第11話:眠る記録と、目覚める意思
記録の欠片を守るため、咲良は《無き者》と対峙していた。
身体は軽い。
意識の奥で響く“アリア”の声が、咲良の力を増幅させていた。
『記録を忘れることは、魂を失うことと同じ……
咲良、思い出して。あなた自身の、名前の意味を』
「──わたしは、アリア=サクラ。
誰かの記憶を繋ぎ、未来へ運ぶ“器”!」
咲良の手に、淡く光る剣が生まれる。
それは“記録の剣”。
記憶を糧に形成される、器の象徴。
斬撃が空を裂き、《無き者》の身体を貫いた。
黒い霧が悲鳴のように揺れ、音もなく崩れていく。
戦いのあと、倒れていた少年の胸の結晶がふと輝いた。
「……これは……“記録の欠片”? いや……“名前”……?」
咲良が手を触れると、少年の身体から光があふれた。
──記憶の断片。
古びた書庫。笑い声。
「ミナト、また忘れてるぞ!」と誰かが笑う。
「記憶なんて、重たいだけだって……でも、あんたはいつも、それを拾い上げてくれた」
──彼の名は、ミナト。
記憶の奔流が静まり、少年の目がゆっくりと開いた。
「……ここは……?」
咲良は、静かにほほえむ。
「ようこそ、“名前”のある場所へ」
ミナトの瞳に映った咲良の姿は、どこか懐かしいものだった。
「……きみは……?」
「わたしは、咲良。アリア=サクラ。“器”を継ぐ者」
ミナトは、自分の胸に残った微かな光を見つめる。
「ありがとう。……ぼく、きみの名前、知ってる気がする」
『咲良、こいつ……“選ばれし欠片”の一人だな。間違いない』
クラの声が静かに響く。
《選ばれし欠片》。
世界が崩壊する以前に、“記録”を託された者たち。
咲良と同じく、記憶を鍵として運命を背負った存在。
その“欠片”を集めることこそ、女神の器を満たすための条件。
「ミナト、これから一緒に来てくれる?」
少年はしばし黙ってから、頷いた。
「……ああ。きみの“名前”が、光に見えたから」
静かに、ふたりの歩みが始まる。
世界が忘れた“名前”を取り戻すために──
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次回予告:
第12話『眠りの都に咲く記録花』
廃都の奥に咲いた、一輪の記録花。
そこに刻まれていたのは、かつて器を継ごうとした少女の想い。
咲良とミナトは、次なる“欠片”を求め、新たな記憶の旅路へ踏み出す