授業がない日
どうもシファニーです! 今日も緩くやっていきましょう!
「おおトモクラ、遅かったデス」
少し遅れ、1時限目数分前に教室に入ると愛可が真っ先に声をかけて来た。
昨日と同じ制服姿。昨日と変わらぬ綺麗なツインテール。そして青く輝き大きな瞳と、あどけない童顔。会うのは2度目だというのに記憶に焼き付いて離れない、その絵に描いたような美少女は目を丸くして心配そうに見つめてきていた。
「ちょっと寝坊してな」
「おー、食パン咥えて美少女とぶつかったデス?」
「なんか違うしぶつかってない」
俺が咥えてどうする。いや、そもそも食パン咥えること自体に何の意味もない気がするけど。
「そうなんデス? とにかく無事でよかったデス」
「無事って、何があったと思ったんだ?」
「車にでもひかれたのかと思ったデス」
「普通の事故!?」
また定番イベント的な何かを絡めてくると思ったら大分普通に心配されてた。
「大丈夫なら良かったデス。初めてのJapanese授業が始まるデス!」
「ああ、そうなるのか」
愛可は大きく手を上げ、やる気満々の笑顔ではしゃいだ。
普通ならただの授業で何をそんなに興奮するのかと思うところだが、愛可からしてみれば初めての日本での授業。楽しみなのも頷けると言うのもの。
さて1時限目は何だったかと日程を見て……
「いや今日授業ねえじゃん」
「Hoh?」
今日は1時限目からLHRがあり、委員会や係決め、教科書の配布等を行うとのこと。
それを愛可に伝えると、愛可は魂の抜けたような顔で口を開き、白目をむいた。
「Why、授業ないデス……」
「授業の準備する日だからな。明日からはあるから」
「No……。ワタシは授業を受けたかったデス……sin、cos、tan」
「いやそれ範囲外」
というか留学していたらしい愛可だが、高校のどの範囲までやっているんだろう。テストとか問題ないのだろうか。そもそもちゃんと問題文を読めるのかどうか。いやまあ、日常生活に支障はないっぽいし、ちゃんと読み書きは出来るんだろうな。
「君はそんなやつだったのか、デス」
「ああもう色々と違い過ぎてどこから突っ込んでいいのか」
「ゴン、君だったのか、デス……」
「もう何も言わんぞ」
実はまったく落ち込んでないな。
そう思ってジト目を向けると、愛可は死んだ魚のようだった目をくりくりと丸くさせ、口元を手で押さえてにしし、と愉快そうに笑った。
「Yes! Japaneseでは全部が初めてなので、全部が楽しみデス!」
両手の拳を握ってそんなことを力説される。
無論日本の授業なんて数えきれないくらい受けてきたのでそんなことを言われても今更感は否めない。ただ、愛可は語りの内容ではなく、表現する自身で攻めているような感じ。もうその勢いだけでなるほど確かに! と言ってしまいたくなるような。
いやまあ言わないけど。
「トモクラは好きな授業はあるんデス?」
「あー、強いて言うなら体育とか?」
「せめて主要五教科の中でお願いするデス」
「まさか愛可に突っ込みを入れられるとは」
「ワタシは真面目な話をしてるデス」
「マジかよ……」
このハイテンションモンスターに真面目とかあったんだ。
愛可は真顔で言っていたし、体も多少揺れるだけで普段と比べれば大分落ち着いていた。栗まんじゅうと言い愛可は変なところでテンションが激変するからよく分からん。
てか体育だって立派な教師だろ体育の先生泣くぞ。
「まあそん中なら……理科?」
「おお、science!」
「つっても生物だけどな」
「creature?」
「アドバンスドバイオロジーとかじゃなかったっけ?」
「違うデス。Advanced Biologyデス」
「ネイティブ英語で言われても分からんて……」
何から何まで仕込まれていたような気がしてならない。突っ込みも言わされた気がする。
「ちなみに、ワタシは英語が得意デス」
「ふざけんな」
「テストで満点とる自身あるデス」
「そりゃそうだろうな俺も教えて欲しいくらいだ」
英語の先生も、実際に使ってみるのが覚えるための最善手だと言っていた。ネイティブに習えるならそれが1番効率的なのは間違いない。
と、そこでチャイムが鳴った。
その音を聞いた愛可は、大きく肩を震わせ、目を輝かせて天井を見上げた。
「おお! これがJapanese予鈴デス!」
「そうだけど……なんで天上見てるんだ?」
「Hoh? 校舎の上で鳴らしてるんじゃないんデス?」
「んな前時代的な……ボタンひとつでなるやつだぞ。ほら、あそこのスピーカー」
俺が指差した先には、教室の隅に設置されたスピーカー。愛可はそれを見て、授業がないと知ったときと同様の驚愕したような顔を浮かべ、口をあんぐり開いていた。
「Where is Japanese予鈴……」
「そもそも何を期待してるんだよ。なんか愛可のイメージずれてないか? てか授業始まってんじゃん斗り合えず座っとけ」
「Oh、そうデス。座るデス!」
座るだけで元気を取り戻し、ウキウキした気分で教室の前の扉を眺める愛可。どうしてそこまで喜怒哀楽が激しいのかと聞きたくなるほどだったが、そんな間もなく、愛可の期待に応えるように扉が開かれた。
「じゃあLHR始めるぞー……ってアダム? それはどんな顔なんだ?」
「ワタシが来たー、は無いんデス?」
「俺はヒーローでもなんでもないぞ……?」
櫟原はそう言って引きつった笑みを浮かべた。