勇者と神殿
「……ん、着いたか」
どうやら何事もなく無事にフィルアの世界に辿り着いたようだ。俺としては何かあっても良かったんだが、まぁ、いいだろう。
自分の場所を確認しようと辺りを見渡せばあるのは木と茂みと岩、そして────目の前に大きな神殿が建っている。
建てられてから随分と時間が経っているのか、苔があるな。汚れも酷いし、地面に足跡がないという事は誰もここには立ち寄っていないんだろう。
(どうやら無事に着いたようですね)
「フィルアか。この神殿は何だ?」
(その神殿は《古の神殿》と呼ばれています)
曰く、この神殿は先代の『勇者』が何千年も前に建てたらしい。という事はその時代にも魔王が現れたのかと思ったが、その事は聞かない事にした。
面白味がないからな。
「ここは何かあるのか?」
(先代の『勇者』が使っていた武器と盾などがあります)
「へぇ……特殊魔術────【解錠】」
試しに魔術で扉を開けようとしてみたが、それは無駄だった。素手でも開けようとしてみるが、それも無駄であった。
(無理ですよ。開けられるのは『勇者』だけです)
「その『勇者』はいつ来るんだ?」
(いずれ来ますよ。それまではそこで待っていてください。そして来たら自分の事を説明してください。では、失礼します)
フィルアの声が聞こえなくなる。どうやら完全に切られたみたいだな。まぁ、こっちからもやろうとすれば出来るし、何か分からなくなったら話しかけよう。
さて……『勇者』が来るまで暇だし、そもそもどこにいるんだろうか?
「探す為にも地図が必要だからな……特殊魔術────【地図:世界】」
目の前に大量の小さな粒子が現れ、まるでパズルのように回転しながら合わさっていく。
これだけに時間は使うわけにはいかない。待っていたらおそらく11時間はかかるだろうし。
とりあえずこれは一旦消して、完成した頃にまた取り出そう。
「特殊魔術────【地図:現在地及び周囲】」
次に現れた粒子は先程よりも少なく、およそ10分の1くらい。同じように合わさっていき、すぐに完成した。
空中に浮かぶ半透明な地図には俺が今いる場所が矢印で表示され、道や川なども表示される。
指で触れ、移動させると現れた粒子が時間をかけて地図を完成させていく。
こちらの世界地図が完成してしまえば、こんな手間はとらないんだが。
「特殊魔術────【探知:『勇者』】」
俺がいる場所から幾分か離れた場所に緑色の丸が現れる。ここからだと時間にして、約1時間か。
「俺が直接行くか?いや、面倒だしここで休んでるか。特殊魔術────【道具箱】」
空中に様々な色に変化する穴を出現させ、その中に手を入れて最近買ったばかりの小説、「迷いの森に潜む魔女」を取り出して近くの岩に座りながら読み始める。
この【道具箱】は大きさや重さに関係なく収納できる。また、穴の先には時間が存在しない為、例えば温かい料理を入れても冷める事はない。
ピクニックなどには丁度いい魔術だ。
「あれ?お兄さん、こんな所で何してるの?」
「ん?」
《古の神殿》とは反対方向、ここまでに来る為の道の前にいるのは14~16歳くらいの銀髪をショートにした少女。
服は動きやすさを重視した感じで、履いているスカートは桃色。両手には唯一の防具なのか、銀色のガントレットを装着している。
武器は剣らしく、鞘に入れて腰に差しているな。
「ここに人が来る事はないって聞いてたんだけど」
「必ずとは限らないだろ。お前が『勇者』か?」
「えっ?う、うん……みんなそう言ってくるから、そうなんだろうけど」
本人に自覚はまだないのか。だが、この神殿の扉を開く事が出来れば彼女が『勇者』なのかが分かる。
【道具箱】を開き、穴の中に小説を放り投げ、立ち上がる。
その光景を見ていた少女は目を大きく開き、穴を凝視していた。ああ……そういえばこっちに魔術師はいないって言ってたな。
「えっ……ええっ?な、何、その穴?どこから出てきたの?そういった〈スキル〉を持ってるの?」
「〈スキル〉?〈スキル〉って何だ?」
「〈スキル〉ってのは、生きてる人なら誰もが持ってる不思議な力で……って、それよりも!その穴の説明をしてよ!」
〈スキル〉……聞いた事がない言葉だな。もしかしたらこちらの世界の者しか持っていない力なのかもしれない。不思議な力と言っていたが、魔術と似たようなものなのか?それと〈スキル〉は色々な種類があるような言い方をしていたな……。
とりあえず『勇者』の話を聞いてやるとするか。なんだか無視され続けられて泣きそうになってる。
「この穴は【道具箱】だ。この穴の先には俺が集めた物が入っているんだ」
「ア、【道具箱】?それがお兄さんの〈スキル〉なの?」
「〈スキル〉じゃない、魔術の一種だ」
「魔術……?」
やはり知らないか。まぁ、それはそうだ。俺以外に魔術師はいないんだから。となると、そう易々と人前で見せるのは避けた方がいいな。
「魔術って、もしかして大昔に滅んだと伝えられている力の事?」
「滅んだ?ふむ……」
確か俺が伝説になっているとフィルアは言っていたな。大昔に滅んだという事は、その時代に魔術師はいた……その時に何らかの形で世界の壁を越え、俺の事が伝わったのかもしれない。
俺がいた世界とこの世界、流れている時間が必ずしも同じだとは限らないからな。
「俺の名前がルア・バージアと聞いて信じるか?」
「ルア・バージア……確か伝説に出てくる名前だね。それがお兄さんの名前なん……えっ?」
俺の事を信じるか、それとも馬鹿にするか。さぁ、どっちだ──────
「ええええええええっ!!?」
「うるさい」
「あいたっ!?」
驚くのはいいが、大声で叫ぶな。少女の頭を軽く殴ったつもりだったが、どうやら彼女にとっては強かったらしい。激しく痛がってる。
「痛いよ!何するの!」
「叫ぶからだ、それで信じるのか?」
「うーん……でも、さっきの魔術なんでしょ?」
「ああ。こんな事も出来るぞ。特殊魔術────【地図:現在地及び周囲】」
再び地図を出現させる。突然の事に少女は驚き、尻餅をついてしまう。
これだけでもそんなに驚く事なのか。
「な、な、何それ……」
「この辺りの事を記した地図だ。ここが今いる場所な」
現在地を指で差し、彼女に教える。少女は理解しているのか分からないが、ある程度は分かっているだろう……たぶん。
「こんなの見た事ない……ほ、本当にあのルア・バージアなの?」
「ああ。俺がこっちの世界でどんな風に伝えられているのか分からないがな」
「こっちの世界?」
「俺はな────別の世界から来たんだ」
今までの事を少女に説明した。神からの頼みとはいえ、自分の旅に同行すると聞いた時には驚いていたが、今まで1人で心細かったのだろう。
表情はもちろん、言葉からも嬉しがっている事がすぐに分かった。
「そういえばお前の名前は?聞くのを忘れていた」
「あ、私の名前はエルナ・ヨールシィだよ。ルソの村からずっと旅しているんだ」
ルソの村か。後でどこにある村なのか地図で確認しておこう。
とりあえず互いの自己紹介も終わった事だし、そろそろ目的である神殿に入るとするか。
「じゃあ、エルナ。神殿の中に入るか?お前が本当に『勇者』なら、扉が開くはずだ」
「う、うん」
エルナは階段を登り、扉にゆっくりと扉に触れる。そのまま押していくのかと思ったが、そうはならずに扉の中心には紋章が出現し始めた。
まるで鳥を模したと思われる紋章であり、鳥を古代文字と思われる文章が円となって囲っている。
「へっ!?」
「……なるほどな」
エルナが手を離してしまったにも関わらず、紋章が現れた扉は勝手に内側へと開いていった。
これは『勇者』としての素質、または資格を持つ者が僅かでも触れれば、後は勝手に開いていく仕掛けとなっているのか。
「行くか」
「で、でも中は真っ暗だよ?松明か何かを……」
「光魔術────【昭明】」
俺の目の前には眩しい程の光が出現し、暗い神殿の中を照らしてくれた。この光は俺が操る事で遠くを照らす事が出来る他、明るさの調節も出来る。
「これで大丈夫だろ?」
「う、うん……」
何だか元気が無いな。もしかして怖いのか?神殿の中には一緒に入ってきたが、俺の後ろにピッタリくっついているし、俺のコートを摘まんでいるのが見える。
「怖いか?」
「えっ?そ、そんな事ないよ!」
「なら前に出ようか」
「ごめんなさい、嘘をつきました。本当は怖いです……」
正直で宜しい。しかしこれだけ暗いのだ、少女じゃなくても怖いだろう。
『勇者』とはいえ、聞けばまだ旅に出たばかりの事。こういった経験がない為に、暗い場所に慣れていないのもあるんだろうが。
「エルナは魔王についてどの程度知っているんだ?」
「えっと……魔王は自らが生み出した魔物を配下にし、世界を支配しているとしか……あ、でもこれはみんな知っている事だね」
つまり魔王について知っている事は特にないと。知っていても、誰もが知っているような事か。
まぁ、でもまだこっちの世界に来たばかりなんだ。ゆっくりと知っていけばいいか。
「おっ」
「どうしたの?」
「ああ、道が分かれてるんだ」
エルナも俺の後ろから見た事で分かったと思うが、道が直線と左右に分かれているのだ。
このまま適当に行くのは駄目だ、迷えば神殿から出てこれなくなるかもしれない。そうなればここで死ぬという事にもなる────というのが普通である。
「【地図:《古の神殿》内部】」
粒子が集まり、出現した地図を見る。どうやら神殿には地下があるみたいだな。おそらく地下に勇者が使っていた武器や盾などがあるんだろう。
しかし疑問なのは地下へと降りる為の階段がある部屋だが、随分と広い。ここまで広いと何かがあると思ってしまうな。
「この中の地図もあるんだ」
「魔術が使えない場所でない限り、どの場所の地図でも作れるぞ」
地図と明かりを頼りに道をさらに進んでいく。あと、そこの角を左に曲がって真っ直ぐ行き、右に曲がればあの広い部屋だな。
「エルナ、戦いの経験はあるか?」
「えっ、何で?」
「一応だ」
「……まぁ、ゴブリンとかくらいなら倒せるよ。スライムは倒せるけど苦手かな。体に絡み付いてくるし」
スライムはどうでもいいが、倒せてゴブリン程度か……仕方ないとはいえ、なかなかに弱いな。
こっちの世界のゴブリンの強さは分からないが、俺の世界にいたゴブリンは主に冒険者の初心者が戦う相手だった。
「も、もしかして何かと戦うの?」
「いや、そうとは限らないが……まぁ、俺がどうにかするから安心しとけ」
怯えるエルナと共に道を進み、ついに部屋の扉の前に辿り着く。ここも『勇者』であるエルナでなければ開かないらしく、俺が触れても開かない。
「エルナ、頼む」
「あ、開けた瞬間に炎とか飛んでこないよね?」
「飛んできても俺が守る」
「う、うん……」
エルナが扉に恐る恐る触れると、あの鳥のような紋章が出現して開いていく。
摘まむどころかもはやコートを握っているエルナと共に部屋に入ると、壁に付いている燭台に火が灯った。
「ひゃあああっ!?」
「ふむ……エルナが入った瞬間に火が灯ったな。ここで仕掛けが動くのは全てエルナが鍵と考えていいな」
怯え、涙目になっているエルナと手を握って(というより掴んできた)、部屋の奥に進む。
すると部屋の中心に巨大な鉱石と思われる物体がいくつも出現し始めた。合体して人の形を成していき、まるで魔術師の初心者が作るような酷いゴーレムとなった。
「何あれ……か、怪物……?ねぇ、ルアさん────」
「何だ、あのゴーレムは。俺ならもっと人間に近付けられるぞ。しかし、あの鉱石は一体何だ?鉄か?いや、それともこの世界特有の────」
「ルアさん!何を言ってるの!?」
「あ、すまん。ちょっと考え事をしていた」
しかしあのゴーレム、完成したというのに襲いかかってこないな。どうしてだ?
何か理由が……もしかしてエルナか?あのゴーレムが動き出すのもエルナが関係しているのか?
「エルナ、ちょっとゴーレムの前まで行ってきてくれ」
「何で!?」
「あのゴーレムもお前が関わる事で動き出すのかもしれない。大丈夫、危なくなったら守るから」
「嫌だ!」
むぅ……仕方ない、試しに俺が行ってみるか。それをエルナに伝えると、1人じゃ怖いと言ってくっついてきた。
いや、それだとお前もゴーレムの近くに行く事になるが、いいのか?
『…………何者、だ?』
「ん?」
「ひっ!?」
今の声、ゴーレムから聞こえてきたな。なるほど、ただのゴーレムではなく、発言機能が備わっているのか。
いや、そもそもここにはゴーレムの作成者がいない。つまりこのゴーレムには命令されなくても自動に動けるよう制御核装置が組み込まれている可能性が高いな。
しかし動力源はどうしているんだ?魔素変換機能があったとしても、ここの魔素はそれ程濃くない。
ああ、あれか?作成者の魔力を予め注いでおき、動く時だけ魔力を消費するようにしているのかもしれないな。それなら少量の魔力で済むし、どれ程の時間が経っても必要な時にはちゃんと動けるからな。
それから────
『質問に、答えないか』
「ああ、すまないな。俺はルア・バージア、そしてこっちは『勇者』のエルナ・ヨールシィだ」
『『勇者』……なるほど。ついに、この時が来たという事か』
「こ、この時……?」
考えなくても分かるが、魔王が現れる時の事だろうな。
そうでなければ、『勇者』が現れてわざわざここに来るはずないし。
『我は先代の『勇者』がこの神殿に納めた数々の道具を守ると共に『勇者』に試練を与える番人、モルガ』
「し、試練って何?そんなのがあるの!?」
『そうだ。『勇者』とはいえ、力なき者がこの先に進む事は許されん』
「ふぅん……で、その試練ってのは?」
まぁ、流れからして大体分かってるが。
『『勇者』エルナ・ヨールシィが我と戦い、我を倒す。それが試練だ』