「君の鑑定スキルはゴミだ」と断罪されたので、『神眼』で拾った国宝級の旦那様と出て行きます 〜元婚約者の商会が偽物だらけで破滅しても、もう遅いです〜
シャンデリアの煌めきが、今の私には刃物のように冷たく感じられた。
王都の夜会。華やかな音楽が止み、周囲の視線が一点に集中している。その中心で、私は扇で口元を隠すことも忘れ、呆然と立ち尽くしていた。
「聞こえなかったのか? リゼット・アークライト! 君との婚約は、今この瞬間をもって破棄させてもらうと言ったんだ!」
甲高い声で宣言したのは、婚約者のギルバートだった。
整った顔立ちは侮蔑に歪み、その隣には露出の多い真っ赤なドレスを纏った男爵令嬢、ミナがべったりと腕を絡めている。
「……理由を、伺ってもよろしいですか。ギルバート様」
「理由だと? そんなことも分からないほど愚鈍なのか! 君が『役立たず』だからだ!」
ギルバートは勝ち誇ったように鼻を鳴らし、周囲の貴族たちへ聞こえよがしに声を張り上げた。
「我が『ギルバート商会』は飛ぶ鳥を落とす勢いの大商会だ。必要なのは華やかさと実益! だが君はどうだ? 『鑑定スキル』などと言い張って店に持ち込むのは、泥だらけの壺、錆びた剣、変色した絵画……ガラクタばかりじゃないか!」
周囲からクスクスと失笑が漏れる。
私は唇を噛んだ。
泥だらけの壺は、洗浄すれば国宝級の価値が出る古代王朝の遺物。錆びた剣は、伝説の英雄が愛用した聖剣の折れた切っ先。
私はその「真価」が見えていたからこそ仕入れを勧めたのだが、彼は表面上の汚れしか見ていなかったのだ。
「あれは全て、磨けば価値が出る原石です。現に、先月売れた『青の聖杯』も……」
「黙れ! あれは俺の営業努力で売ったんだ! 君の石拾いのおかげじゃない!」
ギルバートが乱暴に手を振る。
彼は私の実家の借金を肩代わりすることを条件に、私を「便利な目利き」として雇っていたようなものだ。だが、その借金も私の労働分――彼がガラクタと呼んだお宝の売却益で、既に完済されているはずだ。
「見ろ、ミナを。彼女は『宝石生成』という素晴らしいスキルで、こんなに美しいダイヤモンドを作れるんだぞ!」
ミナがふふん、と笑い、左手の薬指を掲げる。
大粒のダイヤモンドが、シャンデリアの光を吸ってギラギラと輝いていた。
会場から「おお」と感嘆の声が上がる。
けれど――私の【神眼】には、その「内訳」が残酷なほどはっきりと見えていた。
(……材質、ガラス玉。付与魔術『幻影の光』。効果時間は、あと七十二時間)
それは宝石ではない。ただの光るガラスだ。
時間が経てば魔力が霧散し、ただの透明な玉に戻ってしまう。
私は小さく息を吐いた。
「ギルバート様。その石は……」
「嫉妬か? 見苦しいぞ、地味女」
ミナが猫なで声で割り込む。
「そうよぉリゼット様。自分が石ころしか拾えないからって、私の才能をひがまないでくださいまし。ギルバート様は、本物がわかるお方なんですの」
「そうだとも。慰謝料はいらん、その代わり今すぐ出ていけ。我が商会に、君のような寄生虫は不要だ!」
寄生虫。
その言葉が、私の中で何かの糸をぷつりと切った。
私は彼に尽くしてきた。彼の目が節穴でも、私が陰で商品を選別し、彼の手柄にしてきた。店が「目利きのギルバート」と称賛されるようになったのは、誰のおかげだと思っているのか。
(……もう、いいわ)
怒りよりも先に、憑き物が落ちたような安堵が広がった。
借金は終わった。これ以上、彼に搾取される義理はない。
「わかりました。婚約破棄、謹んでお受けいたします」
私は優雅にカーテシーをした。
背筋を伸ばし、彼と、その隣で嘲笑うミナを真っ直ぐに見つめる。
「ただし、後悔なさいませんように。私が選別をやめれば、お店の商品が『本物』であり続ける保証はありませんわ」
「ハッ! 負け惜しみか! 二度とそのツラを見せるな!」
罵声を背に受けて、私は踵を返した。
出口へと歩き出す。惨めだとは思わない。これで自由になれたのだから。
そう、自分に言い聞かせた直後だった。
「――ほう。『不要』と言ったな?」
会場の空気が、一瞬にして凍りついた。
比喩ではない。肌を刺すような冷気と、圧倒的な威圧感がホール全体を支配したのだ。
騒がしかった貴族たちが、蜘蛛の子を散らすように左右へ道を開ける。
その奥から現れたのは、漆黒の軍服に身を包んだ、長身の男だった。
銀色の髪は月光のように輝き、切れ長の瞳は氷河の青。
北の辺境伯、ジェイド・シルヴァリオ様。
隣国との国境を守り、「氷の魔人」と恐れられる王国の最大戦力だ。
「ジェ、ジェイド閣下……?」
ギルバートが間の抜けた声を出し、ガタガタと震え始めた。
商人の本能が、目の前の男が「決して怒らせてはいけない相手」だと悟ったのだろう。
だが、ジェイド様はギルバートを一瞥すらせず、私の目の前まで大股で歩み寄ると――その場に、音もなく片膝をついた。
「え?」
悲鳴交じりのどよめきが起きる。
あの冷徹な辺境伯が、跪いた?
ジェイド様は手袋を外し、私の震える手を取ると、甲に熱い口づけを落とした。
「探していた。ずっと」
恐ろしい噂とは裏腹の、蕩けるような甘いバリトンボイスだった。
見上げられた青い瞳が、熱っぽく私を捕らえて離さない。
「我が領地から出土した『煤けた石』が、実は古代竜の魔石であると見抜き、匿名で買い取ってくれたのは君だろう?」
「……あ」
思い当たる節があった。
三年前、ギルバートが「こんなゴミ!」と捨てた石の中に、凄まじい魔力を秘めた原石があったのだ。私はこっそり私財でそれを買い取り、魔力不足で飢饉に苦しんでいると聞いた北の辺境へ、匿名で送ったのだ。
「あのおかげで、結界は維持され、領民たちは冬を越せた。君は我々の命の恩人だ」
「そ、そんな……私はただ、あまりに綺麗な石だったので、あるべき場所へお返ししただけで……」
「その無欲さと聡明さこそが、私が求めていたものだ」
ジェイド様が立ち上がり、私を庇うように抱き寄せる。
たくましい腕の中に閉じ込められ、私は心臓が跳ね上がるのを感じた。良い香りがする。冷たい氷の魔人だなんて嘘だ。彼はこんなにも温かい。
ジェイド様は、ギルバートへと視線を転じた。
その瞳は、私に向けていた甘さが嘘のような、絶対零度の殺意を宿していた。
「……そこの男」
「ひっ、は、はいぃ!」
「貴様が『石ころ』と呼んで捨てたその女性は、国宝などという安い言葉では測れない。彼女の瞳こそが、この国の至宝だ」
「な、なにを……ただのガラクタ女ですよ!? 鑑定だって嘘で……」
「黙れ」
一言。
それだけで、ギルバートは口をパクパクさせて沈黙した。声が出ないのではない、恐怖で喉が引き攣っているのだ。
「私の『宝物』を愚弄することは、シルヴァリオ家への宣戦布告と受け取る。……覚悟しておけ」
ジェイド様が指を鳴らすと、控えていた近衛騎士たちがバッと進み出て、私たちを警護するように囲んだ。
彼は私に向き直り、とびきりの笑顔を見せた。まるで、ずっと探していた迷子を見つけた子供のように。
「リゼット。私と来てくれるか? 君のその瞳で、私の隣にふさわしい未来を選んでほしい」
「……私で、いいのですか? 私は、家もお金もありません」
「君『が』いい。君でなくては、駄目なんだ」
その熱量に、胸が熱くなる。
誰にも評価されなかった私の力を、この人は必要としてくれている。いや、力だけじゃない。私という人間を、見てくれている。
私は涙をこらえ、力強く頷いた。
「はい、ジェイド様。……喜んで」
呆然とするギルバートと、悔しそうに地団駄を踏むミナを置き去りにして、私たちは会場を後にした。
背後で、パリン、と何かが割れる音がした気がしたけれど、私は一度も振り返らなかった。
***
あれから一週間。
私は今、北の辺境伯領にある城の執務室で、最高級の紅茶をいただいていた。
窓の外には、厳しいが美しい雪景色と、魔導具によって暖かく保たれた城下町が広がっている。
ジェイド様の隣に座り、彼が持ってくる領地経営の書類や、発掘された遺物に目を通すのが、私の新しい日課だった。
「リゼット、この古文書はどう思う?」
「……これは偽書ですね。紙の年代が新しいです。でも、裏面に書かれた地図は本物。西の廃坑の奥に、ミスリル銀脈を示す暗号があります」
「やはり君はすごいな! すぐに開発班を手配しよう」
ジェイド様は私の言葉を疑わない。即断即決だ。
その信頼が心地よく、私は自然と微笑んでしまう。
ギルバートの店では、何かを提案するたびに「証拠を出せ」「口答えするな」と罵られたものだが、ここでは毎日が感謝と賞賛の嵐だ。
「そういえば、王都から早馬が来ていたよ」
ジェイド様が、私の腰に手を回して膝の上に乗せながら言った。
最近の彼は、隙あらばこうして私を抱っこしたがる。最初は恥ずかしくて死にそうだったけれど、彼曰く「リゼット成分が足りないと凍えてしまう」らしいので、渋々受け入れている。(嘘だとは思うけれど、彼の体温が心地よいので文句は言えない)
「ギルバート商会が倒産したそうだ」
「……えっ」
予想はしていたけれど、早すぎる。
「君がいなくなってから、仕入れる商品がことごとく偽物ばかりになったらしい。極めつけは、ある男爵令嬢の『ダイヤモンド』だ」
「あ……」
「公爵夫人に高値で売った翌日、それがただのガラス玉に戻ったそうだ。夫人は激怒し、詐欺罪で告発。ギルバートは『騙された!』と叫んでいたそうだが、店主としての責任は免れない。不敬罪で投獄、家財は没収。多額の負債を抱え、今は鉱山で強制労働中だとか」
あっけない幕切れだった。
ミナも共犯として捕まったらしい。私の【神眼】によるチェックがなくなれば、彼らの嘘が露見するのは時間の問題だったけれど。
「ざまぁみろ、と言っていいんだぞ?」
ジェイド様が私の髪にキスを落としながら、悪戯っぽく囁く。
私は少し考えて、首を振った。
「いいえ。彼には感謝しているんです」
「感謝? あんな男にか?」
ジェイド様が不満げに眉を寄せる。その嫉妬深いところも、愛おしい。
私は彼の頬に手を添え、ふわりと微笑んだ。
「はい。彼が私を『不要だ』と捨ててくれたおかげで……私は、あなたに出会えましたから」
そう言うと、ジェイド様は一瞬目を見開き、それから耳まで真っ赤にして私をぎゅうぎゅうと抱きしめた。
お読みいただきありがとうございます!
「スカッとした!」「ざまぁ早くて最高!」
「ジェイド様みたいなスパダリに溺愛されたい!」
少しでもそう思っていただけたら、
ページ下の【☆☆☆☆☆】から評価をポチッとお願いします!
(★★★★★にして頂けると、執筆のモチベーションが爆上がりします…!)




