フィオナ――王女にして聖女 4
父母と私は、護衛と共に頃合いを見計らって離宮を出て、城の外へ向かっていた。
離宮の庭園は狭く、突き抜けるのに数分とかからない。戦線はまだ遠く、辺りはしんと静かだ。それでも息を潜めて、私たちは行く。
すでに空は白ずんでいる。予定より、もう幾時間も過ぎていた。もはや宵闇の助けは得られまい。
物心ついてから初めて、私はこの離宮を出ようとしていた。
その時だ。
「如何されましたか?」
私は、足を止めた。眠りの途中で起こされ、疲れ切った私は短い白昼夢を見ていた。
訝しる後ろの護衛が声をかけるが、ほとんど耳に入っていない。
はじめて見たその夢に、心臓が早鐘を打ちはじめる。
ここ数日、眠りすぎてずっとかすみがかっていた私の意識が、はっきりと冴えた。
――まさか、まさか、そんなことが……!!
深く考える暇もなく、私は駆けた――父母たちとは違う方へ、一心不乱に。
慌てた護衛が追いかけてくるが、あえて複雑に作ってある庭園の道を私より知っている人はいない。
あそこを曲がり、そこを突っ切って、また曲がり――
行き当たった塀の扉からかんぬきを抜いて、はじめて、離宮の外へ。
それでも構わず走る……走り続ける。
石畳の道の向こうに、小さな影が見えた。剣を握ったエリザベスが、たった一人でやってくる。
「エリザベス!」
私は喉の奥から叫んだ。もうすぐだ、もう少しで――。
エリザベスは、目を一杯に開き、立ち止まる。
「フィオナ!!」
「ばか!!」
私は走ることを止めなかった。
エリザベスの後ろ、しげみから、隠れていた兵士が剣を振りかぶる。エリザベスは気づいていない。夢の通りだった。
「エリザベス! ――ねえさま!!!」
姉を突き飛ばし、身代わりとなった私は、その剣に腹を突かれた。
倒れこんだ石畳は冷たく、空からは雪がちらつく。
エリザベスは兵士へと剣を突き立て、抜き取ると、呆然と私を見た。
そして私は、終わりの時を迎える――。
「あなたなんて、だいきらいよ――――」
エリザベスの瞳にたまる涙を見て、私は静かに瞼を閉じた。
よかった、想像していたより、痛くはない。もうそんな感覚、どこかへ行ってしまった。
私は、ここで死ぬ。大嫌いなエリザベスをかばって。
なぜだろう。離宮の庭園で、エリザベスが殺されるかもしれないと分かった瞬間、目を醒ますほどに焦りを覚えた。
「フィオナ! フィオナ!! 目を開けてフィオナ!!!」
エリザベスの叫びも、もう耳に遠い。涙がぽとぽとと、私の髪に落ちてくる。
私のたった一人の姉。哀しんでいるみたいだ。
――ざまあみろ。
私は、思い出していた。私が死ぬ夢を初めて見るまで、エリザベスのことが大好きだった。私の夢にしか興味を持たない父母と違って、彼女は幼い私を慈しみ、愛してくれたから。
私が、神の愛娘なんかじゃなければ、今もまだ、大好きなままでいられたのだろうか。
嫌いになる必要もなく、仲の良い姉妹だったかもしれない。
でももう、今更だ。
今更、エリザベスのことなんか好きにはなれない。
けれどもしも、次、またこの世に生まれてくるのなら、出来れば――――。
意識が遠のく。そして私は、ゆっくりと死んでいった。