第十一話 美醜
「…チッ、予想以上に魔力を失った…『数が減っている』」
リアの下から少し離れた丘で、身体を再構成した赤帽子は吐き捨てた。
数とは、当然赤帽子を構成する悪鬼の数のことだ。
赤帽子の持つ魔力の大半は喰らい、奪った『付属品』である。
三年間の妖精狩りで、元々の赤帽子の魔力は『付属品』を下回り、現在の赤帽子の魔力は全体の三割程度だ。
それは、『アンシーリーコート』と言う悪鬼の群れの中で、赤帽子が占める割合が三割であると言うことを意味している。
「…ああ、うるせえ騒ぐな。またヒトでも喰ってやるから」
そして、赤帽子が魔力を喰らう度に、それは減少していくことを意味している。
現在は知性のない悪鬼の群れの主導権を赤帽子が握っているが、赤帽子の占める割合が一割を下回った時はどうだろうか?
九割以上を群れに支配されたら、一体どうなるのだろうか?
「…ん? 丁度いい所にヒトがいるな。あそこの小屋の中だ」
赤帽子は赤い眼で、近くにあった小屋を見つめた。
肉眼では見えていないので詳細は分からないが、あの中に濃い魔力を感じる。
ヒトにしては多い、魔法をかけられたヒトか?
どちらにせよ、見逃す手はなかったので、赤帽子はその小屋へと近づいて行った。
「愛している…君を…愛しているんだ…」
「壊れたか。やれやれヒトって脆いわね」
虚ろな目をした若い男にため息をつきながら、その女は言った。
美しい容姿をした女だった。
娼婦のような派手な服装をした、妖艶な美女。
少し小柄な体格をしており、その髪は白かった。
「まあ、いいわ。コレにも飽きてきた頃だったし…」
そう言うと、女はその男を物のように蹴飛ばした。
もう不要になった邪魔な物を、捨てるかのように、
既に微塵も女の関心は男に向いていない。
「また、町へ行って新しいのを連れてこようかしら…」
飽きたなら、新しいのを持ってくればいい。
ヒトなど、この世にいくらでもいるのだから。
「コレも、捨てて来ないとね」
床に倒れたままになっている男に言い、女は小屋から外へ出た。
男は従順に、女の後をついてきた。
「…それ、捨てんのか? じゃあ、俺にくれない?」
「…誰?」
そして、赤帽子の男に、出会った。
女と同じ白髪と、小柄な体格。
すぐに同族だと分かった。
「俺は赤帽子。趣味が合いそうなお姉さん、あなたのお名前は?」
「…カーラよ」
妖精の美女、カーラは素直に答えた。
同時に思考する。
赤帽子…その名前は、ある程度知性のある妖精の中では有名だった。
ヒトに加担し、妖精を喰らう、『共食い』の妖精。
裏切り者。
「それで、話を戻すけど。それ喰ってもいい?」
「…どうぞ」
「ありがとー」
陽気に言うと、赤帽子はその男を喰った。
斧で分割し、その魔力に汚染された身体を残らず喰らった。
他者から魔力を奪うことなど、普通の妖精には出来ない。
故に、怪物と恐れられても妖精はヒトを喰ったりはしない。
この例外以外は…
間違いない。
これが妖精を喰らう裏切り者。
赤帽子…
「永久の愛を誓いなさい…」
カーラの指先から、淡い色の光が溢れだす。
それは静かに、穏やかに、油断している赤帽子を包み込んだ。
これがカーラの魔法。
生物の愛情を支配する魔法『リャナンシー』だ。
「あなたはもう、私の奴隷よ。さあ、愛の言葉を囁きなさい」
言わば、相手を惚れさせる魔法。
魅了し、自分に忠実な奴隷に変える妖精の魔法。
不意打ちが成功するか心配だったが、上手くいったようだ。
呆けた表情で、赤帽子はカーラを見ていた。
外傷を与える魔法は使えないが、心さえ掌握してしまえばこちらの物…
「中々魅力的だが、俺はどちらかと言えば奴隷を従える方なんだよ」
しかし、カーラの予想は裏切られた。
赤帽子は先程と変わらず、余裕を持った笑みを浮かべていた。
「な、何故?」
「何故?…ああ、愛情の魔法でもかけたのか? 可愛い所あるじゃねえか」
笑う赤帽子の陰から、一匹の悪鬼が飛び出した。
蟲のように醜い小さな妖精。
赤帽子の一部。
「悪いな、その魔力は皆、こいつが喰っちまった。いや、正確には俺達だが…」
赤帽子は個人ではないく、群れだ。
故に個人を対象とするタイプの魔法にはかからない。
一部を、身代わりにすればよいのだから。
半身を犠牲にして生き残った、リアの時のように、
「そんなこと…ヒイ!」
その時、悪鬼がカーラへ突撃した。
蟲のように醜悪なその姿に、カーラは思わず悲鳴を上げる。
「んん? どうやら、コイツは魔法にかかったみたいだな。よかったな」
「よくないわよ! 気持ち悪い!」
「やれやれ、愛情を求めておいてそれはねえだろ」
ため息をついて、赤帽子はその悪鬼を消した。
知性のない悪鬼にも通用するとは、中々強力な魔法だったようだ。
「あなた、どうして…?」
分析していると、カーラがこちらを見ていることに気付いた。
その目に宿っているのは敵意ではなく、疑問。
「どうして、私が愛情を求めていると?」
「ああ、それか。ヒトなんぞを操ってまで愛を囁かせているんだ。そりゃあ、愛に飢えているに違いないだろ」
大したことでもないかのように、赤帽子は適当に言った。
「他者からの愛情を過剰に求めるのは、自分に自信がないからだ。そうだな、例えば…コンプレックスとか?」
「あなた、心も読めるの?」
「いや、ただ嘘や秘密に目聡いだけだ」
赤帽子は謙遜したが、図星だった。
コンプレックス。
ヒトに対する劣等感。
カーラは『妖精であること』を醜いと感じていたのだ。
白い髪、小柄な体格。
ヒトに接し続け、ヒトの愛情という物に憧れていたカーラにはそれがコンプレックスだったのだ。
だから、若い男を魅了し、自分を慰めていた。
コンプレックスから、目を逸らしていた。
「私は、醜い…老人のような艶のない髪…どんなに着飾っても、私は醜いまま…」
「お前は醜くなんてない」
「え?」
カーラは思わず、聞き返した。
「お前は綺麗だ。その辺のヒトなんぞよりもずっと綺麗だ。この俺が保証してやる」
それは、本心からの言葉であることがカーラには分かった。
ヒトを操り、偽りの愛を受け取っていたからこそ、それが偽りでないことに気付いた。
「…どうして、あなたはそんなことを言うの? あなたって妖精を喰らう妖精でしょう? ただの食料である筈の妖精を、どうして慰めたりするの?」
「…喰ったら美味いとしたら、お前は友人を喰うのか?」
友人。
友人だから、無暗に喰ったりはしない。
カーラのことを、友人だと思っていると、赤帽子は言ったのだ。
「…それもそうね」
「納得したか? じゃあ、俺はもう行くぜ」
そう言うと、赤帽子は別れも告げず、その場から消え去った。
カーラは一人になった後も、その場に立ち続けていた。
赤帽子はヒトと妖精を喰らう恐ろしい妖精だ。
だが、妖精を殺していたのはヒトに命令されて、仕方なく行っていたのだ。
ヒトを残酷に喰らう怪物にも、同族を思う心は、確かにあったのだ。
「ありがとう…」
小さくカーラは呟いた。
ヒトに対する劣等感はなくなっていないが、少しは自信が持てた。
希望を持ち、丘からの景色を眺める。
この丘は、こんなにも綺麗だったのか。
ここに住み着いて初めて、それに気づいた。
穏やかな顔で、丘からの景色を眺め続けるカーラ。
その胸を、黒い刃が貫いた。
「…か…あ…!」
あまりの激痛に言葉を発することが出来ない。
何が起こった?
これは、魔法?
「眠れ、妖精」
重苦しい程、感情の込められていない声が聞こえた。
それを最後に、カーラの意識は途絶えた。
「また、外れのようだね」
手に黒一色の本を持った男が言った。
黒髪に赤い目、長身を持つ、華々しさに欠ける男。
眉一つ動かさず、無表情な顔で、カーラの死体を見下ろしている。
「いくら妖精とはいえ、背後から女を殺すなんて、流石はバーゲストね! この殺人マニアめ!」
「趣味じゃない、仕事だ。平和の為に嫌々殺しているんだよ。人間らしいことだろう?」
「ムカつく! 口答えするな! その本をあげたのは誰だと思ってるの!」
癇癪を起したように、平均的な身長を持つバーゲストより幾分背の低い少女は叫んだ。
貴族風の服を着た人形チックな容姿を持つ、可愛らしい少女。
両手には、何故か厚手の手袋をしている。
「…はあ、アイリーン…だね」
「そうよ、その本『モーザ・ドゥーグ』をアンタにあげたのは私! あんたがヒトなのに魔法が使えるのは全部私のお蔭なんだからね!」
「…感謝しているよ。うん」
「気持ちが伝わらない! ムカつく!」
アイリーンは子供のように地団太を踏んだ。
それに呆れたようにため息をつき、バーゲスト開いていた本を片付ける。
この書物を使うことで、バーゲストは魔法を使うことが出来るのだ。
「…例の妖精、早く探しに行かない?」
「アンタなんかに言われなくても分かっているわよ、国王を殺した赤帽子を狩るのが私達の任務だからね…」
アイリーンは小箱から魔石のペンダントを取り出した。
手袋をした手でそれを揺らして、示す方向を見る。
「西の方に妖精がいるわ…赤帽子がどうかは判別できないけど…」
「どちらにせよ、妖精を狩るのが俺らの任務だ。行こう」
そう言い、バーゲストは歩き出した。
妖精狩り隊長代理。
人類で唯一魔法を使うことが出来る『魔法使い』
それがバーゲストの異名だった。
赤帽子さんの妖精解説コーナー
「ちょっと格好良い所を見せて、アピールをした赤帽子ッス。いやー良いことをした後は、気持ちがいいねー!」
「さてさて、今回紹介する妖精は…リャナンシー。若く美しい女性の姿をした妖精で、人魚姫みてーなヒトに恋する人外だな」
「奴隷のように尽くす絶世の美女らしいが…まあ、こういった話の例を漏れず、その愛を受け入れたヒトは精気を吸われて早死にする」
「詩や歌声の才能を与えてくれると言う話もある為、リャナンシーに取り憑かれることが不幸だけを齎すと言う訳ではないが…俺なら絶対いやだね」
「魔法としての効力は、自分に惚れさせること…骨抜きにして奴隷に変える魔法と言ってもいい。一度掛かったら中々解けない呪いタイプの魔法だな」
「異性であると言う条件さえ満たせば、誰であろうと抵抗できない魔法…まあ、俺の場合は例外だが」
「尽くして油断した男共に魔法を掛けていたのか? 尽くされているつもりで、いつの間にか尽くしている…女って怖いな」
「皆さんも、ヤンデレ妖精には注意しましょう。それではまた次回!」




