第9話 約束の記憶
記録の森にて、咲良は“声の主”アリアから記憶を継承した。
胸の奥に焼きついた“約束”の断片──
光の都、銀の神殿、燃え上がる炎の中で、誰かと交わされた言葉。 だが、それはまだ完全ではなかった。まるで鍵のかかった扉の前に立っているような、そんな感覚が咲良を包む。
「アリア……わたしは、あなたの全部を知るには……まだ足りないの?」
霧が薄れ、森の奥からひとすじの光が差し込む。 その先にあったのは、**“記録の泉”**と呼ばれる場所だった。
透明な水面は鏡のように静まり、記憶を映す“銀の記録体”が水底で眠っている。
「ここには、私が“器”であったころの最後の記録がある。 だけど……その扉を開けるには、もうひとつの記憶が必要なの」
アリアの声が、泉の周囲に満ちていく。 咲良はそっと膝をつき、泉に手を触れた。
──すると、水面に映ったのは“自分”ではなかった。
黒い外套をまとい、銀の髪をなびかせた少女。 その目は静かに咲良を見返していた。
「これは……誰?」
そのとき、クラが低く唸った。
『おい……咲良、その姿──“最初の器”だ。アリアが生まれるずっと前、“記録”を初めて宿した存在』
「え……でも、なんで……私と似てるの……?」
泉の中の少女は、咲良に向かって口を動かした。 声はない。だが、その唇は確かに、こう言っていた。
「約束を、果たして」
──次の瞬間、水面が激しく波打った。
泉の奥から“記録の欠片”が浮かび上がる。 それは、黒と銀の意匠を持つペンダントだった。
咲良がそれに触れた瞬間、記憶が脳裏を駆け抜ける。
──終焉の予兆。
──《無き者》の出現。
──そして、命を賭して“記録”を守ろうとした者たち。
──その中にいた、一人の少年。
「……っ、知ってる……この人……!」
記憶の中の少年の顔に、咲良は見覚えがあった。 今はもう傍にいない、かつて自分を助けてくれた青年。 彼が最後に言った言葉が、記憶の底からよみがえる。
「もし君が“器”になったら──
君の中のアリアが、すべてを思い出したら──
この世界の記録を、託してほしい」
咲良の手が震える。
「そうか……この“約束”を、わたしはずっと……忘れていた……!」
クラが、そっと言う。
『お前の中には、ただの“記憶”じゃなく、“約束”そのものが刻まれていたんだな』
咲良は深く息を吸い込み、胸にペンダントをしまい込む。
「わたしはこの約束、必ず果たす。
過去のアリアたちが守ってきた“記録”を……私が未来へと継ぐ」
そのとき、記録の森に新たな風が吹いた。
朽ちたはずの木々が息を吹き返し、“名前”がふたたび浮かび始める。
「森が……目覚めてる?」
アリアの声が、かすかに響いた。
「ありがとう、アリア=サクラ。あなたの中に、また一つ、光が戻ったわ」
---
次回予告:
第10話『器の意味、そして“選ばれし欠片”』
記録の森を後にした咲良たちは、次なる地“眠りの都”へと向かう。
そこで待つのは、“記録の破片”を持つ者たちと、《無き者》の本格的な干渉。
“器”とは何か、そして“選ばれた存在”の本質に咲良は迫っていく──!