第九話 汚染
「赤い帽子の妖精か…中々情報は得られませんね…」
「そうだね…」
ホリーとリア、二人で聞き込みをしたが、結果は芳しくなかった。
そう簡単に見つかる訳がない…と思っていたが、それでも残念なものは残念だ。
「と言うか、聞いてて思ったんですけど、赤い帽子がトレードマークで名前が赤帽子って、安直ですね」
「そういえば、そうだね…」
「妖精…歳は幾つくらいでしたっけ?」
「外見的には、大体二十七、二十八ってところかな? 背は低いけど…妖精って皆、そんな感じじゃなかった?」
「外見特徴はともかく…その赤帽子は一般的とは言い難いですね」
リアは首を傾げた。
一般的や常識と言う言葉にリアは疎い。
お姫様として部屋に閉じ込められ続けたことが仇となっていた。
「そうなの?」
「ええ、妖精は殆どが頭が悪く、ヒトに悪戯することしか考えてません。私が前に出会った妖精もそうでした」
思い出すように、ホリーは自分の腕を掴む。
ホリーの腕に魔法をかけた『緑色の妖精』に計画性など皆無だった。
目の前にヒトがいたから、そんな本能的な理由で襲われた。
ホリーが出会った妖精はその妖精だけだが、それが一般的な妖精らしい。
つまり、三年もヒトに従順に従い、機会を待つなど、妖精には有り得ない。
少なくとも、一般的ではない。
「その赤帽子だけが異常なのか、見つかっていないだけで賢い部類の妖精は他にもいるのかは分かりませんが…どちらにせよ、厄介なことに変わりはありません」
知恵とは脅威だ。
ヒトが万物の王者となっているのは知恵があるからだ。
武器を作り、作戦を立て、群れを指揮する知恵があるから、魔法と言う力を持つ妖精に立ち向かうことが出来る。
その妖精が、ヒトと同等の知恵を得たら…
待っているのは、エイブラムが殺されたあの夜の惨劇。
「…怖いですか?」
「…怖いよ…でも、私は本当のことを知るって決めたんだ」
「頑固ですねー」
呆れたような、諦めたような、複雑な笑みを浮かべてホリーは言った。
どれだけ赤帽子が厄介な存在でも、どれだけ危険な存在でも、リアには関係ないようだ。
赤帽子のことを知るまでは、絶対に諦めることはないだろう。
世の中の醜さとか汚さとか、そういうものを何も知らないからこそ、リアはここまで真っ直ぐなのだ。
それが少し眩しくて、ホリーはリアから目を逸らした。
そして、気になる者を見つけた。
「あの人、また…」
それは例の魔石中毒者だった。
仲間を増やそうと、小さな少女を誘って路地裏へ連れていっている見える。
「リア、ちょっと行ってくる」
「え? ホリー?」
状況が分かっていないリアを放置して、ホリーは走り出す。
急いだ方がいい。
連れていた少女は、あまり元気がないように見えた。
「コラ! また魔石の粉を…」
路地裏へ駆け込み、ホリーは叫んだ。
憐れな少女を救う為に、
魔石中毒の男の邪魔をする為に、
そして…
「むぐむぐ…んん? 何だお前?」
それに、出会った。
路地裏に存在したのは魔石を進める男と、それに誘惑された少女ではなく、
その二人の解体された死体と、それを喰らう一人の男。
特徴的な赤い帽子を被った、白い髪に赤い眼の小柄な男。
(この人、もしかして…)
見覚えはない。
だけど、聞き覚えのある外見特徴。
その赤帽子の男は、赤い目を動かしてホリーをぼんやりと見つめた。
「ふむ…お前も、中々汚染されているな」
その言葉に、ホリーは確信した。
目の前にいる者こそが、赤帽子。
桁外れの魔力を持つと言われる『赤い妖精』
リアにかけられた呪いを解いたと言う、リアの探している恩人。
「あなた、赤帽子…ですよね? リアの恩人だって言う…」
「まあ、俺は赤帽子だが?」
「私はホリー。あなたにお願いがあるんです…私にかけられた呪いも解いてもらえないでしょうか?」
ホリーは自分の緑に変色した右腕を見せながら、懇願した。
一年間、ホリーを悩ませていた呪いだ。
ホリーの全てを台無しにしたと言っても過言ではない呪いである。
それを、目の前の男は解けるかもしれない。
「お礼は何でもします…だから…!」
「その前に、何でお前達ヒトは、魔法を呪いと呼ぶんだ?」
「え?…だって、魔法をかけられるということは魔力に汚染されるということ…それは害毒ではないですか」
予想外なことを聞かれ、ホリーは首を傾げながら答える。
何故、こんな当然のことを聞くのだろうか?
「魔力は毒であるから、呪い…か。ならば、魔力を放つ妖精は毒虫と言う訳だ。だが、そうして蔑んでおきながら利用できる物は利用するのがヒトだ」
「違っ…!」
「何が違う? 都合の良い物は受け入れ、都合の悪い物から目を逸らすのがヒトの本質だ。お前だって俺が喰ったお前の同族の死骸には目もくれず、自分の願望を優先しただろう?」
「ッ!」
確かにその通りだ。
ホリーは長年悩んでいた呪いを解くことで頭がいっぱいになっていた。
自分の望んでいた物、赤帽子は受け入れ、周囲の死体からは目を逸らしていた。
普段のホリーなら、真っ先に赤帽子を非難する筈なのに…
「まあ、ヒトに限らず脳を持つ生物なんて、皆そんなものだ。それぞれが自分の視界を作り、異なる価値観を持つ。一つの光景を見て、何を感じるかは皆、異なるものなんだ」
突然、手の平を返したように、赤帽子はホリーを慰め始めた。
自身がホリーの心に作った傷を、自ら癒している。
赤帽子はゆっくりと、ホリーの変色した右腕へ触れた。
「つまり、何を美しいと感じるかも、俺とお前とでは異なる訳だ」
瞬間、ホリーの右腕に何かが染み込むような感触がした。
傷口から、細菌が侵入するように、
右腕から、ホリーの中へ染み込んでいく。
「な、何を…!」
「魔法をかけられたヒトを、魔石に汚染されたヒトを、美しいと感じる生物もこの世にはいるんだよ」
異変は既に全身に回っていた。
体中で毒虫が暴れているかのように、全身が痺れてくる。
手足の感覚もなくなり、ホリーは冷たい地面へ倒れた。
「美しい、美しいぜホリー! 苦しむ前に殺すなんて無粋な真似はしねえから、思う存分苦しんでから死んでくれ…見届けてやるからよー! くははははは!」
赤帽子の笑い声が、遠い。
呪いをかけられた。
魔力を流し込まれて更に汚染された。
それは分かったが、どうにも出来ない。
ホリーはただ、苦しみ続けるしかなかった。
「ホリー!」
声が、聞こえた。