ハイスクール
この国では日本と違い1年が4学期にわかれている。
語学学校では1学期に1回進級があり、私は3学期目の7月で語学学校を卒業していた。
そのため10月の4学期から学校に入る予定でいた。
電車とスクールバスに乗って通っていた。
そこは普通の地元の方が通っているところで、地元民の他に外国人も何人も通っていた。
なので休み時間は自然に国ごとに分かれることが多かった。
お昼はキャンティーン(売店)もしくはお弁当だった。私の母の弁当はジップロックにサンドイッチと雑なものであまり好きではなかった。特にレタスがちゃんと水切りされておらずパンがべちょべちょになっていたのが最悪だった。
教科は必須と選択制があり、必須では英語、数学などがあり、それぞれに学年ごとにレベル分けされていた。(中学3年数学Aクラスのような)
それぞれに教室があり、授業が終わると移動して次のクラスへ移動するのだ。なので、授業ごとにクラスメートも違ってくる。
この時に私の印象が強かったのが数学だ。
数学では、初めに計算機を教科書と共に購入する。そこにはπやtan,sin,cosなどがあり、それらが計算できるようになっていた。
後に日本では計算機などは使わないと知り衝撃を受けた。
選択教科ではウッドテクノロジーやデザインテクノロジー、パソコン、ホスピタリティを選択した。
ウッドテクノロジーではただの木材から色々な機械を使ってトンカチや小さな椅子、小さな丸い(ベッドサイドに置いてあるような)テーブルを作ったりした。
機械を使い木材を回しながら彫刻刀で丸みやデザインを入れていくのがとても楽しかった。
余談だが、これらで作ったものは母が使ってくれた。トンカチは肩たたきに、小さな椅子は腕置きに、丸いテーブルは仏壇の小物置きにされていた。
他にもデザインテクノロジーでは指輪を作ったり、ホスピタリテォでは料理をしたりした。
外国人はノリの良いイメージがあると思うが、パソコンの授業ではマイケルジャクソンの曲を皆で(教師も含む)熱唱したりとやはりノリが良い。
このようにはじめは学校になれるのに精一杯になり、姉たちが帰っていった寂しさをひと時は忘れられていた。




