冒険1歩目
目を開けた瞬間鮮やかな色彩が網膜を彩る。
柔らかな日差しが肌を照らし、過ぎゆく風が緑の匂いを運んでくる。
目の前に開けたのは森の中に拓かれた小さな広場だった。
小さな虫が蜜を求めて飛びかい、様々な色取りの草花が甘い香りをにおわせる。
視界の端では一羽のウサギが顔をのぞかせては草を食んでいた。
あまりに幻想的な風景に一瞬夢なのかと頬を抓るが確かな痛みとともにここが現実であることを知らせてくる。
もっともここはVR空間に作られた空想の一つでしかないのだが。
完成度の高さに溜息をもらしながら一歩踏み出すと、森がまるで出迎えるかのように自分を包み込むのがわかった。
まさかこれが仮想空間なのだと誰が信じられるだろうか。
ひとしきりこの空間を堪能すると、木陰の切り株に一人の老人が座っているのが目に映った。
一体いつからそこにいたのだろうか。
老人もこちらが注目しているのに気付いたのかチョイチョイと手招きをしてくる。
多少警戒しつつも近くへ行くと、その皺に包まれた風貌に似あうしわがれた声で声を発した。
「おぬしが新しくこちらに来た稀人かの?」
しばらく戸惑って何も言えずにいると老人が続けて言う。
「そう警戒せんでよろしい、ワシはここで新しく来る稀人を案内する役を担っておる。
気軽に『ちゅーとりある爺さん』とでも呼んでくれるといい」
どうやらこの老人は案内NPCらしい。
とりあえず気になったことを質問してみる。
「稀人……とはいったい、何ですか?」
老人が訝しげにこちらを見上げると納得したように頷いた。
「ほうほう、『稀人』とはおぬしらの言う『ぷれいやー』? とかいうやつじゃ。
ここ最近急激に増えておるの~、ふぉふぉふぉ」
どうやら俺のことらしい。
「この世界、『アナザーアース』に降りる前に容姿など『せってい』を決めてもらわんといかんでの。
とりあえず表示される『うぃんどう』にしたがってこの世界での在り様を決めてしまうのじゃ」
そういって軽く手を振ると目の前に半透明の板が現れた。
設定すべき各種項目は
名前
種族
スキル(5個)
のようだ。
ステータスは種族によって違うらしい。
まずは名前から決めることにしよう。
俺の本名は矢代悠里なので無難に『ユーリ』と入力する。
次に種族の選択。
種族は人間、獣人、エルフ、ドワーフ、竜人、魔人があり、それぞれに得意不得意がある。
特徴はそれぞれ
人族:平均的種族。可もなく不可もないが器用貧乏になりやすい。
種族特性:<早熟>スキル経験値+25%
獣人族:素早さと攻撃力が高く魔力と精神力が低い。
種族特性:<獣化>Str・Agiを+30%、Mag・Mndを-15%
エルフ:器用さと魔力が高く攻撃力と体力が低い。
種族特性:<精霊の加護>属性ダメージを半減、属性攻撃力を倍加
ドワーフ:器用さと体力が高く素早さと精神力が低い。
種族特性:<匠の技巧>生産品の性能を+50%
龍人族:攻撃力と体力が高く器用さと魔力が低い。
種族特性:<竜化>Str・Vitを+40%、Dex・Magを-20%
魔人族:攻撃力と魔力が高く器用さと精神力が低い。
種族特性:<開眼>3分間魔法を無制限で使用できるが1時間魔法が使えなくなる
となっている。
人族、ドワーフの特性はパッシブで常時発動、それ以外の種族はアクティブで任意発動のようだ。
見た目に若干の変化があるが身長はあらかじめ登録されたデータを基にしているため本人のものと同じになる。
これは身長が変わることで現実との肉体で齟齬が起きないようにするためらしい。
なのでドワーフの背が低かったり獣人の関節の位置が違うということはおきないようだ。
もちろんこれによって性別の詐称も不可能になっている。
特殊な状況でもない限り本人の性別がそのまま反映される。
『ノーゲーム・ノーネカマ』らしい。
一体何があった運営ェ……。
閑話休題。
とりあえず俺はいろいろなスキルをとって成長させたいのでスキル補正のある人族を選択する。
このゲームではレベルという概念がなくスキルレベルによってできることが決まる。
基本スキルがなくてもなんでも可能だが、スキルを習得している方が補正を受けられるのだ。
たとえば現実で剣の修行をしていれば【剣】スキルがなくても扱うことができるが、スキルを習得することで『アーツ』と呼ばれるダメージ補正を受けることができる武技を習得できる。
ただ剣を振るより威力があるため大抵の人はプレイスタイルに合わせたスキルを習得する。
これ以外にも隠しスキルが存在し、特定の行動をすることで新しくスキルを習得できることもあるらしい。(爺さん談)
スキル習得にはSPが必要でスキルレベル10ごとに係数分のスキルポイントがもらえる。
ただしスキルレベルの最高は100で最大10ポイントまでらしい。
スキルの所持数に制限はないがパッシブスキルは常時発動、アクティブスキルは10個まで有効らしく、それ以降は任意で付け替えなければ補正が受けられないようだ。
「今回設定するスキルには特別に『ギフトアイテム』がついてくることがあるぞい。
ギフトアイテムは成長しない代わりに消失したり壊れたりしないからいつまでも使えるのじゃ。
今後の活動スタイルにかかわってくるから慎重に選ぶのじゃぞ」
ということらしいのでここは吟味に吟味を重ねることにする。
俺のスタイルとしては自分で武器を作って戦うことにしたいので生産スキルを中心に選ぶ。
(A)【罠】罠による攻撃に補正がつく。基本拘束可能時間にスキルLv.*2secを追加。
アーツ:<罠師の手腕>1分間作業速度2倍 MP10
<トラップ解体>罠を素材に戻す MP20
(A)【鍛冶】鍛冶に補正がつく。製作物の品質が上がる。
アーツ:<登録>一度使用したことのあるレシピを製作リストに追加できる
<短縮再現>品質が若干下がる代わりに製作リスト内のレシピを一瞬で再現する MP(レア度・品質により変化)
(A)【調合】調合に補正がつく。調合の成功率が上がる。
アーツ:<登録>一度使用したことのあるレシピを製作リストに追加できる
<短縮再現>品質が若干下がる代わりに製作リスト内のレシピを一瞬で再現する MP(レア度・品質により変化)
(A)【木工】木工に補正がつく。製作物の品質が上がる。
アーツ:<登録>一度使用したことのあるレシピを製作リストに追加できる
<短縮再現>品質が若干下がる代わりに製作リスト内のレシピを一瞬で再現する MP(レア度・品質により変化)
(A)【収集】収集に補正がつく。収集物の品質が上がる。
選んだのは罠と毒で戦うスタイルだ。
それぞれギフトアイテムとして『罠師のおさがり』『鍛冶師のおさがり』『薬師のおさがり』『大工のおさがり』『簡易収集セット』がついてくる。
他にもいろいろとめぼしいものがあったがこれだけあれば他のスキルで必要になる道具も揃えられるだろう。
一通り設定を終えると設定後の自分の姿がウィンドウに表示された。
可も不可もなく十人いたらその中に紛れてしまいそうな何の特徴もない風貌。
肩にかかるくらいの長さの黒髪。
紅く燃えるような瞳。
目の色以外はいつもの自分だ。
特にこだわったわけでもない。
プレイヤーの中には改造ツールで有名人に似せて作る人もいるようだがそこまでしてモテたいかねぇ……。
確認画面が現れたので「OK」をタップして設定を終えた。
スキルの前の()は種別です。
アクティブスキルなら(A)、パッシブスキルなら(P)になります