第12話:眠りの都に咲く記録花
霧に包まれた廃都。 崩れた尖塔や、沈黙した噴水広場が、かつてこの街に息づいていた文明の名残を物語っていた。
咲良とミナトは、その廃墟の奥へと足を踏み入れていた。
「ここに、“記録花”が咲いているって、クラが言ってたね」
『ああ。正確には、“器になり損ねた少女”が遺した記憶……それが花の姿で咲いている』
クラの声はどこか慎重だった。
《記録花》。 それは器の資格を得られなかった者たちの、残響のような存在。 記録となり、想いとなり、形を得て咲き誇る──けれど、それに触れるということは、
かつて“選ばれなかった記憶”に向き合うことでもある。
「咲良、大丈夫?」
ミナトが不安げに問いかける。
「……わたしがここに来たのは、その“選ばれなかった声”を、無視しないためだよ」
迷わず進んだ先。 水没しかけた大聖堂の中央に、それは咲いていた。
夜明けの色を宿す一輪の花。 まるで呼吸をしているかのように、微かに揺れていた。
咲良がそっと手を伸ばすと──
* * *
──光の中。誰かの記憶。
少女が一人、書庫で本を積み重ねていた。
「……私だって、なれるはずだった。“器”に……!」
叫ぶ声。涙。焦燥。 しかし、その願いは叶わなかった。
少女の名は、ユズリハ。
彼女は《適合率》が足りなかった。 けれど誰よりも、“記録”を愛していた。 誰かの記憶に触れるたび、泣いて、笑って、そして──忘れられていった。
『記録は、誰かに“受け継がれなければ”意味がない。
私の記憶が、誰かを導く光になるのなら……咲いて、咲いて、咲き続ける──』
花弁が舞う。
その瞬間、咲良の胸に何かが宿った。 それは、ひとつの願い。
選ばれなかった記憶の、確かなる“意思”。
「……わたしが、受け取るよ。ユズリハの記憶、想い……名前を」
《記録花》は光とともに消え、咲良の胸に小さな結晶が残された。
『これで二つ目だ。咲良、“器”が少しずつ満たされていってる』
ミナトは、咲良の横顔を静かに見つめていた。
「ぼくも……いつか、誰かの名前を守れるようになりたいな」
「なれるよ、ミナト。あなたの中にも“光”があるから」
廃都に、新たな記録が刻まれた。
忘れ去られた少女の名前と、咲いた記憶の花の物語が──
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次回予告:
第13話『砂に埋もれた祈り』
風の渓谷で出会ったのは、祈りを捧げ続ける盲目の巫子。
その声には、“未来の記録”が宿っていた。
咲良たちの旅路は、やがて“過去”と“未来”が交差する場所へ……。