第4話:名前を呼んで
それは突然だった。
ベルが耳を立てた瞬間、森の奥から咆哮が響いた。木々が揺れ、大地が震える。
咲良は思わず立ち上がり、焚き火から後ずさる。
「な、なに……!?」
『魔獣だ。しかも、ただの獣じゃねぇ……喰ってやがる。記憶を』
クラの声に、背筋が凍る。
そのとき──黒い瘴気をまとう獣が、森の奥から姿を現した。
目は赤く爛れ、牙は刃のように鋭く、体は異様に膨れ上がっている。
ただの動物ではない。異界の“何か”が混ざっている──そう直感した。
「さくら、下がりぃ! あれは“境界外”のやつや! こっちの理じゃ通じひん!」
『いや、さくら……今こそだ。お前が“誰か”を名乗るとき』
「名乗る……?」
咲良は一歩、前に出た。
足は震えている。それでも、自分の中にある“何か”が、彼女を支えていた。
「……私は、咲良」
手を前に出す。クラが咆哮し、ベルが背を押す。
『白と黒、善と悪──今ここに、力を分け与えよう』
「私の名は──咲良。“女神の器”、ここに在り!」
その瞬間、咲良の体が光に包まれた。
白と黒の羽衣のようなオーラが交錯し、右手には“癒しと防壁”の白魔法、左手には“呪縛と破壊”の黒魔法が宿る。
魔獣が吠えた。次の瞬間、突進してくる。
「ベル! 右に誘導して!」
「任せとき! はよ、決めたれや!」
『俺が足止めをする。お前は──撃て、さくら!』
咲良は魔力を集中させる。
「【白光結界】!」
白い魔法陣が足元に浮かび、魔獣の動きが鈍る。
「【影縛ノ棘】!」
黒い棘が地面から伸び、魔獣の四肢を絡めとる。
そして咲良は、両手を交差させ、空へ叫んだ。
「【善悪融合・天輪の一閃】!!」
白と黒、相反する光が融合し、巨大な輪となって魔獣を貫いた。
悲鳴もなく、魔獣は塵と消える。
ただ、静寂だけが残った。
咲良は息を切らしながら、その場に崩れ落ちた。
「ふ、ふたりとも……ありがと」
『フッ、上出来だ。善も悪も、うまく使いこなしてやがる』
「やるやんか、さくら。うち、ちょっと見直したわ」
咲良は微笑みながら、空を見上げた。
二つの月の光が、静かに彼女を照らしていた。
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次回予告:
第5話『記憶を喰らう者たち』
ベルが語る“この世界の真実”、そして咲良の影に忍び寄る《無き者》。
「この世界には、記憶を喰らう怪物がいるんや」
クラがざわめき、ベルが牙をむく。真の敵は、まだその姿を現してい