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Σ01010-004


「えっ? この二輪車を……ですか? クロさん。」

「そう、この二輪車。嬢ちゃんなら使うかと思ってな。」


 そう言葉を発しながらクロさんは顎を自分が乗ってきた二輪車へと動かし私の視線が二輪車へと注がれる。


「ルーフシールドもついてるし突然雨に降られても大丈夫。

 大きめのリアケースもつけてあるし荷物も結構積めるんだぜ? 物好きな嬢ちゃんが、どっかでなんか見つけても持って帰るのにピッタリだろ?」


 ニカっと人好きのしそうな笑顔で笑うクロさん。


「ん~……私は四輪車しか持ってないので確かに二輪車があれば移動の幅が広がりそうですね……でもいいんですか? 私じゃなくて奥さんやクシーが使うんじゃないんですか?」

「いんや。ウチのもクシーのやつも全然使う気がねぇよ。

 『私は誰かが運転してる車に乗るからいいの』とか『二輪になんて乗れない』って二人そろって言うんだぜ? まぁクシーが乗れないのはしょうがねぇとこもあるけどさ、もうちょっと色々やってみりゃいいのになぁ。」


 そう言ってクロさんは肩を竦めてみせる。

 その表情は残念そうに、そして少し寂しそうに見えた。

 私は危なそうな二輪車を勧められるパイさんやクシーの気持ちもわかるので、どう返答したものか悩み、自然と眉が変な形を作る。


 変な形になったついでに笑ってごまかす事にした。


「あはは……まぁ、クロさんと比べれば、パイさんもクシーも控えめですからね。

 それに二輪車ってなんとなく恐いイメージもありますし仕方ないですよ。」

「まぁな。実際スピード出してコケりゃあ怪我もするし操作するのもそこそこ疲れるからなぁ。

 だが、だからこそワクワクするし、慣れてくればマシンとの一体感があったりして気持ちいいんだがな……分かってくれねぇんだよなぁ。」


「あ、あはは……ま、まぁ私も興味はあってもそんなにスピード出したりとかは出来ないタイプなので、ちょっと共感が難しいかもしれませんけれども……」

「いやいや嬢ちゃんは意外とチャレンジャーだからな。

 きっとその内に楽しくなってきて俺と近い感覚を掴むに違いないと踏んでるね。」


「そ、そうですか? で、でも問題は果たして私が乗れるかどうかっていうのもありますよ? 私……自分で言うのもなんですけど、力もないし、かなりどんくさいですよ?」

「はっはー! 安心しな! 知ってる!」


 あんまりな口ぶりに強めの笑顔を作りクロさんに送ってしまう。

 だけれどクロさんは裏の無い笑顔で私の黒い笑顔に応え、そのまま言葉を続けた。 


「そんな嬢ちゃんの為に加速も俺が乗ってた頃より大分弱くしてある。さらに誰が運転してもコケる事はねぇレベルにシステムもカスタマイズ済みなのさ! このルーフシールドだって実は嬢ちゃん用に付けたんだぜ?」


「えっ!?」

「だってこんなもんついてたらちょっとダサいだろ? 俺はいらねぇよ。まぁ、便利は便利だけどさ。」


「えっ?」

「しっかしよ、やっぱりシステムからいじると全然別物になっちまうんだな……ここに来るまでに色々試しにやってみたんだが、どうやっても全然コケなかった。

 と……いうワケだから運転に関しては安心していい。嬢ちゃんの運転でもコケねぇ! 俺が保証する!

 ただなぁ……なんつーか二輪を運転する面白みまで無くなった感じがするのが気になるよなぁ……コケるかもしれないスリルあっての二輪ってところもあるもんな……やっぱりシステム戻すかなぁ……どう思う?」


「いえいえいえっ! 転ばない方が嬉しいです! システムのサポートが無いと絶対転びますし私!」

「おう。俺もそう思う。」


「というかですね! なんだか私がこの二輪車を頂ける事が前提になってませんか!?

 私、今頂いてもお返しできるような物が無いですよ!? あ、お茶っ葉いります?」

「いやいやいやいや、そこは全然気にしなくていいんだ! ほんとに!

 俺の周りに二輪車乗ってるヤツがいないからな、俺はバイク仲間が増えればそれだけでいいんだよ!」

「ん~……」


 クロさんの反応を見るに、本当に私に乗って欲しいように思える。


 私達が二輪車等を手に入れるには、マザーとネットワークで繋がるΔさんに欲しい旨と理由を告げ納得させる必要がある。

 うまく納得してくれたとしても手配されるまでに時間もかかる。

 所有する二輪車を私にプレゼントしてしまえば、また改めてΔさんとお話する事になるだろうに、なんの対価も求めないクロさん。

 不思議に思っていると、私はふとクシーと遊んでいた時に聞いた愚痴を思い出した。


 クシーは確かこう言っていた。


 『お父さんは、なにかと理由をつけて新しい二輪車を手に入れようとする』


 と。


「……クロさん。」

「ん?」


「一つ質問なんですけど……二輪車を私に譲って頂ける事って、パイさんもクシーも知ってますか?」

「ハッハッハ! もちろん知ってるぞー。当たり前じゃないかー。」


 笑って肯定しながら視線を私から外すクロさん。

 その様子に私はニッコリと笑顔を作って口を開く。


「そうですかそうですか。それは安心しました。

 てっきり私はクロさんが新しい二輪車を手に入れる為の口実に私を使うのかと思っちゃいました。」

「アッハッハッハ! いやいやいやいや。ハッハッハ」


「私に仕方なく提供……そして新しい二輪を…とか、そんなワケないですよね。」

「ハッハッハ! いやいやいやいや。ハッハッハ」


 一切視線を合わせようとしないクロさんに私は、ある種の確信を得た。

 確かに私が欲しいと言ったからと言えば、パイさんやクシーもしぶしぶ納得するように思える。

 だけれど、二人の私に対する心象は少し厄介な物になってしまうかもしれない。


「うふふふ。」

「ハッハッハ!」


 どう見ても気まずくなっているのを笑って誤魔化しているクロさん。

 そんなクロさんには嫌がらせをする事にした。


「じゃあ、折角なので試乗させて頂いてもいいですか?」

「おっ? お、おう? そ、そりゃあいいけど……」

「ん? 何かおかしかったですか?」


「いや、嬢ちゃんにしては、ヤケにすんなり受け入れたなと思ってな……まぁいいか。 じゃあ俺が後ろに乗るから、軽く周りを流しながら操作について説明しようか。」

「ええ、それじゃあそれで、お願いします。」


「えっ?」


「えっ? 『えっ?』ってなんですか?」

「いや、嬢ちゃんなら『いきなり二人乗りとか怖いので指導はΔさんにお願いするから大丈夫です』とか言うかと思ったんだが……」


「いえいえ、クロさん仰ってたじゃないですか。私って『意外とチャレンジャー』だって。だからご期待に応える為にも頑張りますよー! 折角ですしクロさんのお家まで行きましょうか!」


「えっ!? ウチ? いや、いやいやいや。遠い。遠いなー。初めての二輪で行く距離じゃないなー! そこら辺を流そう? な?」

「でも、この二輪はクロさんがメンテしたから絶対転ばないんですよね?」

「お? そ、そりゃあそうだけど……」

「だったら大丈夫ですよ! それにクロさんったら二輪車に乗ってきちゃったんだから帰るには私が送らないとダメじゃないですか? 一石二鳥ですよ!」

「お。おう? そりゃそうだけど、いや、俺は嬢ちゃんの四輪で送ってもらおうと思ってたんだが……」


「いえいえ、折角の二輪に乗れる機会なので頑張りますよ―!」

「あ。あー。この四輪あれだなー。ちょっとタイヤ周りをいじったほうがいいなー。どうだろう? このまま四輪に俺を乗っけてウチまで行ってウチのガレージで俺にちょっといじらせるってのは? ほら道具もいっぱいあるし、それにパイ達にも嬢ちゃん来るかもしれないって言ってあるしさ、な? な?」


「四輪はΔさんにお任せするので、どうぞお気になさらず。」

「……」


 言葉に詰まり無言になったクロさんを見て、私は二輪車の操縦席についてみる。

 座ってみると、なんだか楽しくなってくる。


「さっ、クロさん! 行きましょう! 私、なんだかワクワクしてきました!」

「お、おん……」


 

 クロさんがシステムを改良した事で、私でも問題無く運転ができた。


 クロさんの家に到着してパイさんやクシーと話してみると、やはり二人には私が二輪車を欲しがっていると伝えていたようで、クロさんは皆から呆れたような視線を浴びることになった。


 ここ数日ずっとクロさんは二輪車の改造に取り掛かっていたようで、またクロさん用に戻すのも大変らしく、パイさんが溜め息交じりに「良かったら使って」と言ってくれた。もちろんお断りしようとしたのだが、どうやらしばらく二輪車を手元に無くなる状態にする事を嘘を語っていたバツにするらしく協力させてもらう事にした。


 こうして私のガレージに二輪車が増えることになった。


 パイさんやクシーがお説教を始めそうな雰囲気になっていた為、私は帰路を二輪車で走る。

 二輪車に乗りながら感じる夏の終わりを思わせる夕暮れの日差しは、どこか柔らかく。頬を撫でる風も心地良い。


 ふと、空が気になり停車し見上げると『鳥』が目に入った。


「わぁ、鳥だ。珍しい。」


 『鳥』は悠然とした姿のまま一定速度を保ち、ゆっくりと空を移動して行く。


 私はただ、それを見送るのだった。

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