことを言ってくる。
「いや、年上だとわかった途端ボクの可愛さに見惚れてくれるのは別に嫌な気分じゃないんだが、まだ出会って間もないし...」
「おい。」
ろくでもないことを口走るフランの言葉を遮るとフランは「冗談だよ。」と笑いながら返すと、ユキノが手を叩き会話を止める。
「フラン様もお客様も悪ふざけはその辺までにしてください。そろそろ食事が運ばれて来ますので。」
その言葉を聞き後ろの厨房の方を振り向くとちょうど料理が運ばれようとしているところだった。鼻腔をくすぐる匂いが近づいてくるにつれ伊賀空腹感を訴えてくるのを感じる。
まあ、朝もきちんと食べたのでただそう感じる気がするだけなのだが。
テーブルに五人分の食事が次々と運ばれてくる。彩とりどりの料理が並べられ朝にも感じた高級感が漂ってくるが相変わらず使っている素材は元の世界、日本と変わらず安心する。
ある程度、テーブルの上の食べ物が減ったところで口をナプキンで拭いながらフランが思い出したように口を開く。
「そういえば、図書館に本を出しっぱなしにしたのは誰だい?机の上に置いたままだったからボクが片付けておいたけどね。」
するとエスメラルダがハッとしたように口を抑え小さく手を上げ謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさい、私だわ。ついうっかりしてて、次からは気を付けるわ。」
律儀に少しペコリと頭を下げながら謝るエスメラルダにフランは少し困ったように苦笑しながら言葉を返す。
「いや、そんなに責めるように言ったつもりはなかったんだが。これじゃまるでボクが意地悪な子みたいじゃないか。」
そんな会話を聞き、そういえば、フランが階段を下りてきてくれたことで助かったことを思い出す。しかし、残念なことにその後に助けてくれた本人の研究室でそれを台無しにしてしまったのだが。
だが今そのおかげで隠すものがなくなった俺がいっそすがすがしいほど無知を晒すように尋ねる。
「そういえば、あの時の絵本?どんな内容なんだ?」
ーーその瞬間、場の空気が完全にフリーズする。
その場にいなかったユキノは突如変わった空気に首をかしげているが、それ以外の三人は目を見開きこちらを呆然といった風に見つめている。
「あの...俺、また何かやった?」
俺のその問いにやっと意識が戻ってきたのか、グレイが幾何か真剣な顔をしてこちらを見つめ、少し低い声色で自らの耳を疑うかのように問いかけてくる。
「ツヅミ、魔法と魔力を知らない時点でまさかとは思っていたけど、さすがに冗談だよね?」
そうやってこちらを見るグレイの顔には「頼むから嘘だと言ってくれ」と書いてありこの世界ではおそらく常識中の常識。日本で言えば、桃太郎やかぐや姫、周りの反応から察するにも、下手をすればそれ以上の認知度であることが窺る。
ちなみに、お茶を呑気にすすっていたユキノも魔法を知らなかったというグレイの発言でお茶を吹きそうな勢いでこちらを凝視している。
「えっと、なんかごめんなさい。冗談とかじゃなく本気なんですけれども...」
周りの空気と迫力、さらに盛大なやらかした感が自分の体に襲い掛かり急に敬語になりつつも小さな声で何とか吐き出すように呟くとエスメラルダが多大な驚きと疑念を含んだ声で疑問をぶつけてくる。
「四季の魔女のお話を知らない...?普通の人は物心ついたらこの本を真っ先に読み聞かせられてこの本で言葉や字を覚えるはずなんだけど...ツヅミは一体どうやって覚えたの?それ以前にこのお話を知らないでどうやってこの国で生きてきたのかしら...でもそれなら魔法を知らなかったのも納得がいくかも...」
どうやら、桃太郎やそこらのレベルではなく親の名前レベルの話らしい。まあ、俺は家庭の事情というやつで両親の名前は知らないのだが一般論で言えばそうだろう。
三人に、その話を聞いたユキノの驚愕した顔が加わり四つの信じられないといったような視線にさらされながら、その四つの驚愕が収まるまでの間の重い沈黙に耐える。
そうしていると、真っ先に冷静さを取り戻したフランが、静かな面持ちで語り始める。
ーーそれはこの国の創世記、実に数百年も前の昔話。
「ーー本当に何百年も昔のお話。まだ魔法が存在しなかったとされている時代のお話。そのころ時代は今みたいに魔法なんて言う便利なものもなく国境もなく、そして今のように獣人や他の種族。つまり亜人族と人間も共存などしていなかった。むしろ共存はおろか完全に敵対していた、あるのは種族という誇りと壁のみ。後は他の種族と資源や利益を求めて競い合い、争い合い、奪い合い、そして無益に殺し合うのみだったという」
いかにも堂に入った口調でフランは続ける。
「でもある時、そんな戦場に四人の女が現れた。人族でありながら人の軍隊に属さず、ましてや亜人に味方するわけでもなく、衝突する寸前の前線に現れた。最初は戦場に迷い込んだ哀れな村人と判断され、亜人がそれを見逃すはずもなく四人の女を八つ裂きにしようと襲い掛かった。しかし次の瞬間、出来上がったのは一体の亜人の氷像。何があったのか理解できなかった亜人の兵達は揃って女達に襲い掛かった。ただし、そこから先は同じことの繰り返し。ある者は豪炎に焼かれ、ある者は風の刃に断たれ、ある者は雷に倒れる、まさに一方的な戦場になり、亜人もそして、それを見ていた人間も足が竦み動けなくなったころ、一人の女が言ったんだ、両軍の大将に顔を出せと」
「そうやって、渋々出てきた両軍の将に休戦を促し、四人の力を見た将もその場は引き下がった。次にその四人が確認されたのはわずか二週間後、今度は亜人と亜人の抗争で、また圧倒的な力で戦いを止め、それからというもの、女達は戦場という戦場に現れ敵に力の差を見せ、戦いを止めていった。最初は無視を決め込んでいた種族たちも、次第に四人の使う力を神の力として畏怖し崇めていった。それからは簡単だった、四人を崇める人々は日に日に増え争いの火種は鎮火して行く。残った反対する人々もただ、四人の力に圧倒され敗走していく。そうやって、二年の歳月が過ぎたころ遂に、一部を除くすべての種族の長を集める会議を開くことに成功。その会議で、すべての種族が平等であること、争わないことが可決され世界は平和になりましたとさ」
フランは一息つくようにお茶を一口飲むと物語の最期を語り始める。今までの順風満帆な英雄譚の荒々しい結末へと向かって。
「すべての種族が手を組んだことで世界は大きく変わった、まず国境ができ国が四つに分かれることになった。そしてそれぞれの国の王には争いを鎮めた立役者の四人の女が選ばれた。女たちはそれを断りながらも周りの強い推薦もあり、王としてではなくただ国の代表。一国民として指導者の地位につきました。すると、女達は自分たちの力を国中に広め生活を豊かに、そして争いで傷ついた人や枯れた大地を救い始めました。その力は魔法という名前が付けられ大きく広まっていきました、そして女達は魔法の始祖に対する敬意と、それぞれの使う魔法を春、夏、秋、冬の季節になぞらえられてこう呼ばれることになりました」
ーーー『四季の魔女』と。
「ここで終わっていれば、楽しい建国物語、もしくはおとぎ話で済んでいたんだけどね。」
話が終わったものと思い、フランの方を見ると彼女は不穏な言葉を残しもう一度口を開き、物語の終結を語り始める。
「そうして平和に種族が共存し何年か経ったある日のこと、世界は突如銀色に包まれました。余りの突然の天変地異に人々は怯えました。しかし、その天変地異の正体に気づいた人間が居ました、三人の魔女がすぐに寒波の原因を察しました。なぜならその冷たさにかつて一緒に戦った一人の少女の魔力を感じたからです。すぐさま原因を問うために訪れた冬の国はひどい有様でした、各地は分厚い氷に覆われ雪に押しつぶされていました。冬の魔女の元にたどり着いた春、夏、秋の魔女はすぐさま冬の魔女にこんなことをした理由を問いました。しかし、返ってきたのは言葉ではなく鋭く、黒い魔力で作られた氷の刃でした。その予想外の冬の魔女のどす黒く、そして強大な魔力を前に覚悟をしかつての仲間と戦った三人の魔女は敗北を喫します。」
「そして、魔女の敗北から一か月。吹雪は猛威をふるい続け、冬の魔女は尽きぬ魔力で世界を脅かし続けました。その理由もわからない英雄の反逆に残った魔女たちは再び抗いました、次は三人の魔女に加えて二人の実力者と手を組みすっかり凍ってしまった城で全力をふるい戦いました。その時魔女に手を貸した後に語り継がれる英雄が初代『剣帝』そして今の王族が祖先『聖王』。この二人の剣力に三人の魔女の力で冬の魔女を打ち倒して、めでたしめでたし」
「と、まあこんなところかな?最後の方は少し簡略化してるところもあるからね。あと、物語だからハッピーエンド風になってるけど、未だ、この物語の結末はわかってないんだ。討ち取られて、冬の国の奥地に葬られているなんて話もあれば、三人の力で正気に戻ったとか、今も氷の中で眠ってるとか。まだ生きてるなんて与太話もあるくらいだ」
俺が、その壮大な話に気圧される中、フランが心なしか間延びした声でそんなことを言ってくるがこっちは既にキャパオーバーだ。
するとグレイがそれに気が付いたのかゆったりと補足と言った風に話してくれる。
「大方の人は、史実を子供への魔法の危険さとか成り立ちを同時に教えるために改竄されてるって言ってるし、未だ冬の魔女の乱心の理由もわかってない」
「未確認であやふやな所もこのお話には多いしね。でも、史実であることは間違いないんだよ。現に、冬の国や、春の国の各地にもその寒波の名残の氷は残っているし、それが魔力で作られていることもわかってる。それに、剣帝と聖王という称号も語り継がれているしね。あと...」
グレイが、何か言葉を口にしようとした瞬間。
「現に魔女の後継者たちがいるから、かい?」
ふいに食堂のドアが開かれ、会話に横槍が入る。反射的に声の主の方向を振り向くとそこに立っていたのは痩身の青年。穏やかな顔立ちに糸目、そして色の薄い茶髪の上に深々とシルクハットを被っている。
そして、体には質のよさそうなコートを羽織り柔和な笑みを浮かべている。全身から良い人感が漂う人だった。
しかし、この世界に来て初日で割とひどい目に遭った勘が警戒を促す。なぜなら、屋敷の人物のおおよそな人間は教えてもらったがこんな青年は聞いたことはない。
思わず体に力が入る。危うく椅子から立ち上がりそうになるが、周りの反応は至って自然なのに気づき頭が冷え緊張を解こうとするが、少し慌てたようなユキノの声が少し強張っていたはずの俺の体の力を完全に抜き去った。
「アルカナ様!?なぜこんなに早くお帰りに?お出迎えができずに申し訳ありません。」
「ほぇ?」
全く予想外な言葉に思わず人生でトップ3に入るであろう奇声が口から洩れる。しかし、俺の小さな素っ頓狂な声など聞えなかったかのように食堂の面々はユキノに続いて笑顔で屋敷の主の帰還を祝福する。
「おかえり」
「おかえり」
グレイがいつも通りの柔和な笑みで、そしてフランが簡素にと、それぞれと言った風に帰りを喜ぶと最後にエスメラルダが立ち上がり言葉をかける。
「おかえりなさい、アルカナ。ごめんね私達のせいでわざわざ王都まで行ってもらうことになっちゃって」
「いやいや、構いませんよ。大した距離でもないですしね。弟が思いの外元気だったのでね。後顧の憂いなく戻ってこられましたよ」
「そっか、アリバーズさん元気なんだ。よかった」
アルカナは見た目通りの穏やかながらもどこか飄々とした口調で、アリバーズさんの無事を報告する。それは俺にとっても無関係な話ではないため、なんとか驚きから自我を取り戻し話に入ろうとするとその意図を察したようにアルカナがこっちを振り向く。
「これはこれは、お客人。目覚めたのですか?それは良かった。少し話も聞きたい所でしたし」
それも当然のことだろう、少なくともアルカナの中では今の俺は得体のしれない居候と言った風でしかない。話の一つや二つ聞きたくなるだろう。
「だが、まずは礼を言わなければ。エスメラルダ様、それに私の愚弟を守ってくれたそうじゃない。心から感謝をするよ。弟はともかくエスメラルダ様を失えば本当に取り返しがつかないところだった」
アリバーズさんが兄から中々にひどい扱いを受けるが、それを差し置いても今の会話には違和感が残る。
「どうして屋敷の主人が屋敷の人間に敬語を使うんだ...ですか?」
「んー?それはエスメラルダ様にだけだよ」
「なおさらどゆこと?」
いまいち会話がかみ合わず俺が首をかしげると、アルカナも首を傾げ不思議そうに横に立っているユキノに尋ねる。
「あれ?さっき四季の魔女の話をしてたからてっきりその話をしていたのかと思ったけど。違った?」
「ええ、あれはお客様が四季の魔女を知らないというのでフラン様が話してくださったのですよ」
さすがのアルカナも予想外だったのだろう。一瞬穏やかな顔が凍り付くがこれは踏んだ場数が違うのか一瞬で落ち着きを取り戻す。
「...私も長いこと生きてきたけれど、さすがに聞いたことがないな。この年まで四季の魔女を知らない青年は」
それを聞いて再び疑問が頭に浮かぶ。
「なあ、アルカナ様?一つ聞いていいか...ですか?」
「なんだい?ちなみに敬語も様付けもいらないからね、苦手そうだし。」
「それは助かる、そう、ここで本題なんだが...アルカナってアリバーズさんの兄ってことだよな?」
「ふむ、そうだね。」
その言葉を聞いてまたしても衝撃が蘇って来る。震える声を何とか意識して抑えながらなんとか口から次の言葉を発する。
「...ってことは今何歳?」
「五十を少し超えたところかな」
「嘘つけ!この世界こんなばっかかあぁ!」
再び響き渡った俺の絶叫が収まりアルカナとの顔合わせが始まるのはこの少し後のことだった。
最近こんなのばかりですね。