第二十四話 覚醒
「赤帽子を取り逃がし、更にエインセルには反乱の動きがあり…か」
「ええ、俺の調査ではそのようです」
バーゲストは王都へと戻り、報告を行っていた。
本来なら赤帽子を追い続けている所だった。
しかし、途中訪れたエインセルに不審な動きがあった為、一度報告に戻ってきたのだ。
「混乱が未だに収まっておらんと言うのに…問題は山積みじゃな。リア様のことも心配じゃ」
「…そうですね」
報告をしている者は、この国で大臣を務めているダミアンと言う男。
長い間、国王に仕えてきた忠臣で王の不在の間、国を纏めている優秀な男だ。
だが、物事の成功率よりも先に、失敗する確率を考えるような人間である為、王になる器はなく、軍を率いて反乱を抑えるなど、不可能だろう。
「………」
ヒトとは面倒な生き物だ。
群れなければ生きていけないくせに、些細なことで群れは崩壊する。
それに比べ、妖精は何て自由なことだろう。
一人で生き、好き勝手に過ごし、何より強い。
「…バーゲストよ、エインセルの反乱は国王の独断であり、エインセル国民はタイターニアに対して不満を抱いていないと言ったな」
「はい。支配されつつも現状の平和を望む者が多いようです」
「なら、バーゲストよ…お前に反逆者狩りを命じる」
反逆者狩り。
妖精狩りを担うバーゲストのもう一つの任務。
危険思想を持つ『ヒト』を速やかに殺害する暗殺任務。
本を手に入れる以前から続けてきた『粛清』だ。
「標的は、エインセル国王だけで良いのですか?」
「その王に従う兵士共も一掃しろ。敵討ちと言う名目で反乱を起こされては敵わんからな。反逆者は全て見せしめにするのじゃ」
「…了解しました」
これは決して犯罪者を罰する正義ではない。
危険思想を持つと言うだけで、それを粛清し、二度とそのような者が出ないように恐怖で縛り付ける。
出来るだけ長く平和を維持する。
ただそれだけの為に、邪魔な人間を殺す悪魔のような所業だ。
今更、自分の手を汚すことに罪悪感はない。
こんなこと、ずっと前から行っていたことで…
「ッ」
「どうした?」
「いえ、何でもありません………失礼します」
ダミアンに背を向けてバーゲストは歩き出す。
頭痛がした。
昔のことを思い出そうとすると、いつもこうだ。
本を手にする以前の記憶は、バーゲストにない。
あの瞬間、本を手にした瞬間に、バーゲストはそれまでの全てを失った。
人格が壊れると赤帽子は称していたが…なるほど、確かにその通りだ。
あの時から、バーゲストは『ヒトらしさ』を失った。
どんな喜劇を見ても、どんな悲劇を見ても、心が動かない。
失ったのは記憶だけではない、感情すらも今のバーゲストにはないのかもしれない。
「………」
乾いた心で、いつも考えていた。
何もない自分は、一体何者なのか。
そんな物、ヒトであるしかない。
そう思ったから、バーゲストはヒトらしく生きようとした。
人並みに平和を望み、人並みに争いを嫌った。
常に違和感を感じ続けてきたが、自分はヒトなのだから仕方がない。
そう、思っていた。
あの妖精に出会うまでは…
「………」
俺はただ知らなかっただけだ。
妖精という者を、自分という者を、
知っていたら、自分がヒトよりも妖精に近い存在だと言うことに気付いただろう。
答えを得ることが出来ただろう。
ヒトであることに拘りはなかった。
俺が欲しかったのは、ただ自分が何者であるかと言う答えだけ。
答えが得られるのなら、ヒトであろうと妖精であろうと構わなかった。
「…俺は…妖精に近い存在」
それが答えであるなら、自分はそう在るべきだろう。
蛇が地を這うように、鳥が空を飛ぶように、
妖精らしく、自由に生きるべきだろう。
「その為には、妖精について知らなければ…ね」
バーゲストは不吉な笑みを浮かべ、呟いた。




