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人魚の子宮を食い破る

作者: るば都

人魚は泡になって消えてしまう御伽話。小さな時はいつも人魚姫を可哀そうだと思えていた。

だが、そこそこの年齢になってみると、人魚姫はただの約束破りの女だ。

魔女は言った。「いいかい人魚姫。もし王子が他の姫と結婚すればお前は泡となって消えてしまう」と。

魔女、というと良くないイメージが付きまといがちだが、この魔女にしても同じである。

しかし、この魔女は約束を破ったわけではない。

人魚姫を人間に変え、そしてその対価として声を奪った。魔法それ自身の対価が泡となって消えてしまうことだったにすぎない。


「そうでしょう?古の魔女さん。」


僕は奥に座っている彼女に声をかけた。薄暗いせいで表情は見てとれない。


「最近の子供にしては賢い子ね。そうよ、あたしはきちんと魔法をかけて対価を貰っただけ。魔法だってタダじゃないのよ。それを周りの人魚がいつのまにかあたしを悪者みたいにして御伽話にした。・・・それだけのことよ。」

「人魚姫は、本当に泡になったと思いますか?」


魔女は静かに立ち上がる。


「・・・あたしがあの子にかけた魔法は成功していたわ。」


つまり泡になるということも逃れられない真実。そうでしょう、とでも言うように魔女は僕に近づいた。

彼女の頬は白かった。指先も。髪の先も。永遠に近い命を手にした代償なのだろうか。


「僕は父のことが好きではありません。」

「あなたの、父?」


魔女は目を細めた。何も口を開かなかった。

薄暗い中での沈黙はそれほど重くない。

話そうか話すまいか迷ったとき程魔女は魔法を使ってはくれない。

彼女は僕を見た。否、僕の目しか見ていなかった。どうしてこの魔女に僕は父が嫌いだと伝えたのだろうか。解らない。ただ、魔女が僕の心を読んでくれないかという、それこそ消えてしまいそうな期待があった。


「・・・読めませんか。」

「読む?何を。」

「僕の・・・。」


僕の心を。

魔女の衣擦れの音。身を翻した魔女の背中は闇だった。


「あなたが何故ここに来たのかをあたしは知らない。あなたが誰であるかも。」


魔女は思ったよりも饒舌だった。


「あたしはカウンセラーとやらではないよ。他にお行き。」


魔女ではないといけない。

あの事件を知るのは、僕と父と母、そしてあなただけなのだから。


「人魚姫は、泡になる前に王子と交わりました。たった一度だけです。その後王子は別の姫と婚約しました。つまり人魚姫は泡になることが確定してしまったのです。」


間を空けて魔女が何と答えるか知りたかった。

僕の話を魔女はどう思うだろうか。


「人魚姫と一度交わったことがばれた王子は、婚約者に責められました。どうしてあの女と交わったのか、あの女は誰なのか・・・王子は何も答えられなかったのです。人魚姫について何もしらなかったから。婚約者は言いました。自分と結婚したいのならあの女を捨てろ、と。」


ああ、まるで僕は卑しい奴隷だ。語ってなんになる。お情けでも貰うのか。

口は止まらなかった。僕の神経が通ってないかのように口は動き続けた。


「・・・王子は人魚姫を捨てることにしました。ひっそりと、誰にもばれないように。人魚姫も自分が消えてしまうことを解っていたので、何も言いませんでした。最後、王子は人魚姫をもう一度だけ抱こうと思いました。それ程までに人魚姫は美しかった。しかし、人魚姫はそれを拒みました。どうしてでしょうか。愛している男に最後に抱かれたくはなかったのでしょうか。」


魔女は向こうを向いていた。

けれど僕の言葉を聞いてはいた。


「王子は拒んだ人魚姫を殺すことにしました。短剣を刺そうと思ったとき、人魚姫は思わずお腹を押さえました。」

「・・・まさか。」

「人魚姫は」


身ごもっていました。紛れもなく王子の子供でした。

言ってしまった。魔女の顔はどんなだろう、うろたえているだろうか、それとも困っているだろうか。

どうして僕は魔女に話したのだろうか。


「王子は人魚姫は始末しないといけないと解っていました。しかし王子も人間でした。どうにかしてお腹の中の子供を助けられないかと悩みました。・・・王子は子供を産ませることにしました。しばらくの間なら婚約者をだませておけると。その後に人魚姫を殺そうと。そしてある満月の夜、人魚姫と王子の子供が産まれました。その赤ん坊は、紛れもなく人間と人魚の子で・・・下半身は魚のまま産まれてきました。それを見た王子はどうでしょう。初めて見たときの言葉は、汚らわしい、でした。そして彼は人魚姫から赤ん坊を奪うと、海に投げ抛ることに決めました。苦しかった。もう少しで暗い海の底で沈みそうでした。」


魔女はやっと口を開いた。


「あなたは・・・。」

「その赤ん坊が初めて触れた温かさは、母のものではありませんでした。彼女は母ではなかった。王子の婚約者でした。彼女は赤ん坊を王子から隠すようにして育てました。実家に預け、信頼の置けるものを赤ん坊の世話係としました。王子の元と実家への往復を不審に思った王子は問い詰めました。彼女は言いました、赤ん坊に罪はないと。」


王子は婚約者に言い放つ。

怪物なぞの世話をするものは妻にはできぬ、と。

するりと王子にすり寄っていったのは人魚姫だった。

そうしよう、あの女を人魚にすればいい、自分はあの女の呪いにかかっていたのだ、と。

単純な王子はその嘘にひっかっかってしまった。


「婚約者は捨てられ、実家に戻りました。人魚姫は赤ん坊を王子との仲を取り持つ道具として使いました。王子の妻となれた人魚姫は泡になりませんでした。」


魔女は内心恐ろしかった。どうしてこの少年は此処に来たのか。

自分の考えが間違っていなければこの少年は・・・。


「僕は人魚姫も王子も嫌いです。」


この少年は人魚姫の子だ。


「母は人間ですから数年前に亡くなりました。優しい人でした。どこから調べてきたのか解りませんが僕に人間に変身する方法を教えてくれました。・・・そうして生きてきました。」


自分の魔法がこの少年を産んでしまったのかもしれない。

魔女は目を伏せた。自分はどうされるのだろう。


「・・・あたしを恨んでいるのか?」


少年は目を丸くした。


「まさか。あなたはただ魔法をかけただけ。」


密かに少年の口の端は上がっていた。


「僕に魔法をかけてください。人魚姫の赤子になる魔法を。」




処女作です。

人魚姫の息子という設定のお話です。

楽しんで頂けたでしょうか。

描写が上手くなりたいものです。

お読み頂きありがとうございました。

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