「悪役令嬢と男装執事が婚約破棄をさせる話」
僕は男装の執事だ。
そして、僕が仕えるオネスタ=ローゼルスの人使いは荒い。
朝起きたら巻髪を作らせるところから僕の仕事は始まり、着替え、洗濯、日々の予定の確認、食事などなどやることが盛りだくさんだ。
そんな忙しい日々の中、僕は暇をぬってはトランプを1枚1枚組み合わせてトランプタワーを作る。
これが僕――ベルラ=アーバントンの憩いの時間なのさ。
昔から積み木崩しが好きなんだ。
奇麗につまれて組んだ積み木が一気に崩れるさまに何とも言えない解放感を覚える。
今も五段のトランプを慎重に合わせながら、崩すタイミングを待ち焦がれている。
トランプといえば、僕のもう一つの趣味は手品だ。
人が普段の様子から崩れるさまが好きなんだ。
普段、積み重ねてる面がくずれるさまが積み木崩しに似ててね。
だから、魔法の練習より手品の練習の方が好きなんだ。
当然、僕も貴族の血筋だから魔法の練習はしっかりやったよ?
でも、わがままを言って大道芸人を呼び寄せて芸を見せてもらうかたわら手品を教えてもらってたんだ。
今ではトランプを操ることぐらいなら自由自在さ。
オネスタとのトランプ勝負で僕が負けたことはないんだ。
†
僕とオネスタの出会いは舞踏会だ。
僕も貴族の令嬢だからね、当然、他家とのつながりは重要さ。
だから、舞踏会に出たりしてたんだ。
そこでたまたまオネスタとぶつかって、彼女の持っていたリンゴジュースが僕にこぼれたんだ。
「あら、ごめんあそばせ。よそ見しているあなたが悪いんですのよ」
「おや」
彼女ったら出会った時から嫌味ったらしいから、ちょっと鼻を明かせてやろうと思ったんだよ。
だから飲み物を使ったマジックで使おうと思ってたスポンジを使って、
「ところで君は謝ってくれたようだけど。何について謝ったんだい?」
掌に隠したスポンジでこぼれたジュースを強くぬぐって、なくし、まるでこぼれたことがなかったように見せたんだ。
オネスタの目が丸く見開いて、やったね、って思ったよ。
「魔力を感じませんでしたから魔法ではないはず……あなた、何をしましたの?」
「種も仕掛けもございません。お代はいらないよ」
不機嫌そうににらみつけてくる視線を心地よく感じつつ、去っていこうとしたらオネスタが僕の肩をつかんだんだ。
「あなた、面白いですのね。私の下僕なりませんこと?」
これが僕と彼女の出会いだった。
†
それから何度か交流を重ね僕とオネスタは仲良くなった。
アルバートン家よりローゼルス家のほうが地位が高いからお父様たちも喜んでいたよ。
そして、オネスタは――ひと言で表と愚かな子だった。
「わたくしは今はこんなことに甘んじてますが、ここで止まるような身ではありません」
本気で信じている目だった。
「ええ、セインス姉さまが聖女に選ばれたのも何かの間違いです。グランド王家の王子との婚約者にふさわしいのもわたくしです。不当に取られたものは取り返さなければなりません。ですから、あなたをわたくしの執事に抜擢したのです。手伝ってくれますよね?」
言外にもし手伝わないと制裁するぞ、と言って気はする。
実際、気性の荒いオネスタのことだ。
従わないのなら怒り狂うだろう。
そのうえ、これらの夢物語みたいな妄想を本気で信じて疑わないのである。
彼女の姉のセインス=ローゼルスは聖女の魔力に選ばれ、その人格にふさわしいやさしい人物だ。
対するオネスタはどちらかというと気性が荒く闇属性に適正がある。
自分に足りないものを欲しがってしょうがない性格だから似合ってるすらいえよう。
でもね、僕はみたいんだ。
このどうしようもなく愚かな子が夢がどこまで続くかを。そして、夢から覚めるならその時の顔を見てみたい。
だから、僕は彼女の執事として仕えようと思う。
†
「――セインス。お前との婚約を破棄する。オネスタへの数々の悪行もこれまでだ!」
リーン王子の声が大広間に響き渡る。
セインスの愛らしい目に涙が浮かんでいた。
僕の目から見ても悲劇の姫のようであった。
よかった、コツコツと仕込みをした甲斐があった。
リーン王子やその取り巻き立ちの好みを調べて、オネスタが沿うように演技を指導したりした努力が報われたようだ。
僕の手品は公表でコインを消す手品を見せたりすると話題の糸口にちょうどいいんだ。
それで人のつながりをつくってセインスのここだけ話を言って、孤立させていったりしていき――そして、極めつけは窓を使った手品だ。
オネスタが自分から転んで階段を落ちていったんだけど、あらかじめ誘いだしていたリーン王子にはセインスが押して落ちていったように見えたはずだ。
そうなるように僕が調整した。
それでリーン王子に吹き込んでいた疑惑が確信に変わったようだ。
オネスタはリーン王子の婚約者の位置に滑り込み、セインスは追放されることとなった。
†
「うふふ。やりましたの。さすがベルラ。あんな陰険悪辣なことよくおもいつきますね」
「君の性格ほどねじ曲がってはないよ。それでこれからどうするんだい?」
「そうですわね。セインスお姉さまをまずどこかに排除してしまいたいですわ」
「それなら辺境のグリムヴァルとかどうかな?」
「いいですわね! 獣がはびこる不毛の地。雪の閉ざされたグリムヴァルに放り込んでおけば王都には戻ってこれないでしょう。それに今のグリムヴァルの党首は呪われた赤目の男と聞きますわ……みじめなお姉さまにはふさわしいというもの」
「じゃあ、決まりだね。打診をしておくよ」
グリムヴァルは北の方の地にあり、魔物の出る頻度が他と違うため獣の大地と呼ばれている。
そこを収めるクロウフェル家はかつて獣の呪いを受けたといわれ、呪われた証として何代かに一人は赤い目の男が生まれると伝聞で聞いている。
その呪われた相手に対して姉をあてがおうというのだから、本当に性格が悪いねオネスタは。
実際、昔見た感じでは寡黙そうな男だったけど……どうなるかは僕にもわからない。
僕は執事室に向かう。縁談の手紙を書こう。
これから先、どのように事態が転がっていくかが楽しみだ。