第16話:鏡写しの祈りと、偽りの都
月の記録庫を後にし、
咲良とミナトは次なる目的地へと歩みを進めていた。
その地の名は、《ミラー=サンクトゥム》。
美しく整えられた神殿都市。
しかしそこは、“偽りの神”が信仰を支配する都だった。
「……静かすぎる」
ミナトが眉をひそめる。
白く光る街並み。
祈りの声は響くが、それはまるで録音されたように機械的だった。
人々は笑っている。だが、その笑顔に“感情”がない。
「彼らの祈りは、本当に自分の言葉なのかな……」
咲良が呟いた。
中央神殿の鏡の間。
そこには巨大な“祈りの鏡”があり、人々の信仰を映し続けていた。
だが、咲良がその前に立つと、鏡は何も映さなかった。
「……これは?」
神殿の奥から、女司祭が現れた。
「あなたは、選ばれた者ではない。
この都では、神が与えた祈りだけが許されるのです。
心を持つ祈りは、混乱を招く」
「そんなの……祈りじゃない」
咲良はまっすぐ女司祭を見返す。
「本当の祈りは、自分の中から生まれるもの。
誰かに与えられるものじゃない!」
女司祭の目が冷たく細まる。
「あなたのような異端者は、都を乱す存在。
ここから立ち去りなさい。さもなくば――」
その時、ミナトが咲良の前に立った。
「咲良の祈りが異端だというなら、俺も異端でいい。
俺たちは、女神の器を満たす旅をしてる。祈りを、記録を、未来を……自分の意志で選ぶ旅を!」
その叫びが鏡の間に反響する。
すると、祈りの鏡に変化が起きた。
咲良とミナトの姿が、鏡の中に映し出されたのだ。
ふたりが辿った旅路、交わした言葉、流した涙。
それらがすべて“祈りのかたち”として映し出された。
「なぜ……あなたたちの祈りが……」
女司祭が崩れ落ちるように膝をつく。
咲良は静かに語った。
「偽りは、いつか砕ける。
でも、真実の祈りは、誰にも奪えない。
私たちが信じる道は、鏡が証明してくれた」
こうして、偽りの都にひとつの風が吹いた。
それは“与えられる祈り”から、“自ら選ぶ祈り”への目覚めの兆しだった──
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次回予告
第17話『記憶の海と、失われた名』
次なる記録は“名を奪われた者たち”の物語。
咲良とミナトは、記憶の海で自らの存在を見失いかけるが、
その先に“器”の真の意味が浮かび上がる──