冒険0歩目
「そろそろ時間か」
あと少しで待ちに待った時間がやってくる。
「いよいよだな」
ヘッドギアをかぶりベッドに横になる。
仮想スクリーンに映されたデジタル時計が点滅しながら時を刻んでゆく。
12:00
それが始まりの合図。
高鳴る鼓動に合わせて一秒が一分に、一分が一時間に引き伸ばされてゆく。
研ぎ澄まされた感覚の中ようやく今――
「『接続開始』!」
西暦2300代、世界は黎明期へと突入した。
技術の進歩は行き詰まり、もはや怠惰な日常か緩やかな衰退しか残されていないといわれるほどに混迷の一途にあった。
もしこのときあの知らせが届かなければ世界は滅びへと加速していただろう。
それは火星探査機が持ち帰った『とある物質』に起因する。
火星のクレーターからわずかに発掘されたのは精神に反応し、特殊な波長を生成する極めて安定した金属片。
その独特な性質から『精神感応金属』という名称が決定した。
解析の結果オリハルコンは高度な技術力と一般的な元素から地球上でも生成可能なことが判明する。
このことにより『人と機械の融合』をテーマに研究が開始された。
それから十数年あまり、機械制御が各種デバイスからウェアラブル端末による精神波読み取りに代わるころ、その技術はより広い範囲へと応用され始めた。
すなわちサブカルチャーへの転用である。
誰もが一度は夢見たバーチャル空間での情報のやり取り。
電子で構成された広大なVR世界への進出の第一歩であった。
羽陽曲折すること数十年。
今日ではひとり一台VR端末を持つことが一般的になり、多くのサービスが提供されるようになった。
その中で最も一般的なものがVRゲームである。
RPG、FPSなど様々なゲームが現れては淘汰されていった現在、とある王手メーカーが新たなる試みを開始した。
一般的なVRゲームは視覚的・感覚的に再現されたデータを使用しているが、それも現実と比べるといささか無機質に過ぎる。
太陽のぬくもりを感じることも頬をなでる風を感じることもなく、ただ無機質にそこに存在を主張するオブジェクトだけが全てであった。
それを打開すべく開発開始から数十年にわたる膨大な実験データによりすべての五感、すべての質量を再現したゲームを製作すると発表する。
これに注目しない者は一人として存在しなかった。
今までのVRに限界を感じていた者たちは狂喜乱舞し、その開発が進むことを刻一刻と待ち続けた。
そして今、その集大成が発表されようとしている。
開発状況、作品内容などその一切が秘匿され、一般的なゲームにある公式案内もごくわずかに開示された情報だけが載せられていた。
曰く、剣と魔法のファンタジーRPGであること。
曰く、従来の制限を撤廃し圧倒的なまでの自由度と創造性を誇ること。
曰く、世界を丸ごとコピーしたいわばもう一つの現実世界であること。
数少ない情報からユーザーの期待は一気に高まった。
世界中の人々が注目するVRMMORPG
その名を
『ZEЯO GRΦUND On-line』
という。