Σ01010-002
「それじゃあ。
楽しみにしているわ。」
「はい。」
私をからかえた事に満足気なシロさんに、今作っているドクダミ茶が美味しいお茶になったらプレゼントする事を約束し、助手席の足元に容量いっぱいに湧き水の入ったポリタンクを置く。
からかわれた事に多少の不満はあるけれど、本当は水を汲む必要がなかったシロさんが私をからかう為だけに、その小さな身体で水を汲み、頑張って家まで運ぶ事になったのだから逆になんだか申し訳ない。私もシロさんも、そんなに力は強くないのだから。
運転席に乗り込みシロさんを見ると、既にベンチに座り直して本の続きのページを探し始めている。
「また来ますね。」
シロさんに声をかけ手を振ると、シロさんは捲っているページに指を挟んで本を閉じ、小さく手を振って見送ってくれた。
車を動かしながらバックミラーでシロさんが読書に戻ったことを確認し、私も前を向き、安全運転を心がけて私以外の車の姿のない車道をゆっくりと進んでゆく。
Δタイプさんの仕事と思われる綺麗に整備された道路に車を走らせながら、また思考は旅に出る。
思ったよりもずっと早く、今日の冒険が終わってしまった。
今から家に帰っても、お昼頃にはついてしまう。
きちんと家に帰るまでが冒険だけれど、余りに呆気ないのは少し寂しい。
何かをしようか考えた私は、一つの考えに行き当たり、つい溜息が漏れる。
「はぁ……ぽっかり時間が空いたのも、面倒くさがらずに病院に行けというマザーの思し召しかもしれませんね。」
私は車を路肩に止め、カーナビゲションシステムの目的地に病院を登録し、少し憂鬱な気持ちになりながらアクセルを踏んだ。
--*--*--
何度となく利用している病院の駐車場に車を止め、白塗りの建物の自動ドアをくぐる。
病院の中には何人かの姿があり、私はすぐに受付へと向かう。
カーナビゲーションシステムの登録で受診予約は行われているから、そんなに待つこともないだろう。
受付に居るΔタイプに声をかけてみる。
「こんにちは」
「ようこそ。シグ。
確認。タイプΣ個体識別ナンバー01010。」
「はい。Σ01010です。」
「本日のご用件は?」
「右足の切り傷を直したくて来ました。」
「かしこまりました。
このまま診察室へお進みください。」
「はーい。ありがとうございます。」
勝手知ったるなんとやら。
受付のΔタイプにお礼を言い、足はすでに診察室へと向かい始めている。
すぐに診察室の前に到着し閉まっているドアを4回ノックすると、すぐにドアが開き、白衣をまとった壮年の男性が椅子に腰かけたまま私を見て口を開く。
「やぁ、シグ。切り傷だって?
また料理とかに挑戦して失敗したのかい?」
「こんにちは。カッパさん。
今回は山に入ろうとして草で切っちゃいました。」
「山? まぁシグらしいと言えばシグらしいね。じゃあ傷を見せて。」
「あ。」
しまった。
今日はスカートじゃなかった。
布地の力強さに定評のあるジーンズ先生を履いてるんだった。
捲ろうにもちょうど捲りにくいような位置にある傷。
今日何度目かのため息をつきつつ、腹をくくってジーンズを脱ぐ。
カッパさんは脱いで当然と思っているのでなんの反応もみせないけれど、しっかり服を着ているカッパさんの前で私だけ服を脱ぐのは、なんだかとても恥ずかしいのだ。
カッパさんはやはり、脱いだ私の足をなんのお構いもなしに持ちあげて傷をのぞき込む。
私は表情を変えずにそれに耐える。
「ふむ。生体皮膚の軽微な裂傷。
おや? ……少し生体皮膚の炎症反応も確認できるね。痒いと感じるかい?」
「いえ、特には。」
「傷自体が小さいからかな? ふむ。」
本当は少しの痒みがあるけれど、問診を早く終わらせたくて嘘をついた。
カッパさんは顎に手を当て、一つ頷く。
「よし。修理にかかろう。
念のため炎症付近の生体皮膚を切除しておくから、そこに横になって痛覚は遮断するように。」
「はーい。」
私は指示通りにベッドに横になり、神経回路を操作し右足の痛覚を遮断する。
「見てても寝てても、どっちでもいいからね。」
カッパさんはメスを片手にそう言った。
「怖いので寝まーす。」
「おやすみ。」
自分の足に刃物が当たるのは、やはりとても怖いのだ。
病院は恥ずかしいし怖いし、あんまり好きじゃない。
私はすぐに目を閉じて眠りについた。