親しき仲なら名前で呼び合うのが当たり前じゃないかって話。
初めましてのからだいたい一年、本格的に話し合うようになってから半年。私が、目の前のあの子と一緒に過ごした時間だ。
もう半年で、まだ半年。
長かったようで短かった。あっという間と言う言葉は違うかようで、瞬く間って言葉は合うような、そんな曖昧な気持ちだ。
「ふあぁ……」
「………ふふ」
目の前で眠気に負けて欠伸をする人の姿はどうしてこんなにも可愛いのだろう。どうしてこんなに目を奪われてしまうのだろう。
「小泉さんは眠くなぁい…?私、そろそろ無理だけど。」
「前パジャマパーティーでは寝ちゃいけないって言ってたんでしょう。あと六時間くらいは耐えてみて」
「無理だよそんなの。」
眠くて枕に頭を突っ込んで擦りまくる頭に手を置いて、強めに撫でまわす。私のせいで髪がぐちゃぐちゃになっちゃった。
それでも嫌わず、むしろ好むように、私の手に頭を押し返して来る。とてもとても可愛い仕草だ。
このまま頬をぐーっと押してぐりぐり回したい。
「むーぅん?」
だからほっぺたに手を当てて、ぎゅっと押してみた。変だけど可愛い声がした。顔は可愛い。
「うふふ」
「なにわろてんねん。」
「可愛いからつい」
「あら、ありがとう。小泉さんも可愛いよ。」
「ありがとう」
もう最近はなにをやっても可愛いく見えは始めたんだよな。どうなっちゃったんだろう私。めろめろって言葉を遥かに上回るに違いない。
親しくなったせいなのかこれは。
「あのね小泉さん。」
「どうしたん」
私は親しい人に強い愛情を抱くタイプだったみたいだ。どんな相手でも、かなり強めの気持ちを、無条件に。まるで親の愛のようだ。
私はいい親になれそう。
「私達が初めて話した時覚えてるぅ?確か、めっちゃ雨が降ってた時だったけど。」
「六月くらいだったかな」
「もう半年も前だねぇ。時って早いなぁやっぱり。それで、どれだけ覚えてる?私、一緒に服を着るところしか覚えてないけど。」
「私もそのぐらいしか覚えてない」
そういえば、昔は愛される側だったよな私。歩く途中に疲れたら一緒に休んだり、喉が渇いた時は飲み物を買ってくれたり。
それは別に今も同じか。
「そうなんだぁ。もう小泉さんも覚えられないくらい昔の事になっちゃったね私達の出会い。」
「急にどうしたの」
私もそろそろ眠くなってて、向こうはすっかり眠くなってもう半分くらい眠ったままの顔をしてる。
「最初はじろじろと、まるで昆虫でも観察するように私を見ていた小泉さんが、今じゃ娘を見るお母さんみたいな顔で私を見てるからなんだか変だなーってなって思って。」
そろそろ寝る時間なのかな。これ以上、無理矢理耐えても辛くなるだけだろう。
「私そんな目で見てた?」
「見てた見てた。あれなんだろー、動くのかなーみたいな雰囲気だったんだよ。」
「そんな雰囲気だったのによく声掛けたな」
「私声かける前までめっちゃ緊張してたのー。無視されるんじゃないかなぁとか、気まずくなったらどうしようとか。」
「偉いねぇ」
「適当な返事しないで。」
適当に返事しながら、部屋の明かりを消して、窓を閉めて、ベッドに戻る。もしパジャマパーティーの途中に寝るつもりなら、同じベッドで寝るべきらしい。
やった事ないから知らんけど。
「よいしょ」
「ぅわ……なんか、いいよねぇ…二人で一緒のベッドに入るの。私人の温もりが好きで、中学校の頃まではお父さんと一緒に寝てたんだよなぁ。」
「じゃあお父さんって思ってもいいよ」
「えー、流石に無理じゃなぁい?」
だんだん滑舌が悪くなって行くな。
「私に体力がないっていつも言ってくる割には、少々体力少なすぎるんじゃない?」
「そうだよー。私夜に弱いのぉ…」
もう口喧嘩する気力すら残ってないみたい。
「しょうがないな。今日はこの辺にしとくか」
「わーぃ……」
寝たくなくて一生懸命起きようとする赤ちゃんみたい。可愛いねやっぱり。
いつか子供が出来たらこんな子が欲しい。
「…ねぇ、こいずみ…」
「なに」
「今さらなんだけど……私達、名前で呼び合う方がいいんじゃないかな…名字だとちょっと距離を感じる。」
「何を今更。今のままでもいいんじゃないの?」
眠る寸前に、お互いの呼び方を話し合うなんて。絶対まともな結論に至らないだろう。
「私はやなの。今日から…いや明日から……もう明日かな……じゃあ寝て起きてから、私小泉さんのこと名前で呼ぶ。愛情をいっぱい込めて、しのって。」
「楽しみにしてるよ」
意外とまともな答えだね。小泉だからごみとかになっちゃうんじゃないか心配したけど。
「ね………しの。」
「まだ寝てないんでしょ。そう呼ぶのは起きてからって言ったんだから」
「じゃあ小泉さん。」
「うん、どうしたの」
「最後に、一言だけ言うね…」
そろそろ聞き取るのが難しいレベルまで来た。よく眠れず耐えてるね。
「おやすみ…」
「あんたも、お休み」
お休みって言葉を最後に、体の動きがなくなって、目も閉ざされて、口がちょっとだけ開かれたまま、眠りに落ちた。
時は夜の一時頃。私も寝た方がいいのだろうか。
一人でやる事も特にないけど、あまり眠りたくはない。せっかくこんな時間まで起きていたんだから、眠くて頭がぼーっとするくらいまでは耐えみたい。
でも何をすればいいのだろう。
普段からやってない事をやりたいな。思いつくのはないけど。
「…ねぇ。」
急にとんとんと、胸元を甘く叩く感覚がした。
まだ眠ってなかったのか。
「ん、眠ったんじゃなかったの?」
「疲れすぎて逆に眠れない……」
「そういう時あるね」
「お話しよ?」
相変わらず滑舌はよくない。なんって言ってたのか曖昧に聞こえる。
「なに話す?」
「ん………しのも、名前で呼んで。」
「愛情をいっぱい込めて?」
「そうそう…」
最近友達と喧嘩してせいなのか、愛情って言葉をよく使うね。
「いっっぱい、愛情をこめて……」
よほど寂しかったんだろう。
「めり、って。」
「うんうん。寝て起きたら言ってあげる」
「じゃあ…明日からは名前で呼び合おうね……」
目は閉ざされたままなのに、まるで私を眺めるように顔を上げて、嬉しそうな微笑みを浮かべる。とても綺麗な顔だ。いつ見てと飽きない。
たまに目が隠れたり、見えたりするのも飽きない原因の一つだろう。今は目が見える。瞑ったままだから瞳は見えないけど。髪型が変わるから飽きないのかな。今はなんの飾りもない髪だ。
「…………しの。」
「まだ眠ってないの?」
「寝てる……」
「寝てると喋れないよ人は」
「うん…」
寝てる人の顔をじろじろ見るのはここまでにして、私も寝る事にしよう。