第10話:器の意味、そして“選ばれし欠片”
記録の森を離れ、咲良とクラは南方に広がる“眠りの都”へと向かった。
その街は、かつて“記憶の守人”たちが暮らしていたという伝承の地。今では朽ちかけた建造物と静まり返った空気に包まれているが、夜ごとに微かな記憶の光が街路を流れるという。
「……誰もいないのに、こんなに静かなのが、逆に怖い」
『油断するな。この街の“記録”は封印されてる。それを狙って《無き者》が現れるかもしれん』
クラの警告を受けながら、咲良は足元の石畳を踏みしめる。
ふと──古びた時計塔の下、影がひとつ、動いた。
人影。いや、“記憶を喰われた存在”──抜け殻のように揺れる瞳。
「……あれは……!」
咲良が駆け寄ろうとした瞬間、クラが叫ぶ。
『待て! そいつ、“欠片”を持ってるぞ!』
黒い影の奥、その者の胸には、銀と碧の光を放つ結晶が埋め込まれていた。
それは“記録の破片”──
記録を守るために、かつて人々が分け合った希望のかけら。
「あなたは……“選ばれた人”なの?」
だが、返事はなかった。 代わりにその者は、ゆっくりと手を伸ばして咲良を指差した。
「……なに?」
次の瞬間──周囲の空気が凍りつく。 背後から現れた、黒き“霧”──《無き者》。
その姿は人の形をしていながら、顔がない。 記憶を喰われたものたちの怨念が、形を成した異形。
「……来たっ……!」
『咲良、構えろ! “器”の力を使うぞッ!』
咲良は胸に手を当て、“記憶のペンダント”を握りしめた。 するとその瞬間、全身に光が走る。
視界が歪み、意識が重なる。
──過去の“アリア”の意識が流れ込んでくる。
「わたしは、アリア……いや、アリア=サクラ。
“記録”を受け継ぎし者として──あなたを、消させない!」
咲良の髪が銀に変わり、目に青い光が灯る。
──《無き者》と、咲良の初めての“戦い”が、始まる。
記録の欠片を持つ抜け殻の少年。
彼の意識を取り戻すため、咲良は“器”としての力を試される。
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次回予告:
第11話『眠る記録と、目覚める意思』
《無き者》との戦いの中、咲良は“器”としての真価を問われる。
果たして“記録の欠片”を守ることができるのか──そして、失われた少年の名前とは……?
揺らぎ始めた世界の記憶の中、咲良の選択が試される。