第七十二話 指導
死に損なった。
それが、赤帽子が最初に思ったことだった。
火傷のように焼け爛れた足を動かし、戦場を歩む。
先程の光は、中々に致命的な一撃だった。
今の俺は殆どの魔力を失い、正直自分でも生きているのが不思議だ。
「完敗だなぁ…見事に失敗した」
戦場に転がる人間や妖精の死体を見下ろしながら、赤帽子は呟く。
これだけの者達を利用し、漸く実現しかけた夢が失われた。
これで魔物の復活は全て台無し。
もうチャンスがやってくることはないだろう。
だが、何故かそれほど残念でもなかった。
魔物の復活も、完全な化け物になる理想も、今となってはどうでもいい。
「…ハッ、俺らしくもねえ。死に損なって頭でもおかしくなったのか?」
自嘲するように赤帽子は笑った。
何というか、無気力だ。
夢も力も失って、残ったのは虚無感。
はぁ、俺はどうしちまったんだか…
「?」
その時、赤帽子の視界に見知った顔が現れた。
イグニスだ。
何故か地面に膝をつき、何かを呟いている。
「ごめんなさい…私が、私が弱いから、貴方達は…」
懺悔の言葉だった。
見ると、イグニスの傍には幾つもの妖精の死体が転がっている。
それに涙を流しながら、イグニスは謝り続ける。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「………」
その感情は理解できなかったが、
他者の為に流すその涙を、赤帽子は綺麗だと思った。
「だからそうじゃねえって言ってんだろうが…つーか、魔力を弾くことすら出来ずによく生き残ったな」
「私の方には人間があんまり来なかったんですよぉ…コツとかないんですか?」
「ガラス球を指で弾くような感覚だ…難しく考えるな、直感で撃て」
「そんな無茶苦茶なー!」
「いいからやれ!」
そう叫ぶと、赤帽子は指導していた妖精を蹴り飛ばした。
半泣きになりながら妖精が抗議するが、赤帽子は聞いていない。
かなり乱暴に見えるが、これは魔法の指導である。
戦争後、偶然イグニスと合流した赤帽子は、成り行きで妖精達の魔法指導をしていた。
助けられた義理から引き受けた、この立場だが…
「…俺は、何をやっているのかねー」
魔法先生モドキをやっている自分を赤帽子は自嘲する。
戦争を引っ掻き回した殺人鬼が、今では先生など…笑えねえ。
「おまけに生徒と言えば、カスみてえな下級魔法しか使えない雑魚ばかりときた…マジでうんざりだ」
「酷い! あなただって、魔法全然使わないじゃないですか!」
「フン、今の俺は無能だ。魔力の殆どは戦争で打ち止めなんだよ」
再び自嘲しながら、赤帽子は言った。
これが赤帽子が魔法指導をやっているもう一つの理由。
前衛で戦える実力が失われた為に、魔法指導と言う後衛を任せられたのだ。
「おい、共食い野郎」
その時、赤帽子の背後から妖精の男が声をかけた。
妖精にしてはがっしりとした体格をしている男は、背丈の低い赤帽子を見下ろす。
「話は聞いたぞ。お前、魔力も殆どねえくせに、今まで偉そうにしていやがったのか」
その言葉を聞いて、赤帽子は内心ため息をつきたくなった。
こんな馬鹿に見下されるほど、今の自分は落ちぶれているのか…
「イグニスのお気に入りだからって、少し調子に…」
そう言いかけた瞬間、その男の身体は宙を舞った。
誰がやったのかは一目瞭然。
気絶した男に向けたままの指を見て、赤帽子はため息をつく。
「…ああ、駄目だな。一撃で殺せねえなんて、俺も堕ちたもんだ」
軽く落ち込みながら言うと、赤帽子はその場から去って行った。
「こんにちは。あなたが噂の赤帽子?」
「…何だお前は?」
弱り切った魔力に、赤帽子が自己嫌悪していると目の前に妖精の少女が現れた。
シルクのエプロンドレスを着用した少女。
無表情だが、冷淡さは感じず、どこか愛嬌のある顔をしている。
「………ハウスキーパー?」
赤帽子はその服装をじろじろ見た後に言った。
「…あながち間違いでもない。けど、私はシルキー」
「シルキー?」
「お掃除妖精シルキーとは、私のこと」
「いや、知らねえけど…」
シルキーのマイペースな様子に辟易したように赤帽子は言う。
また、こういうタイプか。
自分のペースを乱されることが苦手な赤帽子はうんざりするように顔を顰めた。
「私は綺麗な物が好き。掃除が得意」
言いながら、シルキーが指を振るとどこからか箒が出現する。
それはまるで生きているかのようにその場を掃き始めた。
「器用な魔法だな。自動で掃除する箒か」
「うん。私は器用。だけど、器用貧乏」
箒の動きが止まる。
「掃除向けの魔法しか使えないの。戦闘に役立つ魔法はないの」
「あ、そ。そんじゃ、どんな魔法がお好みだ?」
「…教えてくれるの?」
シルキーは何故か驚いたように目を丸くした。
その態度に、赤帽子の方も首を傾げる。
「教えて欲しくてきたんじゃねえのか?」
「そうだけど。素直に教えてもらえると思わなかった」
「俺もガキのお守りは嫌だが、アイツに対する義理もあるからな」
「…意外と義理堅い。虫は嫌いだけど、お兄さんのことは上方修正」
「オイ、今までの俺の評価は虫と同等だったのか」
確かに害虫の魔法を使うけどよ…と赤帽子は愚痴るがシルキーに聞こえていない。
シルキーは思い悩むように視線をうろうろさせた後、赤帽子を見る。
「それじゃ、あのパッと消えて移動する魔法を教えて」
シルキーは一つの魔法を思い浮かべ、赤帽子へ言った。
それは瞬く間に長距離を移動する特異な魔法。
無数の虫を操る魔法と共に有名になっている赤帽子の魔法の一つで、他に使える妖精が発見されていない高レベルの魔法だ。
「『拡散』の魔法のことか? 悪いが、あれは無理だ」
「何で?」
「拡散の魔法は俺が生み出した『自身を魔力に変えて拡散する魔法』だ。生身の妖精には使えねえんだよ」
赤帽子は自分を腕をゆらゆらと揺らす。
「俺みたいな『悪鬼の群れ』になるつもりなら、伝授してやらんこともないが?」
「う…」
シルキーの無表情が崩れ、嫌そうに歪む。
綺麗好きで虫嫌いのシルキーには、それは耐えられそうにない。
「そうだな…代わりに役に立つ魔法を教えてやるから、それで我慢しろ」
人差し指を立て、赤帽子は代替案を提案する。
「…分かった。それをやってみる」
「そんじゃ、まずは…」
そう言うと、意外と板についた様子で赤帽子は指導を始めた。




