第13話:砂に埋もれた祈り
風が鳴く。
乾いた大地を這うように吹き抜ける、砂混じりの風が音を連れてきた。
咲良とミナトは、風の渓谷《ウィン=デザート》を進んでいた。
その足元には、かつて街であったことを思わせる石の輪郭。
いまはもう、祈る者のいない神殿跡が、陽炎の中に眠っている。
「……ここには、未来の記録が眠っているって?」
『ああ。かつて“預言”を記録した巫子がいた。
彼女は記憶ではなく、“これから起きること”を書き残していたらしい』
クラの説明に、ミナトが首を傾げる。
「でも、それって……記録、じゃないよね? まだ起きてないなら……」
「いいえ。それも“記録”なのかもしれない」
咲良は微笑みながら言う。
「“記す”という行為は、過去だけじゃない。“これから”を刻むことでもあるから」
そのとき、風が止んだ。
そして、渓谷の奥──崩れかけた祈りの柱のもとに、少女が佇んでいた。
白い装束。
その目は閉じられたまま。
だが、咲良たちが近づくより早く、少女はぽつりとつぶやいた。
「……“器”の継ぎ手と、“記録の欠片”……あなたたちの声、聞こえています」
「あなたは……?」
「私は《カグヤ》。この地で、最後まで“未来”を祈り続けた巫子です」
その声は、確かに“未来の記録”だった。
見えないはずのものを見て、
触れたことのない日々を、まるで懐かしむように語る。
それは盲目ゆえの直感ではなく、“視えすぎる”がゆえの痛みだった。
「……けれど私は、それを誰にも伝えられなかった。
“器”にはなれず、“欠片”にもなれなかった。だから……祈りだけが残ったのです」
カグヤは、手のひらに砂を乗せる。
その粒が一つ、淡く光る。
「これが、わたしの“記録の種”──
もし、あなたが未来を信じられるのなら……どうか、これを受け取ってください」
咲良は、そっとその光を手に取った。
──記録の“種”。
それはまだ、花でも剣でもない。
けれど確かに、誰かの意思と共に、未来を願っている。
『咲良……その種は、記録花の“源”。
未来が変わるごとに、姿を変えて成長していく。まるで──君自身のように』
咲良の手の中で、光の粒が温かく脈動した。
「ありがとう、カグヤさん。あなたの祈り、確かに受け取りました」
「……いずれ、“器”が満ちる日が来るでしょう。
そのとき、あなたがたの旅が、ただの記録で終わらないことを願っています」
風が再び吹き、巫子の姿は砂とともにかき消えた。
だが、その声は、咲良の胸に残っていた。
「……咲良。ぼく、わかってきた気がする。
“記録”って、ただの過去じゃない。
誰かの願いや、祈りや、希望がこもってるんだね」
「うん。そしてその全てが、“名前”になる。私たちが運ぶ記憶になる」
ふたりは歩き出す。
風の渓谷を抜け、まだ知らぬ未来へと向かって──
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次回予告:
第14話『月の記録庫と、沈黙する神官』
天に浮かぶ巨大記録庫。
その奥で、かつて女神に仕えた神官は、すべての記録を“封印”しようとしていた。
咲良とミナトは、沈黙の意味に触れ、記憶の危機に立ち向かう。