表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/26

第5話:記憶を喰らう者たち



 森に静寂が戻っても、咲良の胸はざわついていた。


 焚き火の火は小さくなり、クラの影が揺れる。ベルは背中を丸め、空を仰いだままつぶやいた。


「……見えたか? あれが“境界外きょうかいがい”の魔獣や」


『しかも、“無きナンナ”の眷属だな。食っていたのは、間違いなく“記憶”だ』


「記憶を……?」


 咲良の声に、ベルが頷く。


「この世界には、二つの“かて”がある。ひとつは命、もうひとつは記憶。普通の生き物は命で生きるけどな、“無き者”はちゃう。記憶を喰う……“存在そのもの”を削るんや」


『一度喰われたら、存在の輪郭が薄れていく。名前、顔、声、想い──全部が、世界から抜け落ちていく』


 咲良はぞっとした。


「じゃあ……誰かが喰われたら……その人を覚えている人もいなくなるってこと?」


『そうだ。“この世界にいたこと”すら、誰の記憶からも消える』


 それは、死よりも恐ろしい終わりだった。


 ベルが木の根に腰を下ろし、懐から小さなペンダントを取り出した。


「うちの姉ちゃんも、そうやった」


 ぽつりと、ベルが言った。


「ある日、いきなり姿が消えてな。家族も仲間も、誰も覚えとらん。……でも、うちだけは覚えとった。声も、手のぬくもりも……夢に見るくらい、はっきり」


 咲良は言葉を失った。小さな狼の瞳が、どこか遠くを見つめていた。


『ベルは、“器”に近い存在だからな。忘れられずに済んだのは、奇跡だ』


「器……?」


『女神の器。それは、“記録を保つ者”だ。世界の歪みの中でも、記憶を繋ぎ止める存在。お前がその名を名乗ったことで、咲良、この世界におけるお前の“枠”が定まった』


「じゃあ、私は……この世界に、本当に“存在”するようになった?」


『ああ。名乗った瞬間に、“空の器”はお前のものになった。だが、それは同時に“狙われる”ってことでもある』


 咲良の背筋がぞわりとした。


「私の記憶も……喰われる?」


『そう。だが逆に言えば、お前の“記憶”には力が宿る』


 クラの声が少し低くなった。


『“無き者”たちはそれを狙っている。咲良、お前の中には……まだ“目覚めていない記憶”がある。封じられた、何か大きなものがな』


「……何?」


 その問いに、クラは答えなかった。


 ただ、夜風が焚き火を揺らし、闇の奥で“何か”の気配がざわめいた。


 その瞬間──咲良の意識に、断片的な映像が走った。


 ──白い花畑。倒れ伏す少女。泣いている誰か。

 ──「忘れないで」

 ──「私を、呼んで」

 ──「あの日の名を」


 咲良は膝を抱えて、震える。


 胸の奥で、何かが目覚めかけていた。



---


次回予告:


第6話『花と声と、忘却の淵』

夢に現れる謎の少女。

咲良の中に眠る“失われた記憶”が、徐々に姿を現し始める。

ベルの過去、クラの正体、そして《無き者》の真の目的とは──。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ