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レッドキャップ  作者: 髪槍夜昼
二章 追跡者達
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第十一話 美醜


「…チッ、予想以上に魔力を失った…『数が減っている』」


リアの下から少し離れた丘で、身体を再構成した赤帽子は吐き捨てた。


数とは、当然赤帽子を構成する悪鬼の数のことだ。


赤帽子の持つ魔力の大半は喰らい、奪った『付属品』である。


三年間の妖精狩りで、元々の赤帽子の魔力は『付属品』を下回り、現在の赤帽子の魔力は全体の三割程度だ。


それは、『アンシーリーコート』と言う悪鬼の群れの中で、赤帽子が占める割合が三割であると言うことを意味している。


「…ああ、うるせえ騒ぐな。またヒトでも喰ってやるから」


そして、赤帽子が魔力を喰らう度に、それは減少していくことを意味している。


現在は知性のない悪鬼の群れの主導権を赤帽子が握っているが、赤帽子の占める割合が一割を下回った時はどうだろうか?


九割以上を群れに支配されたら、一体どうなるのだろうか?


「…ん? 丁度いい所にヒトがいるな。あそこの小屋の中だ」


赤帽子は赤い眼で、近くにあった小屋を見つめた。


肉眼では見えていないので詳細は分からないが、あの中に濃い魔力を感じる。


ヒトにしては多い、魔法をかけられたヒトか?


どちらにせよ、見逃す手はなかったので、赤帽子はその小屋へと近づいて行った。








「愛している…君を…愛しているんだ…」


「壊れたか。やれやれヒトって脆いわね」


虚ろな目をした若い男にため息をつきながら、その女は言った。


美しい容姿をした女だった。


娼婦のような派手な服装をした、妖艶な美女。


少し小柄な体格をしており、その髪は白かった。


「まあ、いいわ。コレにも飽きてきた頃だったし…」


そう言うと、女はその男を物のように蹴飛ばした。


もう不要になった邪魔な物を、捨てるかのように、


既に微塵も女の関心は男に向いていない。


「また、町へ行って新しいのを連れてこようかしら…」


飽きたなら、新しいのを持ってくればいい。


ヒトなど、この世にいくらでもいるのだから。


「コレも、捨てて来ないとね」


床に倒れたままになっている男に言い、女は小屋から外へ出た。


男は従順に、女の後をついてきた。


「…それ、捨てんのか? じゃあ、俺にくれない?」


「…誰?」


そして、赤帽子の男に、出会った。


女と同じ白髪と、小柄な体格。


すぐに同族だと分かった。


「俺は赤帽子。趣味が合いそうなお姉さん、あなたのお名前は?」


「…カーラよ」


妖精の美女、カーラは素直に答えた。


同時に思考する。


赤帽子…その名前は、ある程度知性のある妖精の中では有名だった。


ヒトに加担し、妖精を喰らう、『共食い』の妖精。


裏切り者。


「それで、話を戻すけど。それ喰ってもいい?」


「…どうぞ」


「ありがとー」


陽気に言うと、赤帽子はその男を喰った。


斧で分割し、その魔力に汚染された身体を残らず喰らった。


他者から魔力を奪うことなど、普通の妖精には出来ない。


故に、怪物と恐れられても妖精はヒトを喰ったりはしない。


この例外以外は…


間違いない。


これが妖精を喰らう裏切り者。


赤帽子…


「永久の愛を誓いなさい…」


カーラの指先から、淡い色の光が溢れだす。


それは静かに、穏やかに、油断している赤帽子を包み込んだ。


これがカーラの魔法。


生物の愛情を支配する魔法『リャナンシー』だ。


「あなたはもう、私の奴隷よ。さあ、愛の言葉を囁きなさい」


言わば、相手を惚れさせる魔法。


魅了し、自分に忠実な奴隷に変える妖精の魔法。


不意打ちが成功するか心配だったが、上手くいったようだ。


呆けた表情で、赤帽子はカーラを見ていた。


外傷を与える魔法は使えないが、心さえ掌握してしまえばこちらの物…


「中々魅力的だが、俺はどちらかと言えば奴隷を従える方なんだよ」


しかし、カーラの予想は裏切られた。


赤帽子は先程と変わらず、余裕を持った笑みを浮かべていた。


「な、何故?」


「何故?…ああ、愛情の魔法でもかけたのか? 可愛い所あるじゃねえか」


笑う赤帽子の陰から、一匹の悪鬼が飛び出した。


蟲のように醜い小さな妖精。


赤帽子の一部。


「悪いな、その魔力は皆、こいつが喰っちまった。いや、正確には俺達だが…」


赤帽子は個人ではないく、群れだ。


故に個人を対象とするタイプの魔法にはかからない。


一部を、身代わりにすればよいのだから。


半身を犠牲にして生き残った、リアの時のように、


「そんなこと…ヒイ!」


その時、悪鬼がカーラへ突撃した。


蟲のように醜悪なその姿に、カーラは思わず悲鳴を上げる。


「んん? どうやら、コイツは魔法にかかったみたいだな。よかったな」


「よくないわよ! 気持ち悪い!」


「やれやれ、愛情を求めておいてそれはねえだろ」


ため息をついて、赤帽子はその悪鬼を消した。


知性のない悪鬼にも通用するとは、中々強力な魔法だったようだ。


「あなた、どうして…?」


分析していると、カーラがこちらを見ていることに気付いた。


その目に宿っているのは敵意ではなく、疑問。


「どうして、私が愛情を求めていると?」


「ああ、それか。ヒトなんぞを操ってまで愛を囁かせているんだ。そりゃあ、愛に飢えているに違いないだろ」


大したことでもないかのように、赤帽子は適当に言った。


「他者からの愛情を過剰に求めるのは、自分に自信がないからだ。そうだな、例えば…コンプレックスとか?」


「あなた、心も読めるの?」


「いや、ただ嘘や秘密に目聡いだけだ」


赤帽子は謙遜したが、図星だった。


コンプレックス。


ヒトに対する劣等感。


カーラは『妖精であること』を醜いと感じていたのだ。


白い髪、小柄な体格。


ヒトに接し続け、ヒトの愛情という物に憧れていたカーラにはそれがコンプレックスだったのだ。


だから、若い男を魅了し、自分を慰めていた。


コンプレックスから、目を逸らしていた。


「私は、醜い…老人のような艶のない髪…どんなに着飾っても、私は醜いまま…」


「お前は醜くなんてない」


「え?」


カーラは思わず、聞き返した。


「お前は綺麗だ。その辺のヒトなんぞよりもずっと綺麗だ。この俺が保証してやる」


それは、本心からの言葉であることがカーラには分かった。


ヒトを操り、偽りの愛を受け取っていたからこそ、それが偽りでないことに気付いた。


「…どうして、あなたはそんなことを言うの? あなたって妖精を喰らう妖精でしょう? ただの食料である筈の妖精を、どうして慰めたりするの?」


「…喰ったら美味いとしたら、お前は友人を喰うのか?」


友人。


友人だから、無暗に喰ったりはしない。


カーラのことを、友人だと思っていると、赤帽子は言ったのだ。


「…それもそうね」


「納得したか? じゃあ、俺はもう行くぜ」


そう言うと、赤帽子は別れも告げず、その場から消え去った。


カーラは一人になった後も、その場に立ち続けていた。


赤帽子はヒトと妖精を喰らう恐ろしい妖精だ。


だが、妖精を殺していたのはヒトに命令されて、仕方なく行っていたのだ。


ヒトを残酷に喰らう怪物にも、同族を思う心は、確かにあったのだ。


「ありがとう…」


小さくカーラは呟いた。


ヒトに対する劣等感はなくなっていないが、少しは自信が持てた。


希望を持ち、丘からの景色を眺める。


この丘は、こんなにも綺麗だったのか。


ここに住み着いて初めて、それに気づいた。


穏やかな顔で、丘からの景色を眺め続けるカーラ。


その胸を、黒い刃が貫いた。


「…か…あ…!」


あまりの激痛に言葉を発することが出来ない。


何が起こった?


これは、魔法?


「眠れ、妖精」


重苦しい程、感情の込められていない声が聞こえた。


それを最後に、カーラの意識は途絶えた。








「また、外れのようだね」


手に黒一色の本を持った男が言った。


黒髪に赤い目、長身を持つ、華々しさに欠ける男。


眉一つ動かさず、無表情な顔で、カーラの死体を見下ろしている。


「いくら妖精とはいえ、背後から女を殺すなんて、流石はバーゲストね! この殺人マニアめ!」


「趣味じゃない、仕事だ。平和の為に嫌々殺しているんだよ。人間らしいことだろう?」


「ムカつく! 口答えするな! その本をあげたのは誰だと思ってるの!」


癇癪を起したように、平均的な身長を持つバーゲストより幾分背の低い少女は叫んだ。


貴族風の服を着た人形チックな容姿を持つ、可愛らしい少女。


両手には、何故か厚手の手袋をしている。


「…はあ、アイリーン…だね」


「そうよ、その本『モーザ・ドゥーグ』をアンタにあげたのは私! あんたがヒトなのに魔法が使えるのは全部私のお蔭なんだからね!」


「…感謝しているよ。うん」


「気持ちが伝わらない! ムカつく!」


アイリーンは子供のように地団太を踏んだ。


それに呆れたようにため息をつき、バーゲスト開いていた本を片付ける。


この書物を使うことで、バーゲストは魔法を使うことが出来るのだ。


「…例の妖精、早く探しに行かない?」


「アンタなんかに言われなくても分かっているわよ、国王を殺した赤帽子を狩るのが私達の任務だからね…」


アイリーンは小箱から魔石のペンダントを取り出した。


手袋をした手でそれを揺らして、示す方向を見る。


「西の方に妖精がいるわ…赤帽子がどうかは判別できないけど…」


「どちらにせよ、妖精を狩るのが俺らの任務だ。行こう」


そう言い、バーゲストは歩き出した。


妖精狩り隊長代理。


人類で唯一魔法を使うことが出来る『魔法使い』


それがバーゲストの異名だった。


赤帽子さんの妖精解説コーナー


「ちょっと格好良い所を見せて、アピールをした赤帽子ッス。いやー良いことをした後は、気持ちがいいねー!」


「さてさて、今回紹介する妖精は…リャナンシー。若く美しい女性の姿をした妖精で、人魚姫みてーなヒトに恋する人外だな」


「奴隷のように尽くす絶世の美女らしいが…まあ、こういった話の例を漏れず、その愛を受け入れたヒトは精気を吸われて早死にする」


「詩や歌声の才能を与えてくれると言う話もある為、リャナンシーに取り憑かれることが不幸だけを齎すと言う訳ではないが…俺なら絶対いやだね」


「魔法としての効力は、自分に惚れさせること…骨抜きにして奴隷に変える魔法と言ってもいい。一度掛かったら中々解けない呪いタイプの魔法だな」


「異性であると言う条件さえ満たせば、誰であろうと抵抗できない魔法…まあ、俺の場合は例外だが」


「尽くして油断した男共に魔法を掛けていたのか? 尽くされているつもりで、いつの間にか尽くしている…女って怖いな」


「皆さんも、ヤンデレ妖精には注意しましょう。それではまた次回!」

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