引っ越し
しばらくしてあのボロボロのシェアホウスから平屋の一軒家に引っ越すことになった。
リビング、キッチン、風呂トイレ付、それに5部屋と裏庭がある家だった。
私と姉で一部屋、弟と母で一部屋、ホームステイの受け入れをして中国人の青年に一部屋、韓国人の青年に一部屋、そしてヨーロッパ人の大柄な男性(蜘蛛を追い払ってくれた人)が一部屋使っていた。
前の家とは違いやっと自分の家とも呼べる場所を手に入れたが、やはり、他人が一緒に暮らすのは慣れなかった。
この韓国人の青年は普通の学生で特に印象に残っていない。
中国人の青年はあまり好きではなかった。生理的に無理だったのか、過去の男たちのせいなのか...
いまだにわからないがヨーロッパ人の男性は母に色目を使っていた感じがした。思春期の私にはどうしても納得できずにいた。
このころの私は、弟と一緒に姉のたばこを隠し悪戯したり、みんなでゲームセンターに行ってDDRを姉と弟がするのを見たりして過ごしていた。
私は昔から兄弟に比べゲームが下手で、そこまで興味もそそられなかったし、4人も兄弟がいると順番が回ってくるのにも時間がかかるので、自然と見る専門になっていた。
まぁ人がやっているゲームを見るのが好きだった。
後に知ったがこの姉のDDRは一部の人の中で有名であった。なんでも乳のデカイ高校生くらいの子がすごい速さで踊っていたからとか...
この国のタバコはすごく値段が高かった。当時日本では父が吸っていてよく買いに行かされていたので覚えているが(このころはまだ子供でも自販機でタバコが買えていた)、250円くらいだった。それに比べ、ここでは10ドル(1000円)くらいした。
なので私と弟がたまに隠したタバコを姉に返すと、大喜びしていた。
たまに姉の目の前でむしゃくしゃしてタバコを真っ二つに折ったりもした。その時は当たり前だかめちゃめちゃ怒られて大喧嘩した。




