第二十五話 英雄
「姫様…何をしてるんッスか?」
「赤帽子。あのね、ちょっと歴史の勉強をしてたんだ」
「はあ、そうなんスか。勉強の先生もいないのに真面目ッスね。俺には無理だな」
そう言って赤帽子は舌を出した。
確かに、赤帽子は勉強とか、読書とか好きそうには見えない。
どちらかと言えば、外を自由に走り回ったりすることの方を好みそうだ。
「戦争は終わったけど、それを忘れることがあってはいけない…って、お父様が言うから」
「ああ、あのオッサンならそんなこと言いそうだな」
「オッサンって…」
リアは苦笑した。
この国の王にそんな態度を取れるのは、世界広しと言えど赤帽子だけだろう。
本当に、羨ましいくらい自由な人だ。
妖精だけど…
「大体あのオッサン、背が高すぎなんだよ。戦乱時代から身長が変わらねえってどういうことだ? さっさと老いて腰が曲がれっての!」
忌々しそうに赤帽子は呟いた。
いつも父に対して、不機嫌そうな顔をしていたが…
もしかして、背が低いのを気にしているのだろうか?
「…そういえば、赤帽子って戦乱時代を知ってるんだよね?」
「んーまあ、その頃は俺もまだガキだったがな」
「それって、どんなだった?」
好奇心からの質問だった。
興味を持った歴史について、当事者の声を聞くような…
今思えば、安易に聞くようなことではなかった戦乱時代の記憶。
「…綺麗だったぜ?」
「―――――ッ」
言葉の意味が、分からなかった。
しかし、これはいけない。
これ以上聞いてはいけない…
そう思い、リアはその話題に触れることをやめた。
「…夢?」
最早慣れてきた草のベッドで寝ていたリアは、目を覚ました。
見ていた夢の内容は、はっきりと覚えている。
まだ何も知らなかった、赤帽子と共に過ごしていた頃の記憶だ。
あの頃は楽しかった。
自由はなかったけれど、自分は何も知らない子供だったけれど、とても充実していた。
あの穏やかな日々も、赤帽子にとっては苦痛だったのだろうか?
「ん。弱気なのはいけないよね」
ネガティヴになっている場合ではない。
現在、ラバーキン達の出会った町から離れ、旅を続けている最中。
向かう先は、東。
先日、偶然赤帽子に遭遇したホリー曰く、そちらに赤帽子が逃げて行ったらしい。
赤帽子はボギーを引き連れて行動し、また何かを企んでいるようだ。
赤帽子…
自分を支配していた者達を殺し、自由になり、これ以上何を望んでいるの?
何を求めているの?
「リア、起きてますか?」
「ホリー? 起きてるよ?」
どこからかホリーがリアの下へやってきた。
近くの川で顔でも洗っていたのだろうか?
「赤帽子との会話の中で、奴が気になることを言っていたのを思い出しまして…」
「気になること?」
「はい。『もうじき、戦争が起きる。あの時と同じような戦争がな』…と」
その言葉は、前にホリーの口から聞いた言葉だった。
戦争が起きる。
それは、恐らくエインセルの反乱のことを言っているのだろうとホリーは判断した。
国王不在の王都とエインセルの戦いは、確かに戦争と呼べる程、激化するだろう。
だからこそ、争いから逃れるつもりでも、早々に町を出たのだ。
「戦争が起きる…これは別段問題ではありません。問題は『あの時と同じ』と言う言葉」
「それって戦乱時代のこと? 確かに赤帽子は戦乱時代を知っているようだったけど…」
「ええ、でも『あの時と同じ』って少し奇妙ではないですか? まるで『かつて経験したことのような口ぶり』ですよね?」
かつて経験したことのような口ぶり。
確かにそうだ。
それに昔、好奇心で尋ねた際にも『綺麗だった』と言っていた。
それは、赤帽子が戦乱時代を生きていただけではなく、戦争を経験したことがあるということ。
「…いや、それはおかしいよ。だって、戦乱時代は二十年も前の話だよ? その頃の赤帽子はまだ十歳にもなってない子供の筈でしょ?」
そんな子供が戦争を経験する?
そんなことはありえない。
いや、それ以前に…
「戦争は『ヒト同士の戦争』だよ? どうして妖精の赤帽子が参加しているの?」
そうだ。
そもそも、赤帽子はヒトではない。
どの国にも属していない、自由な妖精の筈だ。
その妖精が何故、戦場に現れる?
「…違いますよ。赤帽子が戦場にいたこと自体は対したことではないんです。注目すべき点は『どの国の味方をしていたか』です」
「…どういうこと?」
「あの強力な魔法を持つ妖精が味方をしたのですから、その国は当然戦争に勝利したのでしょうね。圧倒的に」
あの戦争の勝利した国は?
そんなこと、子供でも知っている常識だ。
「タイターニア…」
自分の父親が指揮していたこの国だ。
と言うことは…
「戦乱時代から赤帽子はタイターニアと言う国に、人々に支配されていたんです」
戦乱時代を戦い抜き、勝利した真の『英雄』は赤帽子だった。
この世界全ての人間が平和を得ているのは、赤帽子のおかげ。
しかし、赤帽子本人が戦争後に与えられた物は…
「幽閉」
リアの呪いを解くと言う『利用価値』を見出されるまで、赤帽子は暗い牢獄へ閉じ込められ続けた。
妖精は危険である。
ただ、それだけで戦争を終わらせた英雄は、危険物へと変貌した。
憎んだことだろう。
恨んだことだろう。
自分を道具のように扱った国王を、その事実を知ろうともしない国民を、
ヒトを…
「…赤帽子の憎しみは、私達が思っていた以上に『深い』ですよ」
重々しく、ホリーは言った。




