第三十二話 異変
俺は誰だ?
俺は何だ?
俺は人間じゃない。
俺は…
「バーゲスト! 貴様、国を裏切るつもりか!」
「裏切る…裏切る? 俺は最初から何も信じていないし、国に忠誠を誓った記憶もない」
少なくとも、『今の俺』には…
だが、俺の言葉の意味が伝わらなかったようでダミアンは激怒した。
「ふざけるな! 貴様は国に忠誠を誓った騎士じゃろうが! 国王が亡き後も国に殉じるのが騎士の…」
「勘違いをしている」
本当に、子供のような勘違いだ。
目の前にいるのが、人間でないことに何故まだ気付かない?
元々目を向けていなかったから気が付かないのか?
『魔法使い』などと持て囃し、与えたのは汚れ仕事ばかり…
俺が何であるかなど、興味はなかったのか?
「俺は既に人間じゃない。魔書を手に入れ、魔石を飲み込み、人でない存在になった」
「ッ! 貴様まさか、チェンジリング計画を…!」
「チェンジリング?」
聞き覚えのない単語だ。
…ああ、もしかして戦乱時代の機密と言うやつかな?
そう言えばこの大臣は国王に高い信頼を得ていた。
そのような国家機密をしていてもおかしくはない。
「…少し興味が湧いたよ。これから邪魔な大臣共を一掃する予定だったけど…そのついでにそれについて聞き出すことにしよう」
「なっ…一掃…だと? 貴様、何を企んでいる!」
「いい加減、ヒトのフリをするのもウンザリなんだ。赤帽子も倒したし、これから自分勝手に生きてみようかな…ってさ」
笑みと共に、バーゲストの本から黒い霧が放たれる。
(…申し訳ありません、国王様)
猛犬の牙や爪へと形を変えた霧が自身を刻む光景を見ながら、ダミアンは後悔した。
この狂犬を野放しにしてしまうことを、国王の残した国を守れないことを、
国に破滅が近付くことを感じながら、ダミアンは命を落とした。
「はあ…はあ…!」
「急いで! フィリス!」
フィリスと言う少女は走っていた。
何か、途方もなく恐ろしい物から逃げるように、
友達であるサラと共に、町中を走り続けた。
フィリス達はエインセルの国民の一人だった。
先日、反乱を企てた粛清によって国王を失ったエインセル。
混乱が続く中、必死に立て直そうと人々は努力してきた。
それなのに…
それなのに…
「どうして、こんな…」
目の前の光景を見て、フィリスは絶望する。
エインセル国民が、兵士が、全て『石に変わってしまっていた』
怒りの表情や、悲しみの表情のまま固まっている人々。
ついさっきまで生きて、笑っていた人々。
その中には、フィリスの家族もいた。
「分からないよ! でも、ここにいたら私達も!」
サラが言う。
絶望したままではいけないと、
自分達だけでも生き残らなければならないと、
「だから…」
「…ッ!…サラ!」
言葉を続けるサラの背後に『アレ』がいた。
フィリスは叫んだが、それはあまりにも遅すぎる。
ほんの一瞬で、サラは物言わぬ石像へと姿を変えた。
「サラ…何で…」
今度こそ、完全に希望が砕ける。
フィリスは自分の心が粉々になる音を聞いた。
それでも心ではなく、本能的に逃げようとしている。
だが、足が動かない。
まるで、石になってしまったかのようだ。
足が冷たい。
寒気は、足から段々と身体を上ってきた。
絶望の表情のまま完全に石化する直前、フィリスは『それ』を見た。
自分を、友人を、家族を石化させた、それの姿は…
「…………………」
この日、かつてエインセルと呼ばれた国は完全に壊滅した。
王都は荒れ、周囲の国は少しずつ滅びていく。
タイターニアは確実に変わりつつあった。




