異世界での初戦闘
「そんなの無理だよおおおおおっ!!」
『ならば即刻ここから立ち去れ。力なき『勇者』よ』
まぁ、確かにエルナ1人では無理だろうな。
俺がいた世界でゴブリンやスライムくらいしか倒せない冒険者がゴーレムに戦いを挑むというのは命を捨てるのと同じだ。
「モルガと言ったな。その試練、俺がエルナに加勢してもいいのか?」
『いいだろう。しかし、条件として動く事はなしだ』
「ええっ!?それじゃ私と一緒に戦えないじゃん!酷いよ!」
『残念だが、それが決まりだ』
そういえば、エルナには俺が誰かと戦う所を見せた事がないからな。
別に俺は動けなくても全然戦える。だって魔術師って基本、接近戦は苦手で後方支援が得意だからな。
俺は違うけど。
「それでいい。動かなければ何をしてもいいんだろ?」
『もちろんだ』
「よし、ならさっそくやろうぜ。エルナ、お前は自分が思ったように動け」
俺はモルガから離れた場所に立ち、エルナにそう伝える。
しかし試練を受ける事への決心が出来ていないエルナは俺に、驚きと共に恐怖に満ちた表情を向けてきた。
「無理無理無理っ!ぜ、絶対に無理だって!」
「大丈夫、俺を信じろって」
『では、行くぞ───試練、開始だ』
モルガはあの巨体からは信じられない程の速度でエルナの前へと移動した。
泣くどころか驚く暇すらないエルナにモルガは握り締めた拳を勢いよく振り降ろす。
いやぁ、『勇者』相手に容赦ねぇな。
「特殊魔術────【防御壁】」
エルナの前に彼女の3倍程の大きさはある半透明な壁を出現させる。拳は壁に直撃するが、分厚い故にヒビすら入らない。それどころかモルガの拳が砕けていく。
壁の大きさや厚さは調節できるが、大きくなる程に消費する魔力は多くなっていく。俺のはある程度の大きさでもかなりの強度を持っているが。
『……っ!?なっ!馬鹿な、これはっ……!』
「えっ?えっ?」
「エルナ、今だ。試しに攻撃してみろ」
攻撃が当たらず、動揺するモルガにエルナは震える手で剣を鞘から抜く。その剣で高さ的にどうにか届く膝辺りを攻撃する。
だがモルガに傷と呼べる物はつかず、剣はぶつかった瞬間に折れてしまった。
「いっ!?」
「まぁ、そりゃそうだろうな」
こうなる事は分かっていた。未熟な冒険者が鉱石といった硬い物質で出来た相手に剣で戦いを挑み、折ってしまった光景を俺は何度も見ている。
『むんっ!』
「ひぁっ!?」
モルガは反対の手でエルナに殴りかかるが、間一髪で当たらずに拳は地面を砕いただけで終わった。
だが、その衝撃でエルナの体は浮き、地面をゴロゴロと転がっていく。
「いててっ……」
『次は……当てるっ!』
「ひぃぃっ……ル、ルアさん!早くあいつを倒して!」
「ああ、その内な」
「何で!?」
だって、これはエルナの試練だ。危なくなったら加勢するが、しばらくはエルナに任せよう。
とりあいず折れてしまった剣は【修復】で元通りにして、と。
「ほら、剣は直してやったから。頑張れー」
「す、凄い……って、頑張れーじゃない!!」
『余所見をしていていいのか?』
「あっ」
背後に立っているモルガにエルナは気付かず、一瞬の内に蹴り飛ばされる────事はなく、間一髪で【防御壁】を唱えて守る。
『っ、またか……!』
「ふむ、足は腕よりも硬いのか」
「ル、ルアさぁん……」
エルナは目の前に出来事に耐えきれなくなったらしく、剣を構えながらもこちらに涙目で助けを求めてくる。
はぁ……これ以上は駄目だな、いくらやっても戦いにすらならないだろう。こいつは今のエルナが戦うべき相手じゃないって事にしておくか。
「分かったよ。エルナ、モルガから離れろ」
「う、うんっ」
モルガに背を向け、逃げるように離れていくエルナ。本当は追撃を避ける為、相手に目を向けながら退いてほしいが、今は別にいいだろう。
エルナが十分な距離をとった事を確認し、魔術を唱える。
「特殊魔術────【防御壁】」
「爆破魔術────【爆発】」
再びエルナの前に大きな半透明な壁を出現させる。そして次に唱えた【爆発】により、モルガの体の半分だけが大きな爆発と共に吹き飛んだ。
体を構成している鉱石がいくつかエルナに向かっていくが、壁があるおかげでエルナに当たる心配はない。
『ば、爆発だと……っ!?何故、急に……!』
「爆破魔術────【爆発】」
『待てっ、お前が倒しては試練の意味がっ!』
どうやらさっきのは威力を落とし過ぎたみたいだな。
今度は威力を少し上げてもう一度爆発を起こす。すると残っていたモルガの半身は跡形もなく吹き飛んだ。
「……凄い」
「だから言っただろ、大丈夫だって」
さて、爆発のせいでほとんど消し飛んでしまったが、この僅かに残っている鉱石を貰っていこう。俺の【爆発】を受けて残っているという事は、かなり硬い証拠だ。
それにどんな鉱石なのか知りたいし、珍しいんなら高値で売れる。それに頑丈な武器を作る事も出来るしな。
「工学魔術────【加工:手の平サイズの正方形】」
鉱石は分裂し、形を変えていく。そして手の平に乗る程度の正方形になった。その数、およそ50個。
持ってみるとなかなかに重く、想像以上に硬そうだ。これを人が加工するとなると難しいかもしれない。
「特殊魔術────【道具箱】」
「特殊魔術────【浮遊】」
全ての鉱石を空中に浮かせ、開いた【道具箱】の中に入れていく。
この【浮遊】は物だけではなく、生き物を浮かべる事も可能である。ただ俺の意思で動く為、浮かべる相手が多い程大変だ。
物ならば簡単だが、生き物が相手だとジッとしていてくれない限り操るのは難しい。最悪、落としてしまう事もあるからな。
「あんなにあった数を一気に……どのくらい入るの、その……」
「【道具箱】か?いくらでも入るぞ」
「でも流石に山1つとかは────」
「いけるぞ?」
「…………」
ん?何で急に黙るんだ?しかもそんな唖然とした顔で。
俺、何か驚くような事を言ったか?
「そ、それより……これ、私の試練だったのにルアさんが倒しちゃって良かったのかな?私のせいだとはいえ……」
「なら次からは1人で戦おうか」
悩むエルナにそう尋ねると拒否するまでの時間は無いに等しかった。
とにかく邪魔な奴は倒したわけだし、地下に降りられる階段を探すとするか。モルガの現れた場所を見てみたが、階段はない。
部屋を見渡してみるが、階段が隠されているような仕掛けも見当たらない。
「ねぇ、ルアさん。本当にここに地下への階段があるの?」
「ああ。ちょっと待て、特殊魔術────【地図:《古の神殿》内部を立体化】」
地図を上からだけではなく、様々な角度から見れるようにする。地図が異なる形に変わった事にエルナが驚いているが、今はそれよりも階段を探そう。
ふむ……間違いなく階段はこの部屋にあるな。場所は部屋の中心……だが、床の下だな。
どうする?床を破壊するという方法もあるが、それでは面白味がない。何か仕掛けが……ん?
「これは……」
壁の内部や床の下全面に大小様々な歯車や管、棒など様々な装置が組み込まれているのが見えた。
この装置を動かす事で、地下への階段を現れるに違いない。この装置を動かす為のスイッチは……あった。部屋の入り口側から見て、右側の壁の73列目、上から23段目の場所から装置が始まっている。
「エルナ、分かったぞ。ちょっと待っててくれ」
「分かったって……何をするの?」
「階段を俺達の前に出す方法が、だ。ああ、そのままだと危ないな。特殊魔術────【浮遊】」
「えっ?っ、きゃあっ!?」
浮かび上がったエルナはスカートを両手で押さえ、真下にいる俺に中が見えないようにする。
そういえばすっかり忘れていた。女性というか他人を浮かばせる事など何十年ぶりだし、生き過ぎたせいか羞恥心といった感覚が狂ってきているんだよな。
「なっ、なな、何するのーっ!!」
「すまん、でもしばらくそうしといてくれ」
「えーっ!?」
背後から抗議の声が聞こえてくるが、無視してスイッチがある場所へと歩いていく。
おそらく壁を押し込めるはず……そう考え、押してみると予想通りスイッチになっている壁が奥に動いていった。
すると凄まじい程の大きな音が聞こえてきた。装置が動き出したようだな。
「な、何、今の音!?」
「床を見てな」
俺も【浮遊】で空中に浮き、視線を床に向ける。
歯車が動く音と共に全ての床が動いていき、段々と部屋の中心には穴が見えてくる。あのまま床の上に立っていたら、巻き込まれて体を引き裂かれていただろうな。
しばらくすると、中心には真っ暗な地下へと続く階段が現れた。
「階段が出てきた……」
「この階段の先にお前が求めた物があるはずだ、行くぞ」
奥まで何も見えない階段を【昭明】で明るく照らし、俺達は階段を降りていく。
エルナはここも怖いらしく、俺のコートを摘まみながらだったが。
「む」
「大きい扉……」
階段を15分程降り続けていくと、目の前に俺の7、8倍はある扉が現れた。
今までの経験から考えてこれもエルナでなければ開けられないと考えたが、その通りだった。
開いていく扉を通り、中に入れば先程の部屋と同じように壁の燭台に火が灯る。しかし明るさは先程よりも強い。
「あっ、あれ!」
「あれが先代の『勇者』が使った剣か?」
部屋の奥にある台座には1本の剣が突き刺さっていた。普通の剣に見えるが【勇者】の剣故か、不思議な力を感じる。
剣の周りには他にも鳥のような……いや、【勇者】の紋章が描かれた盾や様々な色をした瓶がいくつもある。また隅には何かを書き記した洋紙が何百枚も重なって山になっており、分厚い本が出来そうだ。
「特殊魔術────【言語:俺の世界の言語】」
台座に文字が書かれていたが、俺には読めない。エルナにも読めなかった事から今の時代の言葉ではない可能性が高い。
しかし【言語】ならば如何なる言葉でも自分の知る言葉に変える事が出来る。今後、俺の知らない言葉が出てきてもそれらは全て俺が知る言葉となって聞こえ、読む事が出来る。
「私がこの場に残した物は全て次なる『勇者』に与える。私の跡を継ぎ、悪なる者を倒せ。ここに眠りし剣は『勇者』のみが使えし「ブレイブソード」、この剣を振るう者は人々の希望である……か」
「えっ、よ、読めたの!?こんな難しい文字……あ、もしかして魔術を使ったの?」
「そうだ。エルナ、この「ブレイブソード」とやらを抜いてみたらどうだ?その剣じゃ、まともに戦えない事だってあるだろ。さっきみたいにな」
【修復】で元通りに直したが、弱い武器を使うより強い武器の方を使った方がいい。それが戦いの勝敗を決める事には繋がらないが。
「うん、そうだね。そうするよ。でも……」
「ん?」
「ルアさんの【道具箱】に入れておいてくれないかな?この剣、村で鍛冶屋を営んでるおじさんが打ってくれたものなの」
「そうなのか」
エルナから剣を受け取り、それならと【道具箱】を開いて剣を放り込む。
エルナから「ありがとう」とお礼を言われ、台座の前に立つ彼女を見つめる。
「ブレイブソード」を両手で握り締め、力一杯上へと引っ張る。すぐには抜けなかったが、しばらくすると金属と石が擦れる音が聞こえてきた。
そのまま引っ張っていくと、剣身は段々と台座から抜けていき、最後の力とばかりに先端まで引き抜いた「ブレイブソード」を勢いよく振り上げた。
「抜けたーっ!!」
抜けた事に喜び、大声で叫ぶエルナ。しかしあの「ブレイブソード」、先程まで使っていた剣よりもかなり長いな。
長さも違うなら重さも違う。使いこなすには時間がかかるだろう。
「エルナ、盾も忘れないようにな」
「分かってるよ!」
エルナは引き抜いた「ブレイブソード」を近くに置いてあった鞘に入れ、盾がある場所に向かっていく。
さて……ふむ。この瓶の中身は何だろうか?蓋を開け、液体の色を嗅いでみるが似たような匂いに心当たりはない。ならばこれらの瓶は全て持ち帰り、調べてみるとしよう。
【道具箱】に瓶を入れ、次に山積みになっている洋紙に目を向ける。【言語】のおかげで何が書かれているかは分かるが、ここで読んでいくわけにはいかない。これも持ち帰ろう。
「ルアさーん!どう?これで少しは勇者っぽくなった?」
「ああ、さっきまでよりは勇者に見える」
「ブレイブソード」と盾を構えるエルナにそう言うと、嬉しかったらしく口元が緩み、笑っている。
他に何かないかと思い、エルナと共に部屋を見渡しているとドアを見つけ、ドアノブを回そうと触れた。そこでエルナでなければ開かない事を思い出したが、どうやらここは違うらしい。普通に開いた。
「ここは……」
入った部屋は内装がまったく違っていた。壁は鏡のようで俺の姿が映っている。しかし触ってみれば、水に触れたかのように波紋が広がっていった。床も壁と同じような物質で出来ているみたいだな。
一体どういった物質なんだろうか?少しでもいいから持って帰りたいが、それよりも興味がある物が目の前にある。
「女……?」
部屋の奥、真っ白な椅子に項垂れるように座る女がいた。腰まで伸ばされた金髪に可愛らしい顔立ち。だというのに、元々は綺麗だったのだろうドレスはボロボロだ。彼女が動いている様子はなく、そもそもこんな場所でただの人間が生きていられるはずがない。
近寄ってみるとその理由が分かった。この女、人間ではない。そもそも生き物ですらない。この女、ゴーレムだ。
正確には俺が作るゴーレムと同様、人間に限りなく似せてあるゴーレムだ。俺のゴーレムもそうだが、このゴーレムもほとんど人間と変わりない。唯一人間と違う点があるとすれば、皮膚となっている合成皮の一部が破け、中身が見えてしまっている事くらいか。
生き物のように血などは流れないが、人間の骨とほぼ同じ形で作り出されている骨格が丸見えである。
「……全体的に劣化が酷いな。おそらく内部も酷いだろう」
制御核装置や合成皮といった工学魔術で作り出す物は【修復】で直す事は出来ない。ここで修理する事は可能だが、時間がどのくらいかかるか分からないな。
とりあえず【道具箱】に入れて、外に出てから修理しよう。
それからこの部屋を構成している物質も少しだけ【加工】で先程と同じ正方形にして持ち帰る事にした。