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聖女の最期  作者: 梅子
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フィオナ――王女にして聖女 3

 エリザベスが嫁ぎ、三月が経った頃――父は隣国へ宣戦布告した。妃として嫁したはずのエリザベスが虐げられ、ついには夫に殺されたというのが理由だった。


 元々の国力差に加え、突然布告された形の隣国に、なす術はない。

 あっという間に首都は包囲され、王家の人間はことごとく首を落とされた。ただ一人、王子でもあるエリザベスの夫を除いて。


 王子は現在行方をくらましていた。父は、草の根をかき分けてでも必ず見つけ出して、エリザベスの無念を晴らさねばならないと、宣言している。

 もちろん、心にもないことだ。

 実際は、すべて父のでっち上げにすぎない。エリザベスを殺したのは父である。その罪を王子にふっかけて、戦争を仕掛けるための口実を無理やり作ったのだ。隣国の銀山を狙って。


 父の思惑など、誰もが承知の上だったが、周辺諸国は沈黙を保った。

 実際に教会がエリザベスの死亡を認めた以上、大義名分はこちらにある。それは国家間の争いにおいて、最も重要なことだ。


 ただ、エリザベスは生きている。夫と共に父王が放った暗殺者をはね除け、わずかな護衛と共に現在も身を隠しているはずだ。

 彼女らの運命は過酷だ。教会はすでに父が抱き込んでいる。戦争にも既に負け、王族はほとんど死んだ。


 それでもエリザベスは諦めない。逃亡の中、旧王軍の残党をかき集め、計画を練る――。


 元々この国も、重なる飢饉や貴族の横領、王后の贅沢で、民は餓えていた。だからこそ、父は強引に隣国の銀山を奪い、属国としたのだ。

 鍬を抱えた民、周辺の小諸国による密かな援助が合流し、エリザベスの勢力は徐々に、徐々に、膨れていった。

 貴族の中にも、平民に与する者が出てきた。


 ここのところ、父母は毎日の様に私に会いに来ている。

 縋り付く様にして、私の夢を聴きに来るのだ。


 ――やがて、王城の周りをずらりと反王国軍が取り囲んだ。

 隣国を同じような形で落としてから、二年後のこと。


 崩壊の足音は、近づいている。






 きっかけは、一つの石だった。

 あくまでもエリザベス含む反王国軍の中枢は話し合いを望み、王の謁見を要請したが、それが一向に通らない。

 三時間が過ぎ、五時間が過ぎ、半日が過ぎた宵時――。


 じれた農民の一人が、城を囲む塀に向かって石を投げ、驚いた兵士が、塀の上から発砲した。

 それが火種となり、人々は一気に攻撃を開始。反乱軍も兵士も興奮のるつぼと化し、互いに大砲を引っ張り出しての戦闘となった。

 報告によれば、エリザベス(父が言うところの偽物)は何とか戦闘を食い止めようとしたけれど、何千もの人々に声を荒げたところで叶わず、既に剣を抜いたという。


 遠くからは大砲の音が続いていた。

 籠城の利で今は何とか食い止めているが、多勢に無勢だ。時期にこの離宮も戦場となるだろう。

 近衛兵の一人が、顔を引き締めて口開いた。


「暁に、開城します。うす闇と戦場の混乱に乗じて逃げましょう。どうかご覚悟を」


 下男下女の格好をした父母が、悲壮な顔をして頷く。

 父が一部の貴族と企てた亡命計画。有事の際には少数の近衛兵が護衛となって私たちは逃げ、街の外に用意してある馬車で母の故国へ助力を求めることになっていた。


 父は私と母の肩に手を置いて、微笑んだ。


「安心しなさい。お前たちのことは私がこの手で護ろう」


 その言葉には、自信に満ち溢れていた。

 この期に及んでも、父は自分たちに危険が降りかかることは一切ないと、信じきっている。私が――神の愛娘がついているから。


 明らかに不穏な空気が国に漂い始めてから、父と母は薬まで処方して私をたくさん眠らせ、毎日私の夢を聴きにきた。


 “この国の未来は?”

 “私たちの行く末は?”

 “どうすればこのまま、王とその妃として君臨できる?”


 不安でいっぱいの父母に、私はいつも答えた。


 “夢の中では、特に何もなかったわ。”

 “お父様は今よりお年を召していて、私にドレスをプレゼントして下さった。”

 “お母様はピアノを弾いて下さったわ。でも、すこし間違えてらしたのよ。”


 それを聞くと、二人は安心し、また政務に、サロンにと戻って行く。けれども少し時が経つとまた不安になって、私が何か恐ろしい夢を見なかったか、怯えてやって来る。その繰り返しだった。


 それを晴らす為に、私は日に何度も眠って、何度も夢を見て、嘘ばかりを並べた。

 だからこそ、父はこの戦争も終わってしまえば未来の私にとって取るに足りない出来事だったのだと信じている。


 けれども、本当に毎日見ていたのは私が殺される夢。そう遠くない未来の悪夢ばかり。

 何度もなんども、私はエリザベスを睨みながら死んでゆく。そして、目を覚ます度にエリザベスへの憎悪を募らせるのだ。


「フィオナ、少し眠りなさい。何かあればすぐに起こそう」


 父はそう言って、離宮の地下室に置いた寝台に私を横たわらせた。

 周りは近衛兵が囲み、母が無理やりシーツを被せてお腹の辺りをとんとんと叩く。


 私はもう、疲れ切っていた。

 眠すぎて頭は重く、からだを動かさないため手足はさらに細くなってしまった。これでは、本当に病人だ。

 もう眠りたくなんてない。でも、長年染み付いてしまった習慣で、私はすぐに眠ってしまう。

 結末の分かりきった、夢を見る――。






「フィオナ、フィオナ……」


 母が私の肩を揺さぶり起こした。


「なにか、夢は見た?」


 縋り付く様な母の手。私は首を横に振った。


「なにも……」

「そう」


 母はため息をついた。

 まだ暁まで時間がある。不安に堪え切れず、早くに私を起こしたのだろう。もう一眠りするほどの余裕はない。


 私は、ぼーと寝台から起き上がった。

 私の最後の一日が、始まった。

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