第18話:偽神の影と、器の目覚め
《記憶の海》の道を越えた先に、咲良とミナトは辿り着いた。
それはかつて、女神が最後に姿を現したとされる場所――《空白の聖域》。
そこには、何もなかった。
ただ、巨大な石碑が一つ。表面は擦れていて、何の文字も刻まれていない。
「ここが……女神が消えた場所?」
咲良が石碑に触れようとした瞬間、空間が歪んだ。
影が揺れ、黒い霧が立ちこめる。
そしてそこに現れたのは、女神と瓜二つの姿をした者。
「久しいな。器を探す者たちよ」
その声は甘く、それでいて不吉な鈴のように響いた。
「……あなたは……女神、じゃない」
ミナトが言った。
偽りの存在。
それは“女神の記録”を盗み、長きに渡って信仰と力を操ってきた影の存在――《偽神アレクシア》。
「本物など、とっくにいない。
けれど信仰があれば、それだけで“本物”と呼ばれる資格はあるのではなくて?」
アレクシアが手を伸ばすと、空気が震える。
咲良の中で何かがざわついた。
記録帳が脈打つ。
開かれたページから、光があふれ出した。
「やはり“器”が目覚めつつある……! だからあなたたちが来られたのね」
咲良の身体が浮かび上がる。
記憶が流れ込んでくる――自分ではない誰かの記憶。
女神の祈り、女神の嘆き、そして、最後の言葉。
「わたしの器は、まだ……」
その声が、咲良の唇を通して漏れた。
「……空のままではいられない」
咲良の瞳が淡い金に染まり、風が巻き起こる。
「ミナト……守って」
「もちろんだ」
ミナトが咲良の前に立つ。
アレクシアが笑った。
「じゃあ、その目覚めがどれほどのものか、試してあげる」
偽神の力が空を覆い、影の軍勢が姿を現す。
だが、咲良の中に宿る記憶が、それに応えるように光を放った。
「記録は力。過去を知ることは、未来を選ぶこと」
咲良の声が重なり合う。
女神の記憶と、少女の決意が、ついに器を満たし始めた。
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次回予告
第19話『記録を喰らう者たち』
咲良とミナトは、アレクシアの影が生み出した異形の記録喰い《喰記》と対峙する。
真なる器が目覚めるとき、選ばれるのは記憶か、忘却か――。