第19話『記録を喰らう者たち』
黒い波のように、影が広がる。
それはただの幻ではない。
《偽神アレクシア》が召喚した異形――《喰記》と呼ばれる存在だった。
彼らは人の形をしていない。
顔もなく、声もない。
そのかわり、全身が渦巻く文字と記号で構成されていた。
古の言葉、禁じられた記録、忘れ去られた名前たちが、蠢きながら咲良とミナトを包囲する。
「……あれは、記録を喰らって生まれた存在だ」
カイトの声が、ルナ・アーカイブの記録から届く。
「記憶を奪い、魂を空にする。戦えば、心を喰われるぞ」
「でも、戦わなければ私たちが消える」
咲良が立ち上がる。
彼女の記録帳が再び光を放ち、ページが風に舞うように開かれた。
そこには――
**“最初の器”**と呼ばれた者の記録が刻まれていた。
「……一人じゃない。私の中には、彼らの記憶がある」
咲良の身体が淡く輝き始める。
「咲良……」
ミナトが振り向くと、彼女の目は穏やかに燃えていた。
「喰記は、記憶を恐れている。
だから私は、忘れない。誰の想いも、誰の言葉も」
咲良が前へと歩を進めたとき、喰記の一体が飛びかかる。
しかし、彼女の周囲に光の記号が浮かび上がった。
それは「祈り」の記録。
希望、後悔、願い……名もなき人々が残した、女神への言葉たち。
「私たちの未来は、誰かの想いの延長線にある」
その光が喰記を包み、消していく。
だが、アレクシアは嘲笑うように言った。
「綺麗事だけでは、記録は守れない。
その身を削り、全てを受け入れて、なお進む覚悟があるのか?」
咲良は震える指で、記録帳の最後のページを開いた。
そこにはまだ、何も書かれていなかった。
「ここに、私たちの物語を綴る」
そう言って、咲良は筆を取る。
「これが、女神の器の意味。
過去を知り、未来を記す者」
《喰記》たちは次々と塵となり、風に溶けていった。
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次回予告
第20話『器に刻む、私たちの記録』
決戦を前に、咲良とミナトは自らの過去と未来を記録として刻み始める。
そして明かされる、“本当の女神”の存在とは――