episode:007 進退窮まる
私が足を進める度、薄暗さが増していく。
周囲の雑音も大きくなりもはや何も聞こえない程に大きくなってきていた。
周囲に案内板らしきものもない。
分岐点など無い一本道だったから、間違っていないとは思うのだが。
しかし、こうも進展がないと、そもそもこの通路自体が見当外れのものではないかという疑問が湧いてきていた。
あと少し、進んでから引き返そう。
そう思いながらもあきらめずに進む。
不思議と疲れはなかった。
のどの渇きはあるが、切迫したものではない。
しかし、今のうちにライフラインを確保しておくことは大事だ。危機に瀕してから探していては、生き残れない。
船内時間で200年というのは大きかった。
ほとんどの設備がメンテナンスなしで稼働している。修復装置もあるが、それですらメンテナンスが必要だ。
船員たちがいないのであれば、当然不具合が生じていてもおかしくない。
現状では何も起こっていないが、これから先の事はまだわからない。
場合によっては航行不能の状態もありうるのだ。
船員たちがいきなり消えたとは考えにくい。何かしらの原因があったとしても、その痕跡が残っているはずだ。
しかし、船内を詮索している限りにおいて、その痕跡らしきものは発見できていない。
船室も何もかもが無人。そもそも船員がいたかどうかも疑わしかった。
そして、探索の道は意外にあっさりと終わりを迎えた。
通路が唐突にして終わっていたのだ。
目の前には無機質な壁。継ぎ目のない一枚の鉄の壁があった。
「行き止まり?」
「どうやらそのようです。
現状の状況からして、出発地点に戻るのが最良だと思われます」
うさちゃんの答えはそっけない。
マップデータが得られない状況で闇雲に進むわけにはいかない。
提案された通り、元の地点に戻るのが正解だろう。
「方向はこの方向で間違いないの?」
「現状の状況から考えて、今向かっている方向がカルネアデスの中央部だと思われます」
中央部は生態区域、船員の精神的安定、また二酸化炭素や有害ガスなどの自然浄化を目的としたバイオスフィアだ。
キノコの傘の中央部、傘の半径100kmの内の50km、つまり100kmの円状の区画がバイオスフィアとして機能している。この区画に辿りつければ、最悪食料の確保ができるのではないか。
うさちゃんの提案を受けるまでもなく、私もバイオスフィアの区画に向かうことを考えていた。
少なくとも、この無人の区画よりは何かしら動くものに出会えるのではないか。
そんな期待もしている。
「提案。この場からの撤退を提案します」
「・・・・」
私は上を見上げた。そこには大量の管。
下を見ると、管・・・しかし、そこにわずかながらの隙間を見つけることができた。
しかし、足場がない。管と管の隙間に身体を入れることができたとしてもその先がどうなっているのか全く分からない。
暗がりの中、このまま真下の闇に身を投じるにはリスクがあった。
「・・・風?」
わずかだが、風の流れを感じる。
機械の熱が対流を作り空気の流れを作り出しているのだろうか。
しかし、私はその中にわずかではあるが、異質な匂いをかぎ取ることができた。
この清潔な空間において感じとれる異質な匂い、どこか懐かしい植物の発する独特な匂い。
それは、有機生産施設の稼働中に漏れた気体の一部かもしれなかった。
それでも、この場を打開する目的としては十分だった。
「うさちゃん、私下に向かう」
「ミライ様。危険です」
「わかってる。でも、このまま船内を歩き回っても何も解決しないの!」
「・・・了解しました。瞳孔を拡大させます」
下は暗黒に近い状態だった。
うさちゃんが瞳孔を拡大させ、わずかな光でも感じ取れるようにしてくれる。
これは目に負荷がかかるため、通常では決して行われない事項だった。
それを圧してまでの状況であるということなのだ。
「ごめんね。うさちゃん」
「私に謝る必要はありません。ミライ様の行動をサポートするのが私の役目です」
うさちゃんの言葉に、私は頷く。
「それじゃ、行くわよ」
「了解です」
私は意を決して、下に広がる暗闇に身を躍らせた。
■バイオスフィア
かつて地球上で行われた宇宙空間での生態系の研究、また巨大な密閉空間の中に造られたの人工生態系のことを指している。8名の人間が閉鎖空間で生活し2年間ごとに要員を交代していくというものであった。
実験は100年継続を目標としていたが、計画は2年で頓挫している。
二酸化炭素、食糧問題、そして人間関係。
様々な問題が発生し、計画は難航した。
この実験の失敗の原因は様々であるが、そもそも地球の環境を狭い空間に再現させるという計画そのものが無理な課題であった。
広大な面積に自然環境を作り出し、その中での自浄作用、食物連鎖などを何の手も加えることなく実現してこその「地球環境の再現」なのだ。