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聖女の最期  作者: 梅子
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フィオナ――王女にして聖女 2

 エリザベスの嫁ぎ先か決まった。隣の、吹けば飛んでしまいそうな小さな国だ。

 夫となるのは現王太子の第一子――順調にいけば次々代の国王である。エリザベスは未来の国母となるのだ。


 婚礼の準備は滞りなく進み、エリザベスも明日には出立する。通例に従って今晩、王宮には王族が集まり、彼女の為の晩餐会が執り行われた。

 もちろん、私がそこに参加することはない。一応、招待状だけは届いたが、返事ははじめから決まりきっている。いつも通り、離宮での夕食を終えた。


 何だかんだ晩餐会の方も、もう間もなく終わるだろう。エリザベスを惜しむ者は誰もいない、形だけの会だ。予定時刻より長くなることはまずない。

 それに、私は夢で見て知っているのだ。

 エリザベスはもう間もなく、この離宮にやって来る。最後に私と会って、直接話がしたいらしい。


 拒むのは簡単だ。でも、来たければ来ればいい。

 私は自室から外を眺めて、その瞬間を待っていた。


「――フィオナ」


 がさごそ、窓から一番近い木が揺れて、小うるさい。

 私は冷たく、一番太い枝を選んでまたがるエリザエスを窓越しに見た。


 夢の通り、エリザベスは猿みたいに木を登って来たようだ。そうでもしなければ、この離宮には入れないと思っているらしい。

 私と目が合うと、彼女は悪戯っぽくしー、と人差し指を唇に当てた。仕方なく、窓を開けてやる。


「こっそり会いに来ちゃった」

「……私は会いたくなんてなかったけど」

「そっか」


 エリザベスは笑った。いつもみたいに。


「……何しに来たの」

「まあまあ、私も明日にはここからいなくなるんだからさ。最後に、少しだけ話しがしたくって」

「ならもう用はすんだわね。帰って」

「ええ。でももう少しだけお話ししよう。いいでしょう?」


 両手を組み、祈る様に私を見る。

 思わずため息が漏れた。けれどもエリザベスはそれを了承の意と受け取ったらしい。どんな神経しているのよ。


「ねえ、フィオナ。向こうでも手紙を書いて送ってもいい?」

「いやよ。届いた瞬間暖炉に投げ入れるわ」

「うーん……じゃあ、何か欲しいものはあるかな? 手に入るものがあれば、送るよ」

「一切ないわね。あなたに頼むくらいなら、鳥にお願いした方がましよ」

「欲がないんだねぇ、フィオナは」


 私はいい加減、いらいらしてきた。


「ねえ、いつまでくだらないことばかり話し続けるつもり? 私ももう寝たいのだけれど」

「あ、そうね。もうこんな時間だから……」


 エリザベスは、目を伏せた。

 彼女がこんな顔をするときは、ろくなことを考えてない。


 どうせまた、私のことを見下して、同情しようとしているのだろう。はっきり言って、余計なお世話だわ。


 喉の奥からこみあげてくるものを抑え込んで、私は腕を組み、唇を噛んだ。


 エリザベスは、さんざん言葉に迷って、それでも「最後だから言ってしまうね」、と、まっすぐ私を見つめた。


「フィオナ――愛しているわ。もう会えなくなるのがさみしい。どうか元気でね」


 かつて夢で見た通りの台詞だった。……本当に最悪ね。


「……それを私に向かって言う?」


 私は鼻で笑った。

 エリザベスは、やっぱりエリザベスだ。

 無神経の、偽善者。大嫌い。

 私は、苛立ちを隠すことなくまくしたてた。


「どうか元気でね、って、私がここを出られない理由を知っているでしょう? なんのためにお父様がこの離宮を用意して、外出も他者の面会も、ぜんぶ制限しているのか知っているわよね?」

「それは……」

「今日の晩餐会を断った理由は聞いていなかった? なら教えてあげるわね。病気だからよ。外に出るだなんてもってのほか。それくらいの配慮をしなければ、生まれつき虚弱な私は生きていけないの。ここを出たら死んでしまうの。今後も、決して治ることはないわ。ええ、もちろん実際には命の危機なんて、一度も患ったことはないけれどね。でもそうでなければならないのよ、この国に残るためには!」


 私が神の愛娘だとわかったとき、父はすぐに教皇へ手紙をしたためた。


 ――王女が海を越えて陸を渡り、教皇猊下のおわす大聖堂まで旅するなど、不可能である。神の愛娘である王女は国が責任をもって保護する。もちろん、王女の病が晴れればいつでも猊下の下に送り届けよう――と。


 神の愛娘は本来、教皇の管理の下、大聖堂で暮らすものだが、病がちな王女では長旅を越えられぬ。そう説いて、私をこの国に引き留める大義名分を作ったのだ。


 父は医師と枢機卿を買収し、確かに私が寝台から降りることすら難しいと嘘の報告をさせ、この離宮をくれた。

 それからは何年かに一度、船団を作って私を教皇の元に送ろうとするけれど、なぜかいつも出発の直前に私が伏せってしまい、頓挫。父の手紙によると、どうも私の病はなかなか晴れないらしい。

 当たり前だ。全部嘘なのだから。


 エリザベスはうつむいた。さすがに先ほどの自分の言葉が、いかに無神経であったのか悟ったらしい。


「ごめん、そんなつもりじゃなくて……」

「別にいいわよ。あなたにしては出来のいい皮肉だったわ」

「本当に違うの。ごめんなさい」

「……もういいわよ。いい加減、帰って」

「フィオナ……」


 エリザベスが困ったように私を見る。

 でもそこに、いつもの笑顔はない。


「あなたなんて、大嫌いよ……」


 私は泣いていた。最悪だ。止まらない。右手でなんとか涙を拭う。

 エリザベスはショックを受けたかのように肩をおとして、うつむいた。


「……ごめんなさい。フィオナ――さようなら」


 エリザベスがゆっくりと、木の幹を伝って降りてゆく。私はそのまぬけな姿を、ずっと見ていた。


 きっと、バカなエリザベスは私と会うのはもうこれが最後だったと思っているのでしょう。

 でも、そうではないわ。エリザベスとはこれで終わりではない。後一度だけ、向き合わなければならない時が来る。


 それは、私が死ぬときだ。


「嫌いよ。エリザベスなんて、大嫌い」


 何度も何度も、言わなければ気が済まなかった。

 あなたのせいで私は死ぬ。死ぬのだ。


 エリザベスは私を殺す。私を憐れむ。私をこの上なく苛立たせる。

 そして――私を置いて行く。


 その晩、疲れて眠りに落ちるまで、私の涙が渇くことはなった。

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