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今日もあなたを見れて幸せです!

 今日も疲れたなぁ。


 ふぅ、とため息がこぼれる。

 高校二年生になってから、新しい環境に日々、神経を費やしている気がする。

 親しい友達ともクラスが離れちゃって寂しい思いをしていた矢先、このままではいかんと自分を奮い立たせてなんとか新しい友達は出来た。

 それでも、その子は運動部なのもあって昼も放課後も日々、部活動に励むものだから結局は私はクラス内で一人で過ごすことが多い。

 それなりにクラスで男女ともに気軽に話はできるからぼっち感覚はあまりないのが幸い。だが、日頃の疲れはやはり感じるものである。


 そんな私、高槻(たかつき)(なぎ)にも癒しの場というものを持っている。


 今日は金曜日。社会人で言うところの『華金』だ。今週いっぱいおつかれさま! という意味も込めて私はその心のオアシスに学校帰りに足を向けた。


(今日もいらっしゃいますように)


 願いを胸に、深緑色のドアを開く。


「いらっしゃいませ」


(いたーー!)


 鮮やかな茶色の髪に、私にとって眩しい笑顔が視界に入り、期待が現実になった喜びで胸がいっぱいになる。

 そう、私はこの人を目当てにこの扉をくぐったと言ってもいい。名前はまだ知らないのだが、私の憧れの人だ。

 にやけてしまいそうな顔を精一杯引き締めて、ぺこりと反射的に頭を下げ、空いている席を見つけて腰掛ける。

 ここにはカウンター席もあるが、あの人が近くで作業している姿を目に納めながらなんてそんなのムリだ。

 だって、挨拶されただけでもうほっぺが熱い。

 この想いに勘づかれるのは避けたい。だから、いつも彼とは距離を置くようにテーブル席に腰掛ける。


(でも、会えたから今日はもうこれで充分だなぁ)


「おっ、凪。今日も来よったな」


晴彦(はるひこ)兄さん」


 陽気に笑う金髪のこの人は近所に住んでいる徳山 晴彦さん。

 私のことは幼稚園の頃から知っている彼は今年、大学二年生になったと聞いている。ご両親が関西の出身のようで、知り合った頃から彼は関西弁だ。

 生の「なんでやねん」と聞いた時は『絵本と一緒のこと言ってる!』とものすごくはしゃいだのを今でも覚えている。

 晴彦兄さんはお盆に乗せてきたおしぼりと水をテーブルに置いて、注文表を手元に引き寄せた。


「毎週金曜日の特等席、空けといたったで」


「あ、そうなの? 邪魔だったら言ってね。ちょっと勉強するだけだから」


「嘘やて。ただの自然現象やて。そない遠慮せんでええさかい、のんびりしときー」


「(自然現象って…)うん、でもありがとう」


「いつもの紅茶でいくか?」


「うん、お願いします」


「たまにはコーヒーとかいってみぃひん?」


「(今お願いしますって言った…)薫りしか楽しめないので却下」


「あかんかー。揺るぎないなー、紅茶派は」


「お子様で申し訳ないです」


「ストレートでええか?」


「うん」


「了解! ほんなら、勉強頑張りぃ」


 ぽん、と肩を叩いて、晴彦兄さんはカウンターに移ったあの人に注文を伝えた。

 その様子を見て、えっ、と目を見開く。


(もしかして、あの人が淹れてくれるのかな…)


 今はこの二人で店をまわしている様子から、どうやらそのようだ。


(嬉しいな…)


 今度の喜びはさっきの比じゃないぐらい大きくて自然と口角が上がる。慌てて隠すように手を口元に持ってきて、すぐさま勉強道具を鞄から出す。

 紅茶が来るまではテーブルの上には広げられないので、膝の上に必要な物は置いて、なんとはなしに周りを見る。

 ここは以前はコンビニだったのだが、いつの間にか潰れて、オシャレなカフェになっていた。

 前々から美容院になったり、コンビニになったりと店の立ち替わりが激しかったが、今はこのカフェ店で落ち着いている。

 外装も内装もここのオーナーのこだわりなのか、自然色で統一されていて、棚やちょっとした小物は深緑色が主だったりする。観葉植物まであって、静かな空間になっている。

 窓際はまだ明るい光が入ってきていた。私の座っているところは窓際とは真逆だが、あの席に座れば柔らかい日差しに包まれているようで息抜きにはぴったりの場所だと知っている。

 知人に見つかるのがイヤでこんな奥まったところを選んでいるが、今度は勉強じゃなくて普通に紅茶を飲みに来たいな、と考えが頭を過ぎるが、いかんせん、お金がない。

 またお小遣いの日まで我慢、我慢だ。


「お待たせしました。ストレートティーです」


「?!───あ、ありがとうございます…」


 突然の彼の登場に戸惑いが声に出た。

 晴彦兄さんは…? と思い首を巡らせるとカウンターに頬杖をついてにっこりと手を振っていた。


(何故にそこ───?!)


 あの意味深な笑みに、晴彦兄さんには私のこの人に対する恋心に気づかれているのでは、と勘ぐってしまう。

 なんにせよ、これは絶好の機会にちがいない。

 彼がポットやカップを置いている時に、さりげなく彼の胸元を見る。


(Ku、do、u…く、どう?)


 名札に書いてあるローマ字をすぐさま記憶に焼き付け、彼の顔に視線を移す。


「茶葉が開きますので、砂時計が落ちるまでお待ち下さい。ポットも熱くなっておりますので触れる際は気を付けてくださいね。それでは、ごゆっくりどうぞ」


「は、はい…!」


 ここに来る度に晴彦兄さんが対応してくれるので、彼とまともに言葉を交わしたのはこれが初めてだ。

 まさかこんな丁寧な接客があるとは思わなかった。

 言っている内容自体は同じなのだが、晴彦兄さんの場合は幼なじみということもあって気安さがある。

『凪も猫舌やし、無理せんと飲み』と優しさなのかちょっかいなのかわからない言葉までついてくるのだが、さすがに今回は違うようだ。

 遠ざかる後ろ姿を呆然と見送る。

 カウンターに戻った彼に、晴彦兄さんはにっかりと笑って迎え入れていた。

 店内もディナータイムに入ろうとしているからか、ちらほらと人はいる。

 距離的にも彼らの話は聞こえない。だから、ちょっと気になる。


(……勉強しよ)


 悶々と考えたってわからないものはわからないのだから、と早々に気持ちを切り替える。

 今日は金曜日。果たしてこの英語と数学の宿題はどこまで終われるか、今からが時間との勝負だ。

 意識が勉強に向く前に、出された紅茶に目を留める。


(……いい声だったな)


 声フェチ、というわけではないのだけれど。

 あんな近くで声を聞けたことが何よりも嬉しい。


(クドウさん、か…)


 あの人の淹れてくれた紅茶は、ちょっぴりいつもと違う味わいに感じられた。

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