第1話:その日、世界が終わった。
第1話:その日、世界が終わった。
冷たい雨が降っていた。
春の訪れを告げるには、あまりに肌寒い午後だった。
高校の帰り道、咲良はいつものように近道の公園を抜けていた。制服のポケットに手を突っ込み、ふうっと息を吐く。まだ少しだけ、白くなる吐息が冬の名残を感じさせた。
「……早く、帰ろう」
そうつぶやいた瞬間だった。
視界の端を、何かが駆け抜けた。
──黒い猫。
びしょ濡れになった小さな体が、横断歩道へ飛び出す。次の瞬間、目の前にトラックのライトが見えた。
「危ないっ!」
思考よりも体が先に動いた。
咲良は走り出し、反射的にその猫を抱きかかえる。
そして──
強い衝撃と、砕ける音。
世界が、白く、遠ざかっていった。
*
気がつくと、そこは静かな闇だった。
体も痛くない。音もない。ただ、柔らかく温かい何かに包まれているような感覚だけがあった。
──わたし、死んだんだ。
咲良は不思議と、恐怖も悲しみも感じなかった。ただ、静かに事実を受け入れた。
胸元には、小さなぬくもりがある。あの黒猫だ。彼もまた、動かない。
「……ごめんね。でも、間に合ったよね。守れたよね」
咲良は目を閉じた。
そのとき。
*
──《裁定の器》、適合者確認。
──魂の核、安定。
──禁忌スキル【善悪吸収】、付与開始。
──次元転送、実行。
機械のような、けれどどこか神聖な声が響いた。
「え……?」
視界が再び、眩しい光で包まれる。
体が引きずられるように、どこかへ向かっていく。
そして咲良は──黒猫と共に──
新たな世界へ、落ちていった。
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次回:
第2話『目覚めた場所、空っぽの私』
少女は目を覚ます。そこは見知らぬ森、そして黒猫が再び――?