part2 「学校とラブレター」
「早朝のランニング中に倒れた?
昼に来たと思ったら何やってんだよ」
春の淡い日差しか射し込んだ、3ーB と廊下の札が掲げられた教室で、声が生まれた。
昼時と言うこともあり空白の席が目立つ中、窓際に設けられた席に、机を合わせ対面している二人の男子生徒がいる。
学校指定の青と白を基本色にした、ブレザー型の制服に身を包んでいる二人だ。
一人は宣伝のように制服を完璧に着し、前髪で片目を隠した、存材・空樹だ。
そしてもう一人、茶髪につり上がった目が特徴の少年、
「気がつけば病院の天井を見上げていた。
労働者もランニングは気を付けたほうがいい」
労働者と言われた少年は、つり目を細め、
「あのさぁ、そのアダ名は愛称ではなく、もほやイジメじゃね?」
ハムとチーズが挟まれたサンドイッチを口に入れ、奪われた水分の補給と、残骸を胃に流し込み、空樹は首を振った。
「それは違うぞ、労働者。
俺はお前を尊敬しているし、親友だと思っている」
何より誉めれば付け上がる点がどこぞの悪堕ち少女と酷似している、と心の中で懺悔する。
「うっほほーい! しかたねぇーなぁ、もういくらでも労働者と言え!」
以後、この一言をきっかけに、学校中から労働者と言われ、うわぁぁぁぁ、と涙を流し駆けていくのは別の話し。
空樹はこれ以上は彼のピエロ的道化を見続けると、可哀想で体温が低下しそうなので、そう言えば、と思いだしたかのように前置きをして、話を変える。
「派遣のバイト始めたと言ってたが、首尾はどうだ?」
え? と、労働者は忘れていた物を思いだし、まるで時間が止まったかのように動きを止めた。
口をポカーンと開け、空樹のイタズラ心を擽るが、気合いでこらえておく。
「――――派遣?」
何故か聞き返して来た。どうやら何か余程の事があったと、空樹は予想して、
「その派遣に何かあったのか?」
「電話一つで即派遣、あなたの問題解決します!」
どうやら派遣の宣伝をするように、洗脳されているらしい。
一体どこまでピエロなんだ。
「――――はっ! 俺は一体何を…………」
「疲れて一瞬意識が跳んだだけだ、気にするな」
世の中には、本人にも教えてはいけない物がある、と空樹は今のを墓場まで持っていく事を誓う。
「そ、そうか、俺、疲れてりゅんだな…………」
頷いて、話の区切りを感じた時だ。
教室に、
「失礼します」
と、耳通りのいい声が響いたのは。
空樹にとって聞き間違いがない声は教室の扉から来た。
開きぱなしの扉を越え、そこに立つのは、
「美朝?」
長い黒髪を携え、可愛いと言うより綺麗と形容詞できる少女、伯東美朝がそこにはいた。
やはり青と白が基本の、女子用制服にを着こなし、近くの生徒に挨拶をしている。
美亜は窓際を見ると、ほっと胸を撫で下ろし、思い出したかのように眉間にシワを寄せて近づいてきた。
「空樹! 朝は聞きそびれましたが、一体何があったのですか!」
ぐいぐい、と徐々にその距離を積めて、空樹と労働者の間の机を、バン、と叩いた。
顔を近づけ、ジーと空樹に視線を向ける。
空樹は落ち着けと、美朝と自分に言い、
「最近スポーツに目覚めてな、早朝トレーニングに出張ったのだが、途中で力尽きたのだ」
即席に考えた言い訳を口にした。
いや、お前馬鹿だろ、と労働者が容赦なくツッコミを入れてくるが、今は無視の一卓。
はなから嘘は得意ではない。が、唯一感情が顔に出ない長所が、今ここに来て発揮されている。
ポーカーフェイスと言うヤツだ。
美朝はしばらく思考して、
「体調管理はアスリートとして初歩だと思います!」
「え、信じるスか!?」
美朝は労働者へと視線を降り、いいですか、と前置きし、胸の位置で祈るように手を組むと、
「労働者さん、私は空樹を心から信じています。私たちの間に、嘘はありません」
心の中で空樹が悲鳴を挙げた。それはもう奇声と言ってもいいほどの。
何が面白いのか体温は急低下、いつもなら上げる所だが、罪悪感の方が今回は高いらしい。
あろうことか、追い討ちに「ね、空樹」と、同意を求めてくる始末。
「…………ああ、勿論だ」
何か大切な物を失っている気がするが、実際に失っているのは体温だな、と自分でツッコミを入れ、更に体温喪失を加速させる。
ちなみに、教室の連中が(労働者も含まれる)夏でもないのに下敷きやノートで自らを仰ぎ始めたのは、一体どういう意味だろうか。
ともかく、と空樹は失った体温を得るために、心の中でゲームの必殺技でも叫んでおく。
「そう言えば、伯東さんも遅刻してこなかったけ?」
何食わぬ顔で、労働者は美朝に言った。
「ええ、朝起きたら空樹が倒れたと聞いたので顔を見てから来ましたから。
あ、それと買ってもない缶コーヒーが山ほどあったり、財布が小銭だらけだったりと、混乱したのもありますね」
肩を落として言う美朝を見て、何も言えない空樹にまたしても罪悪感が襲う。勿論寒気もだ。
労働者が、あ、と声を挙げ、
「缶コーヒで思い出したけど、今朝自販で喉を潤そうとしたらつり銭切れで、何も買えなくて困ったんだった」
どこまでピエロになれば気がすむのだろうか。
美夜の悪事の被害にあったのを始めた見な、と思うと同時に、コイツならいいか、と思う空樹がいた。
「ともあれ、美朝」
「なんですか?」
顔を近づけ、首を傾ける美朝。胸元がチラリと見え、いつもなら熱で苦しむ所だが、今までの低温のストックのお陰で平熱ほどに戻り心地い感覚を覚える。
「なんかあったのか?」
確信ではないが、長い付き合いで培った感覚が何かを感じたのだ。
美朝は一度以外と言う顔を見せると、よほど言いづらい事なのか、あの、その、を繰り返し、
「実は―――――」
最後の最後に言うか言うまいか迷い、
「ラブレターを渡されてしまいました」