第3話:黒猫、目を覚ます
咲良は焚き火の前に座り、小さく丸めた黒猫の体を膝の上に置いていた。
周囲はすでに夜。森の奥は静まりかえり、空には二つの月が淡く浮かんでいる。
“クラ”──自分の影に宿ったもう一人の自分。
悪意を司るその存在と、一時的に力を合わせて戦った数時間前のことが、まだ現実味を帯びないでいた。
焚き火の炎に揺れるその影が、ふいにざわついた。
『よくやったな、さくら。白魔法の防壁と俺の黒魔法の連携──思ったより、イケてたぜ』
「うるさい……疲れたんだよ」
彼女は軽くため息をついた。
その時だった。
「……んにゃ……こ、こら、誰や……人の上で暖とって……ん? あれ……あんた……さくら?」
「えっ……?」
咲良は膝の上の黒猫を見つめた。
その小さな体がぴくりと動き、次の瞬間、ぱちりと金色の目が開かれた。
「なんや、無事やったんか……いや、あんたも無事やないな。ここ、地球ちゃうやろ。匂いが違うわ」
「……猫……喋った……!?」
『……ふっ。今度は猫と話し始めたか。とうとう頭がいかれたか?』
「クラ、違う! ほんとに喋ってる! しかも、関西弁!」
「誰がいかれてるて!? こっちはちゃんと理性あるわい。ほんで、うちの名前はBell。あんたの守り猫や!」
「守り……猫……?」
咲良は困惑しながらも、ベルの瞳に見覚えのある優しさを感じた。
あのとき、命がけで守った小さな命。今、彼女の前で、堂々と名乗っている。
「信じられへんかも知らんけど、うちは……あんたがこの世界で死なんように、神さんに頼まれてきたんや」
『へぇ、神の使い、ねえ。面白えじゃねえか』
「……あんたやろ、影でブツブツ言うてんのは。クラとか言うて、なんやその態度。さくらに変なこと吹き込んでんちゃうやろな」
『なんだと、この毛玉……!』
「毛玉て言うたな!? うちはな、神聖なる使いやで!? その辺のカラスとは違うんや!」
咲良の肩がビクリと震えた。
目の前で、喋る猫と影が本気で言い合っている。しかも、ベルのツッコミが関西弁で容赦ない。
「もう……やめて、二人とも……頭が痛い……」
『……あー、すまん。さくらに迷惑かけたな』
「……ほんまや、すまん。ちょっと調子に乗ったわ」
沈黙。
そして、焚き火の音だけが再び静寂を作った。
咲良は小さく息をつき、言った。
「でも……ありがとう。クラも、ベルも。ふたりがいてくれるなら……きっと、この世界でもやっていける気がする」
「ふふっ。そない言うてもろたら、うちも本気出さなあかんな」
『……ああ。おまえの“善”と“悪”、どちらも──おまえを守るためにあるんだからな』
夜空に、ふたつの月が重なった。
世界はまだ謎だらけで、何が待ち受けているかもわからない。
けれど咲良は、小さな温もりと、黒く揺れる影の中に、確かな“支え”を感じていた。
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次回予告:
第4話『名前を呼んで』
襲い来る魔獣、試される連携。そして、咲良が初めて使う“名乗り”の魔法。
「私の名は、咲良――女神の器!」
クラとベル、二つの存在と共に、咲良の覚醒が始まる!