異世界の事について
「ルアさん、その部屋で何か見つけたの?」
「ああ。さて、そろそろここから出るか。もう何もないだろうし」
「そうだね。ま、またあの暗い道を通るんだよね……」
扉の先にある階段に視線を向けながら怖がるエルナだが、その必要はない。俺もこんな所、何も無いならさっさと出たいしな。
「エルナ、俺に掴まれ」
「えっ、何をするの?」
「いいから、ほれ」
差し出した手をエルナはしっかりと握る。よし、それじゃやるか。
神殿の外の光景を頭に浮かべて、と。
「特殊魔術────【瞬間移動】」
「ルアさん、【瞬間移動】って、な────」
俺達の姿は部屋から消え、一瞬にして神殿の外へと現れる。
これが【瞬間移動】、自分がの知っている場所の光景を頭に浮かべて唱えれば、一瞬にしてその場所に行けるという便利な魔術である。
「────に?……って、え?な、何で、私達さっきまで神殿の地下にいたのにっ」
「俺の魔術の1つだ。行った事がある場所ならすぐ行ける」
「そ、そうなんだ……って、あれ?も、もう夜になってる……」
確かにエルナの言う通りだ。神殿の中に入った時はまだ太陽は高く昇っていたし、中にいた時間はおよそ1時間半。
つまり外と神殿の中では時間の速さが違っていたという事になるな。
まだ遠くの方は少し明るいが、この暗闇の中を歩くのはやめておくかな。隣で怖がっているエルナの為に。
ここで野宿をするかエルナに尋ねたら、必死になって頼んできた。その為、一応エルナに野宿の経験があるかどうか聞いてみたら、まだ旅に出てから宿にしか泊まった事しかないらしい。
「夜は冷えるからな、炎魔術────【浮遊火炎】」
俺は空中に小さな炎を生み出した。突然現れた炎から発せられる熱にエルナは驚き、「熱っ!」と叫びながら思わず尻餅をついてしまう。
「あ、危ないじゃん!燃え移ったらどうするの!?」
「それは心配ない。この炎は浮くという特徴以外にも燃え移らないという特徴がある。ほら、見てな」
落ちている木の枝を拾い、炎の中に入れるが燃える事はなく、焦げすらつかない。
その光景にエルナは驚きを隠せず、口を大きく開いたまま空中に浮かぶ炎を凝視している。
「ええっ……も、燃えない炎があるなんて。魔術って、本当に何でもありだね……」
「いや、魔術だって何でもかんでも出来るわけじゃない」
「じゃあ、何が出来ないの?」
「んー……不老不死とか?」
「発想が大きすぎるよ……」
そうか?しかし、大抵の事は出来てしまうからな。こっちの世界の人からしてみれば、俺の魔術なら何でも出来てしまうと認識されるのか?
……久々の感覚だな、そう思われるのは。
「さて、少し話でもするか。俺はこの世界に来たばかりなんだ、知らない事が多すぎる。だからエルナ、今日の内にお前の知っている事を全て覚える事にする」
「全てって……そんな事出来るの?」
「俺の頭を舐めるな」
例え500年分の歴史すら一瞬で覚えられるぞ、俺は。その時はあまりにも短すぎて間違ってしまい、5000年分の歴史を覚えてしまったが。
「まず、この世界で使われている貨幣を教えてほしい」
「貨幣は世界共通、銅貨と銀貨を庶民が主に使っていて、金貨は稀に使われてるよ。さらにその上には貴族が使うような王貨ってのがあるんだよ」
「それぞれ何枚で銀貨や金貨になる?」
「銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚だよ。王貨は金貨50枚だったかな……?」
とりあえず主に使うのは銅貨、銀貨、金貨と覚えておくか。いずれ王貨とやらも見てみたいが、別に金持ちになりたいとかではない。
金がなくても魔術さえあればどうにでもなるからな。まぁ、あるに越した事はないが。
「ちなみにエルナ、お前はいくら持ってる?」
「村の皆から貰ったんだけど使ってばかりだったから、今持っているのは……その、銅貨5枚しか……」
「つまり、ほぼ無いとの同じか?」
「うん……」
銅貨が貨幣の最低の金額ならば、5枚はいくらなんでも少なすぎる。ほぼ無いのかと尋ねたが、同意した辺りそれだけで買える物はあまり無いだろう。
「じゃあ、次にいくぞ。〈スキル〉ってのは何だ?あの時、聞かずに終わってしまったからな」
「〈スキル〉は僅かな人しか持っていない力の事だよ。空を飛んだり、力を底上げしたり……ルアさんと違って、1人につき1つしか持ってないけど」
「エルナは持っているのか?」
「うん、持ってるよ。〈勇者の奇跡〉って言ってね、『勇者』なら必ず持ってるみたい。どんなのかは私もよく知らないんだけどね」
〈勇者の奇跡〉……ふむ、何となく想像できそうだが憶測だけで決めるのはやめておこう。エルナと共にいれば、いずれその〈スキル〉を目の当たりにする日がくるはずだ。
「次だ。この世界にある言語は世界共通か?それともいくつかの言語に分かれているのか?」
「言語は今使っているものだけだよ」
「こっちの1日は何時間だ?」
「24時間だよ」
「1時間は何分だ?」
「60分」
「じゃあ、1分は────」
ふむ……2時間程エルナと話したが、俺の世界とは少し時間がずれているみたいだな。
1年は365日、1日は24時間、1時間は60分、1分は60秒かかるらしい。また、季節は春夏秋冬以外にもそれぞれ一番暑くなる純夏と寒くなる純冬があるんだとか。ちなみに今の季節は春との事。
それ以外にも使われている主な交通機関やこの世界にしかない施設を聞いたが、それは後々説明していこう。
「ありがとな、エルナ。色々分かった」
「そ、そう……まさか、2時間もずっと喋り続けるなんて、思わなかった……」
「大丈夫か?ほら、水を飲め。水魔術────【飲物:水】」
【道具箱】から取り出したガラス製のコップの中に水を生み出す。それをエルナに渡せば、彼女はコップに口を付け、水をコキュコキュと可愛らしく飲んでいった。
「んっ……ぷはっ、ありがとう。……あれ?このコップって、何で出来てるの?」
「何って、ガラスだが」
「ガラスって……え?これがガラス!?」
どうやらこの世界にはガラスで出来た物が少ないか、それとも無いみたいだな。ガラスは作れても、そのガラスで何かを作るというのは難しいという事か。
今回はエルナ1人だったからいいが、怪しまれない為にも他人には易々と見せないようにするか?
いや、珍しい物として商人に高値で売るという方法もあるな。そうすればこちらでの生活費をある程度稼ぐ事が出来る。
「そんなに珍しいか?」
「うん。木じゃなくてガラスで出来たコップなんて、初めて見たよ。たぶん世界中を探しても無いんじゃないかな?」
「……ふむ」
エルナは驚いているが、その言葉を真に受けてはいけない。庶民が使っていないだけで、貴族は持っているかもしれないからな。
だが、どちらにしても売れば金になるはず。よし、商人と出会ったらガラス製の物をいくつか売ろう。
「そういえばエルナ、まだ腹は空かないか?」
「えっ?うん、まだ大丈夫────」
エルナの言葉とは裏腹に、彼女のお腹からは可愛らしい音が聞こえた。恥ずかしさから顔を真っ赤にするエルナだが、空いたなら空いたといえばいいものを。
もしかして遠慮でもしていたのか?だとしたら今度からはしないよう伝えておこう。遠慮ばかりしていたら、後で自分が困る事になるからな。
「空いているならそう言え」
「だ、だって……」
「……まぁ、いい。ちょっと待ってろ、特殊魔術────【道具箱】」
開いた【道具箱】の中に手を入れ、目的の物を探す。あれ、どこにしまったかな……やはりもう少し整理した方がいいか。
「【道具箱】に入れた物は時間が経過しない。温かい料理でも冷める事がないんだ」
「あっ、そうなんだ」
「だから、ほら」
【道具箱】から取り出したのは、少し前に作ってみたハンバーガーという料理。
焼いたパン2枚の間に特製のソースと肉汁が溢れ出そうな肉、水気がたっぷりのレタスに溶けかかったチーズが挟まれた料理である。
「これ、は?」
「ハンバーガーっていう料理だ。食べてみたら美味しかったからな、自分でも作ってみたんだ」
ガラス製の皿に乗せたハンバーガーをエルナに渡し、コップに追加の水を生み出しておく。さらに自分のコップも取り出し、同じように水を生み出す。
【飲物】で生み出せるのは水だけではないが、まだ黙っていよう。今はハンバーガーを食べた感想を聞きたいからな。
「えっと……どう食べれば?」
「そのまま勢いよくかぶりつけ。それが一番旨いぞ」
「そうなんだ……よしっ」
エルナは俺に言われた通り、手に持ったハンバーガーにガブッとかぶりついた。モグモグと咀嚼をするエルナを見ながら、俺もハンバーガーを食べる。
うむ、初めて作ったが旨いな。特製のソースもなかなかだが、もう少し濃くてもよかったか?あと、今度トマトでも見つけたら挟んでみよう。
「美味しい!ルアさん、これすっごく美味しいよ!」
「だろ?まだいくつか残ってるし、また食べるか?」
「うん!」
「水魔術────【洗浄】」
「風魔術────【乾燥】」
食事を終え、皿とコップを洗う。そして水を一瞬で蒸発させ、開いた【道具箱】の中へと落としていった。
洗い物のあまりの速さにエルナが驚いていたが、これが俺にとっては普通の速さなんだけどな。
「さて、それじゃ始めるか」
「何をするの?」
「まぁ、色々な」
【道具箱】を開き、そこから取り出したのはモルガを構成していた鉱石にあの不思議な壁や床を構成していた鉱石、そして様々な色の瓶である。
「まずはこれからだな。特殊魔術────【解析】」
モルガを構成していた鉱石を手に持ち、青色に変色した左目で見る。鉱石の周りには様々な情報が出現し、それを読む俺の頭の中に全ての情報が入っていく。
「ふむ、これは「モルファ鉱石」と言うんだな。稀少な鉱石を除けば、世界で一番硬いか……なるほど、そこら辺の剣では折れてしまうわけだ」
「「モルファ鉱石」……鍛冶屋のおじさんから聞いた事があるよ。熟練の職人でもその鉱石だけは扱えないって」
「あまりの硬さ故にか」
なら、これは売ってもほとんど金にはならないな。それなら自分で何か作った方がいい。よし、そうしよう。
「なら、次はこれだな」
「モルファ鉱石」を【道具箱】の中に放り込み、あの不思議な鉱石を手に取る。
この鉱石……初めて触った時も思ったが、やはり僅かな魔力が宿っているな。
「ふむ……へぇ、なるほどな」
「何か分かったの?」
「ああ」
【解析】で周りに出現する情報は使用者以外には見えない。
つまりエルナには俺が青色に変色した左目で鉱石を見ている事だけしか分からない。
「この鉱石は「ミスリル」と呼ばれているらしい。稀少な鉱石で、唯一魔力を宿している鉱石だと分かった」
「ルアさん、魔力って?」
あ、そうか。昔はいたのかもしれないが、今は魔術師がいない。魔術でさえあったのかすら分からないのに、その力となる魔力を知っているはずがない。
「魔力というのはな、生き物なら誰もが持っているエネルギーの事だ。その魔力を消費して魔術師は魔術を使う」
「じゃあ、消費し続けたら魔力は無くなるって事?」
「いや、休んだりすれば勝手に回復する」
魔力を消費して魔術を使うと言ったが、実際には魔力を消費して空気中にある魔素という物質に影響を及ぼし、形を変えた魔素が魔術になるわけだが……そこまで説明するとエルナでは理解しきれるか分からないからな。
「それでこの「ミスリル」……魔力を宿しているんだが、どうやらその魔力によって魔術による効果を打ち消してしまうらしい」
「えっと……つまり?」
「この鉱石に魔術は効かないって事だ」
「ええっ!?」
まぁ、魔術が効かないと言っても、効くようにしてしまえばこちらの勝ちだが。問題は魔術の効果をどれだね打ち消す事が出来るのかだが……よし。
「特殊魔術────【変化:「ミスリル」の魔力を魔術が効く魔力に】」
……む、なかなか変化しそうにないな。もう少し力を上げて……よし、少しずつだが変わってきているのが分かる。
さらに力を上げれば一気に変わると思うが、「ミスリル」が力に耐えられるか分からない。
元々の魔力を違った魔力に変えるのだから当然だが、例を出せば人間の体内構造を変える事だな。急速にやってしまえば、それに人間は耐えられない。最後は破裂して終わりだろうな。
「出来た。これで魔力は変化したはずだ」
「そうなんですか?」
「ああ、見てな。特殊魔術────【浮遊】」
唱えた瞬間、「ミスリル」は浮かび上がった。一応【解析】で調べておくが、魔力は完全に変化している。
これでこの「ミスリル」には魔術が効くようになったという事だ。
「ここで全部やるのは流石にめんどくさいからな、残りは後ででやるか。さて、最後はこの瓶だな」
「色んな瓶があるね」
「ミスリル」も【道具箱】の中に放り込み、地面に置いてある全ての瓶に視線を向ける。【解析】で中身を調べて、と。
「……む」
「どうしたの?何か分かった?」
「残念だが、何も分からなかった」
「えっ?」
「まぁ、これらは後でゆっくりと調べるさ」
俺はそう言って全ての瓶を【道具箱】の中に入れていく。エルナは俺が瓶の中身が分からなかった事に驚いているようだが、仕方ない。
俺ならば何でも出来ると思っていたんだからな。
「それじゃ、そろそろ寝るか」
「あ、うん。この炎もあるから寒くないだろうしね。でも、地面の上だと痛いんだろうなぁ」
「ん?誰が地面の上に寝ると言った?」
俺は【道具箱】の中から1人用のベットを2台出す。見た目は普通のどこにでもありそうなベットだが、実際は違う。
ベットの内部には外との温度差を計算して寝る人にとって快適な温度にしてくれる自作の魔術道具を内蔵しており、眠っている時に誰かに襲われないよう悪意がある相手がベットに近付くと、結界が張られてそれ以上近付く事も攻撃も出来ないようにしてある。
「そ、そんなのも入ってるんだ……」
「ああ。大勢で旅をする事もあったからな」
正確な数は覚えてないが、確か30台くらい【道具箱】に入ってるはず。あー、でも知人にあげたり貸したりしてたからな……25台か?
「じゃあ、寝ようぜ」
「う、うん……あ、えっ、凄いフカフカ!」
まぁ、布団に使用しているのはあちらの世界では王族くらいしか使っていない物だからな。貴族ならば大変満足するだろうし、庶民ならば使う事すら叶わないだろう。
「い、いいの?こんなベットに寝ちゃって……」
「俺が用意したんだからいいに決まってるだろ」
既に布団の中に入っている俺の事を見ながら、エルナも「ブレイブソード」と盾をベットの横に置いて布団の中に入っていく。
さて、このまま寝るつもりだがその前にエルナに尋ねておくか。
「エルナ。この炎は消すが、いいか?」
「うん。目を瞑っていれば大丈夫だよ」
「なら消すぞ」
【浮遊炎】を消す。光を失った周囲は何も見えなくなり、エルナの姿も見えなくはないがハッキリとはいかない。
「え、えっと……お、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
エルナに言葉を返し、俺は目を瞑る。そして襲ってきた眠気に身を委ねて意識を手離した。