第八話 呪い
緑色の異形の腕。
妖精に呪われた腕。
魔力に汚染された…醜い右腕…
「驚いたでしょう?」
ホリーは自嘲気味な笑みを浮かべた。
きっと、今までその腕を蔑まれてきたに違いない。
リアとあまり歳の変わらない少女が、一人でこんなとこに住んでいる理由だった。
「私は一年くらい前です。森を散歩していたら、偶然『緑色の妖精』に出会い、魔法をかけられた。それ以降はずっとこのままなんです…気持ち悪いでしょう?」
どうして、ホリーは魔石の粉を極端に嫌うのか。
それは、恐らく魔石中毒の魔力の汚染を自分の呪いと重ねていたからではないだろうか?
何も知らない少女が、自分と同じ苦しみを味わうことが耐えられない。
そんな優しさから、ホリーはリアを助けたのではないだろうか?
「ホリーは優しいね」
「…これを見て、そんな言葉が言えるあなたの方が優しいですよ」
笑みを浮かべて、ホリーはボロ布を再び纏った。
その異形の腕を覆い隠す。
「さて、赤帽子探しを開始しますか…」
「どうするの?」
「先ずは…そうですね、この王都を調べておきましょうか。まだ王都から抜け出していないのかもしれませんし」
そう言って、ホリーは笑みを浮かべて立ち上がった。
リアが、頼もしい味方を手に入れた瞬間だった。
「ひ、ひい!…助け…」
「はい、終了ー」
泣き叫び、命乞いをする男の首を赤帽子は斧で切り飛ばした。
顔に付着した返り血を舐め取りながら、近くで震えている男を見る。
「ま、待て…オベロン! お前に貴族としての地位を与え…」
「その名で俺を呼ぶんじゃねえよ!」
喚く男の頭を斧で叩き割る。
男は媚びるような顔のまま、絶命した。
どいつもこいつも…
俺の名前は赤帽子だ。
今はそういう風になっているんだ。
「…あ、しまった。こいつは生かしておいて、情報を聞き出すつもりだったのに」
その名を知る者は、誰一人として生かしておくつもりはない。
この王都を去り、自由になる前の掃除だ。
旅立ちは綺麗な方が良い。
「しっかし、ヒトは不味いなぁ…魔力なんてカスみてえなもんだ」
解体した死体の血肉を喰らいながら、赤帽子は呟いた。
赤帽子は、三年前にリアの汚染を取り除いた『魔力の濃度を見抜き、喰らう力』を持つ。
ただ触れるだけでも吸収することは可能だが、実際に喰らえばその生物の持つ全ての魔力を吸収できる。
それでもヒトから得られる魔力など、僅かだが…
「うええ…吐き気までしてきた…」
口を抑えながら、赤帽子は呻いた。
魔力の濃度を見抜く赤帽子の眼には、魔力が濃い物は美しく、魔力が薄い物は醜く映る。
魔力などカス程しかない『清潔なヒト』など、醜くて直視できたものではない。
「もっと魔力に汚染されたヒト…妖精程なんて贅沢は言わねえから、も少しマシなのいねえかな…」
赤帽子は頭を悩ませる。
ヒトの中でそんな奴はいただろうか?
殆どのヒトは魔力を持たず、醜い。
その点、妖精狩りをしていた時はよかった。
同族を殺すことに思うことがなかった訳ではないが、喰った妖精は美味かった。
…待てよ?
「そういえば、昨日の妖精狩りの帰り…」
汚染されたヒトを見かけた。
妖精とは比べ物にならないが、魔力に汚染されたヒト。
魔石中毒者達…!
「都合が良いのがいるじゃねえか…くははははは!」
そうと決まっては、こんな不味い奴らに構ってはいられない。
赤帽子は喰らっていた死体をゴミのように放り捨てた。
行き先は決まっていた。
魔石中毒者を見かけた場所。
王都の貧民街だ。