第二十七話 自由
「…本当に、冗談きついヨ」
ヒトが魔法を使い、武装した兵士達を相手に一人で戦い、あまつさえ…
「それを、皆殺しにするなんてネ」
ラバーキンの前には兵士達の死体が転がっていた。
五体満足な死体など、一つもありはしない。
全て壊れた人形のように身体を食い千切られ、バラバラだ。
その惨劇を引き起こした猛犬達は、一匹も数を減らすことなく、黒い男の傍に並んでいる。
「君、何者だヨ」
「俺はバーゲスト。魔書『モーザ・ドゥーグ』の読み手だ。ここへは反逆者の暗殺の為に来た」
「反逆者?」
「ドゥエインとその家臣達よ」
首を傾げたラバーキンに今まで黙っていたアイリーンが答えた。
前々からマークされていた人物を読み上げる。
「今までは慎重に準備を整えていたみたいだけど、反乱を企んでいるのなんてとっくにバレてたわよ。行動を起こさなかったから見逃してあげていたのに…馬鹿な人達ね」
随分な言われようだが、ラバーキンも同感だ。
ドゥエインも、それに従う家臣も見栄と自尊心の為に戦争を望む愚か者だ。
正直、死んだ方が世の為になる。
「…それで、お前も反逆者の一人として殺す訳なんだけど」
バーゲストはそう言った後、少し悩むように唸った。
「取引をしないか? ラバーキン」
「何?」
「エインセルを裏切り、俺と組め。俺に協力しろ」
「…その代わりに見逃してやると? 私にメリットがないな」
「服従しろと言っているんじゃない。協力しろと言っているんだ」
そう言うと、バーゲストは本を閉じた。
噴き出す黒い霧が消え、黒犬達も消え失せる。
「今の生活は窮屈だ。だから俺は自由に生きてみることにした…」
「………」
「お前も今の生活に不満があるんじゃないか?」
道具のように扱われる日々。
どれだけ願おうと手に入らない、居場所。
ラバーキンの答えは、決まっていた。
「くそっ、一体何の騒ぎだ!」
ドゥエインは自室で苛立ちながら叫んだ。
先程から大きな物音がするのに、誰も兵士が報告に来ない。
敵襲か?
だとしたら、早く逃げなくては…
「随分と焦っているネ」
「…ラバーキン?」
聞こえた声に振り返ると、ドゥエインの背後にラバーキンがいた。
いつの間に?
「まあ、丁度いい。今、暴れている侵入者を片付けてこい」
道具でも扱うかのように、ドゥエインは命じた。
こんな奴でも妖精の端くれ。
侵入者の撃退くらいは出来るだろう。
「…周りが見えていない権力者と言うのは、惨めだネ」
「…何を言っている? いいからさっさと」
「これでも私は妖精。いくら妖精の中で弱かろうと…」
ラバーキンは指を鳴らした。
瞬間、首を傾げるドゥエインの頭上から無数の石が飛来する。
それは魔力を発する有害物質。
『魔石』だった。
「ああ…ああああああああああー!」
無数の魔石がドゥエインへ降り注ぐ。
「他人を過小評価ばかりするから、こうなるんだヨ…って、もう聞こえてないネ」
目の前には体色が変色し、悶え苦しむドゥエインの姿。
魔石に直に触れたんだ。
人間なら、廃人確定だろう。
「それじゃあ、長い間お世話になりました。お前のことは大嫌いだったから、多分たまに思い出すヨ」
一番警戒心が強く、面倒なドゥエインの始末がラバーキンの任せられた任務だった。
後の反逆者達は、全てバーゲストが一人で担うらしい。
確かに、妖精である自分を超える程の魔力を持つバーゲストなら助力はいらないだろう。
まあ、でも一応バーゲストが暴れている場所へとやってきた。
だが、予想通り既に任務は終わっていたようで、血溜まりの中に佇んでいた。
「加勢のつもりだったけど、必要はなかったよう…」
だネ…と続けようとしてラバーキンは言葉を失った。
人を殺した後だからだろう、
返り血に塗れたバーゲスト。
その足元に、見慣れた少女が倒れていた。
包帯を身体のあちこちに巻いた幼い少女。
種族を超えた友だと言っていた、ヒトの少女。
「知り合いか?」
硬直したラバーキンの姿を見たバーゲストが言う。
その言葉に我に返ったラバーキンは静かに首を振った。
「…いや、知らない娘だ」
「そう………それじゃあ、王都へ向かおうか」
表情のない顔が少し気になったが、バーゲストは深く追求せず、歩き出した。
アイリーンもその後を追う。
二人がその場から去ったのを確認してから、ラバーキンはその少女へ目を向けた。
『だからアタシは平等な世界が欲しいんです。アタシ達が自由に暮らせる居場所を手に入れたい!』
「………要らないヨ。居場所なんて」
ラバーキンは花束を手元へ出現させた。
それを静かに死体の傍に置き、ラバーキンは呟く。
「誰かに受け入れてほしいなんて、初めから思ってないんだヨ」
寂しげに『キャロル』へ告げ、ラバーキンは去って行った。




